第4話 雷魔法
公費で支給されている学院の制服は高級品だ。かなりの防御力を備えたものになっていて、学院生は学院内に居る時と通学時には常に着用することが義務付けられている。デザインはアトランセルの公立学院の物をベースに改変されていて、かなりいい方向に変わったとニーナは評価していた。
学院の制服は目立つ。これまでスウェーガルニには無かったものだから尚更である。街の住人は学院生達の制服姿を見て、自分達の街に公立の学院が出来たことを実感すると同時に誇りに思い、そして揃ってこの学院生達を暖かく歓迎した。
公営の乗合馬車が制服を着用した学院生への割引をいち早く開始すると、早速、学院の生徒だけを対象にした割引やサービスなどを実施して、新しい客層として認知し始める店も増えてきた。
「あれ? フェルちゃんだよね。学院生だったのかい?」
「あー、おばさんこんにちは。そうだよ、高等部の一年生だよ~」
「おっ、フェルか。焼き立てだぞ」
「今はいいよ。また今度ね」
「フェルちゃん、制服可愛い」
「そうでしょ、私もそう思ってる」
冒険者ギルドの最寄りの停留所で乗合馬車を降りたフェルがギルドへの道を歩き始めると、その通りの両脇に並ぶ屋台などから声が掛かった。姫殿下のニーナと一緒に何度も買い食いをしていたせいですっかり憶えられているフェルなのだ。
夕方になるとギルドは冒険者が増えてくる。一日の仕事を終えた冒険者が達成報告や買取りの査定などの為にギルドに戻って来るからだ。そして怪我の治癒の為にギルド内の治癒室を訪れる者も増えてくる。
この日はミレディともう一人の治癒師が居たが、タイミングよく少し混雑気味になってきた時にフェルが手伝いにやって来た。
「フェルちゃん、いい所に! てか制服可愛い!」
治癒師が目を見開いてそう声を上げるとミレディもニコニコと微笑んだ。
フェルは声をかけてきた治癒師の女性に向かって微笑みを返しながら言う。
「いいでしょ。今日はお披露目兼ねて制服のまま来たよ」
「乗合安くなるんでしょ? いつも制服着てないと損じゃん」
「あー、それは言えてるかも」
ミレディが診断して治癒師とフェルそれぞれにその説明と治癒の指示をする。そして二人が治癒する様子をミレディは見守る。
「フェルちゃん、キュアの発動速くなりましたね。まだ覚えて間もないのに」
「シュンのキュアを思い出してやってみたら、なんか速くなったんです」
「シュンさんは速いですからね」
その後ピークを過ぎてから、引き続き治癒室でミレディ交えてお茶とお菓子とおしゃべりタイムを満喫したフェルは、時計を見て急に慌てる。
「あ、しまった。門限過ぎちゃう。また来ます!」
「気を付けてね~。モルヴィもまたね~」
「フェルちゃんありがとう。今日の分は実績に反映しときますからね」
「お願いします!」
ミュー…。
治癒室の手伝いも僅かではあるが冒険者の実績になる。入学前にCランクに上がると息巻いていたフェルは、実際にはまだDランク止まりだ。冒険者よりも学院生としてのことを優先するとリズと約束しているので、長い休みの時じゃないと冒険者の活動は出来ないとフェルは開き直っているのだが…。
「あー、ダンジョンに行きたいな…。シュン達いつ帰ってくるんだろう」
久しぶりにギルドに顔を出したせいか冒険者活動のことを考えていたフェルがそう呟くと、モルヴィがつんつんと服の中でつついてきた。乗合馬車の中では人目につかないようにモルヴィは服の中に隠している。
「あ、うん…。解ってる。リズと約束してるからね」
◇◇◇
ロイスの腕を吊っていた三角巾が必要なくなって間もないある日の放課後。フェルとレミィとロイスの三人は、担任教師のカタリナと職員室で話をしている。
「…ということで、今度の週末。三人には学院の手伝いをして貰うことになった。これは決定事項だよ」
「はあ…」
「……」
「解りました!」
カタリナが言う手伝いとは、イゼルア帝国の辺境伯から学院の図書館に贈呈される図書の確認と整理である。次の週末までには本が学院に到着するらしい。その搬入と今回の贈呈図書専用の書架への陳列は業者がやってくれるのだが、学院としては目録と照らし合わせて図書が間違いなく在るか、そして陳列場所としてその書架で正しいかを一冊ずつ確認していく作業となる。
ちなみに、元気よく嬉しそうに返事をしたのは本大好きっ子のレミィである。
「本の整理といってもロイス手動かせる? 痛むんじゃない?」
職員室から出てすぐにフェルがそう言うと、ロイスが答える。
「右手は問題ないし、週末だったら多分もう完治」
「ならいいけど」
歩きながらレミィがフェルに言う。
「帝国からの図書贈呈はアルヴィースのおかげだって。父がそう言ってた」
「えっ、そうなの?」
「辺境伯領で凄い活躍したらしいの。詳しいことは聞けなかったんだけど」
「あー、辺境伯領のことは聞いたことあるよ。えっとね、ガスランが武術大会で優勝したでしょ。それと、小さい竜種を討伐したとも言ってた。ニーナはトカゲ退治だって言ってたけど」
「トカゲ?」
レミィが訊き返した。
「うん、ドレマラークっていうドレイク種」
レミィとロイスは二人揃って足を停めるとフェルを見て大声で言う。
「「ドレマラーク?!」」
「わっ、どうしたの」
フェルは二人の剣幕に驚く。
「ドレマラークは小さくない。ドラゴンと同じぐらい大きい」
そう言ったのはロイス。
レミィは何故かフェルに説教でも始めたかのように言う。
「トカゲじゃないし…。ドレイク種は軍の2個中隊でも討伐できない可能性が高い化け物。ドレマラークだと確実にそうだよ」
「へ、へぇ…、そうなんだ」
「4人で討伐したのかな」
ロイスがフェルにそう尋ねるとフェルは答える。
「そう言ってたよ。威圧だか咆哮だかで一緒に居た軍の人がみんな動けなくなったんだって。鱗が凄く特殊で…、シュンがいっぱい持ってて見せて貰ったけどね。その鱗に強力な魔法防御が付いてて、ちょっと苦労したって言ってた」
「ちょっとなのね…。やっぱりアルヴィースってとんでもないパーティー」
また三人で歩き始めながらレミィがしみじみとそう言った。
そして週末。
朝訓練の後、早めの朝食を食べてから学院の門でレミィ達二人を待ったフェルは、三人で学院の図書館へと向かった。三人とも一昨日から図書館に業者が出入りしていたのは目にしていて、おそらく彼らが本を搬入、陳列しているんだろうと思っていた。
フェルはふと気になって言う。
「帝国からの本って何冊あるんだろ」
「昨日先生に訊いてみたの。約15万冊だって」
レミィが教えてくれた数字はフェルにはどうにも実感が無かった。
「15万…? それって多いのかな、少ないのかな」
「多いと思うよ。アトランセルの学院図書館は20万冊って言ってたから」
レミィとロイスは中等部まではアトランセルの学院だったので、その数字の多さは実感を伴って理解している。
スウェーガルニ学院図書館には既に王国内で集めた蔵書が約10万冊ある。それに帝国からの分が加わるとアトランセルの学院よりも蔵書数は上回る。しかも、帝国からの本はその多岐の分野にわたる全てが専門書、学術書の類ばかりである。学院の図書館としてはこの数の多さはまさに嬉しい悲鳴なのだ。
三人が図書館に着くと既に作業を開始している様子が窺えた。
「あれ、もう生徒たちが来る時間?」
入り口近くに居た教師の一人がそう言った。
「いえ、私達少し早めに来ただけです」
「えっと、多分生徒が皆揃ってから説明すると思うから、待っててくれるかな」
「「「はい」」」
作業について説明されたことはシンプルだった。今回の帝国から贈呈された本専用の書架に並べられた本を一冊ずつ目録と照合して、分類・陳列の間違いや目録には有るが届いていない本を洗い出す作業である。
「うわー、凄いね」
「たくさん…」
フェルもレミィも図書館の中に入るとその本の多さに圧倒される。まだ図書館の生徒の利用は始まっておらず、本好きのレミィも図書館の中に入るのは今日が初めてだった。
何人もの学院の教師や職員が可動式の書架の前で、書類を手に何かを書き込んでいたり、本を持って歩いているのが判った。
ロイスは2階の方で作業するグループに入れられてここには居ないが、フェルは2階の方も見てみたいと思う。
ボーっと眺め続けているフェルにレミィが笑いながら言う。
「さあ、見るのは仕事が終わってからゆっくり見せて貰いましょ」
「うん、そうだね。でも、図書館ってすごいんだね」
「学院生はこの本をいくらでも読んでいいのよ。私3年間でこれ全部読みきれるかな…」
いや、いくらなんでもそれは無理じゃないかとフェルは思うが、全部読みたいというレミィのその気持ちは理解できる。
そして二人は、指示された手順に従って書架に並ぶ本と目録の写しを見比べながら作業を進めていった。
最初の方こそ一冊手にするたびにこの場で読んでみたくなったりしていたが、次第に機械的な作業となっている。そんな作業ペースに慣れてきた頃に昼休みにしようという声が二人にも掛かる。
寮以外の食堂は休みなので、レミィが用意してくれていた手作り弁当を三人で食べながらフェルが言う。
「今日中に終わるのかな」
「ちょっと厳しいかも。明日もだね」
「明日までかかる」
その予想通りに翌日も同様に三人は図書館での作業を進めた。割り振られたところを終えたフェルとレミィは遅れている所への応援に再度割り振られる。
今度はレミィとは別の所に配置され、フェルは手付かず状態の書架に一人で向かっている。
「え? 出てきたいの?」
モルヴィがうずうずしている感じでフェルに訴え始めた。
「じゃあ、他の人が来たらすぐに戻るんだよ」
ミュ… と、すぐに腕輪から出てきたモルヴィは小さな声で鳴いた。
効率が上がってきた手際でフェルはどんどん作業を進めていく。モルヴィは少し落ち着きなく、書架の上に飛び乗ったりフェルの上に昇ったりしてどうかすると遊んでいるような様子。
そしてその書架についても作業が終わろうかという時になって、モルヴィがじっと書架の前に座って本を見つめ始めた。
「どうしたの?」
ミュー…
「え? この本?」
そう問い返したフェルをモルヴィは振り向いて見上げた。
これを手に取ってみてって…。なんだろ。
モルヴィが注目していたのは書架の一番下の段にある本。腰をかがめてフェルはそれを手に取ると、身体を起こしてからその本を自分の胸の前で開こうとした。
パタン…。
フェルは一瞬、今手にした本が滑り落ちたように感じた。手を滑らせて落としてしまったように。しかし手にした本はしっかり持ったまま。それなのに本が一冊足元に落ちている。
手にしている本を書架に戻して落ちている本をフェルは拾った。重くて分厚い本だ。そしてそれも元に戻そうと書架を見る。
えっ? どこに入ってたの、これ…。
その本が入りそうな隙間は書架にはもう無い。他の段を見ても同じだ。
ミュー…。
モルヴィがフェルを見て鳴いた。
「私の為の本? それどういうこと?」
ミュー…。
「うーん、よく解んないけど。言うとおりにやってみるよ」
フェルはモルヴィにそう言って、本を自分の前に近づける。タイトルは知らない文字でフェルには読めない。
魔力を本に流す。
フェルは何かが自分に近付いてきた気がした。
そして、モルヴィが言ったとおりに本のページを開いた。
スーッと全身を包み込んできたものをフェルは風のようだと思った。
頭の中に流れ込んでくるのは、優しく語りかけてくるような音。そして頭の中で煌めく光。次第に大きく轟き始める音。光が走り始める。
でも、その光も音も全ては自分の頭の中だけに在るものだとフェルは理解した。
あっ、これって…。雷? シュンの雷撃に似てる。光が走って行くの綺麗だな…。音は急に鳴るとびっくりするよ。ビリビリッと痺れる感じも解る。
いつしかフェルは目を閉じてその光と音のショーを見続けていた。
そしてそのショーが少しずつ光も音も薄く小さくなって終わりを告げた時、フェルはモルヴィが自分の顔をペロペロと舐めていたことに気が付いた。いつの間にか床に倒れていたようだ。
フェルは身体を起こしてモルヴィに尋ねる。
「モルヴィ、私気を失って倒れてたの?」
ミュー…。
「あれ? さっきの本は…?」
あの知らない文字でタイトルが書かれていた本はどこにも無い。
フェルは自分の変化に気が付いている。ステータスで確認すると予想通りだった。
雷魔法Lv4
「モルヴィ、魔法が発現しちゃったよ。雷だって…」
ミュー…。
モルヴィは床にペタンと座り込んでいる状態のフェルの膝の上に乗ると、ゴロゴロと喉を鳴らしながらフェルに甘えるように身体を擦り付けた。
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