第3話 四斬剣を使った
「ロイスは負傷で棄権だ。2試合目はフェルとマクシミール、これで勝った方のチームが勝利だ。両者とも試合場中央に」
まさか、あのゴブリン顔の男子が負けるとは思っても居なかったのだろう。明らかに動揺している様子がマクシミール達の陣営には窺える。
ミュー… とモルヴィがフェルを見上げて鳴いた。
そんなモルヴィをそっと撫でながらフェルは答える。
「うん、解ってる。何かやってきそうだから気を付けるよ」
「正々堂々という言葉を使うのは試合の時ぐらいだ。本当の戦争では綺麗も汚いもない。何をしてもどんな手を使っても勝った方が正義だ。マクシミールには解り易い話だろ?」
「なにが言いたいんですか先生。そんなの当たり前じゃないですか、今更ですよ」
「そう、相手が敵なら当たり前のことだよ。敵に対してならね。じゃあもう一つ聞こう。今、この学院内に敵が居るのかな」
「居ますね。今、俺の目の前に居るこいつが敵です」
「だそうだ、フェル」
「先生凄いですね…。ゴブリンと会話が出来るんですか。私にはグギャグギャとしか聞こえませんでした」
フフッと笑ったカタリナは、二人から距離をとった。
そしてもう一度二人を見てから声を発した。
「試合開始!」
フェルは剣を構えていない。だらりと下げた手の片方に木剣を握っているだけだ。
ゴブリン呼ばわりされてすぐに怒りを滾らせていたマクシミールは、冷静さを懸命に取り戻した。そして何故か感じてしまっている得体の知れない不気味さに少し不安を覚えながらも、フェルに一気に近付いて頭部目掛けて剣を振るった。
次の瞬間、ガーン、という音と共にマクシミールが持っていた剣が飛んだ。瞬間的に剣を払ったフェルの一撃がマクシミールの剣を弾き飛ばしたのだ。敢えて剣を狙った一撃。
呆気にとられたマクシミールだが、近すぎるうえに無手になっている状況から脱する為に懸命に後ろへ下がった。
フェルはそんなマクシミールの様子をじっと見ている。
「剣はちゃんと握ってなきゃ」
フェルはそう言って、剣が落ちた所まで歩くとそれを拾って彼の方に投げた。
客席は異様に静かになっている。何が起きたか理解できない者、理解できている者。どちらもただ静かにフェルを見守っている。
マクシミールは怒りなのか屈辱なのか顔を真っ赤にしている。そして剣を手にするとまたもや勢い良くフェルに接近した。
ガーン、という音でまた同じ光景が繰り返されるかと思いきや、今度はマクシミールも剣は手放さずに堪えきれている。
しかしフェルが一歩踏み込んでそんなマクシミールの喉元に剣先を突き付けると、それから逃れようとしたマクシミールが尻餅をついた。すかさずマクシミールの剣を持っている方の手をフェルが蹴ると、またもや木剣は飛んで行った。
そしてマクシミールの額に剣先を当てたフェルが威圧を滲ませながら言う。それは背中が凍り付きそうな冷たく静かな声。
「降参しないなら剣を拾って構えろ」
恐怖と怒りでわなわなと震えるマクシミールからフェルが少し身を引くと、背中を見せてしまうことになっても半ば四つん這いでフェルから逃げるようにして距離をとったマクシミールが、転がりそうな体勢だが何とか立ち上がる。
フェルはそんな彼にゆっくり歩いて近づく。
「こ、この…、平民風情が! なんだその態度は! 俺を誰だと思ってる、次期伯爵だぞ! お前達はおとなしく俺の言う事を聞いてればいいんだ!」
無様だとマクシミールは自分で分かっている。騎士科でそこそこ優秀だと自負していた剣術は全く通用せず、まともに剣を合わせることもなくあっという間に地面に転がされた。プライドを傷つけられ怒りに血が上ったマクシミールは、実は心の中では理解してしまっている。フェルの本気の剣の振りを一度見ただけで悟った。この相手には到底かなわない、手も足も出ない。レベルが違いすぎる。怖い。
しかし、その理解はマクシミールの怒りを狂気に向かわせる。上に立つ貴族である自分を敬わず否定するフェルを消してしまいたい。そうしなければ自分という存在の意味が無くなってしまう。
目を異様に見開き、額に血管を浮かび上がらせて叫んでいるそんなマクシミールを見て、フェルは哀れだと思った。この男子生徒も貴族の家に産まれなければここまで歪まなかったのかもしれない。そんなことを思った。
「来るな、来るなー! 貴様ぁぁー!」
更に近付いたフェルに口から泡を飛ばして叫んだマクシミールがサッと手を動かした。彼が手にしたのはマジックバッグから出した剣。木剣ではない。真剣だ。
「バカにしやがって、殺してやる!」
「マクシミール、何をしている!」
カタリナが大きな声で叫んで彼の愚行を制止しようとするが、狂気と殺気を迸らせて一気に走り込んだマクシミールがフェルに迫った。
静かに迎え撃つフェルはスッと腰を落として構える。
───石川流刀剣術の五、流破四斬剣。
相手の四肢を全て断ち切る荒業。
刹那の間に懐に入ったフェルの剣は神速で4度+1度振られ、マクシミールが振りかざした剣をまたもや弾き飛ばし、そして彼の両腕と両脚の骨を断ち切った。
フェルが踏み込んだ足音、剣が振るわれた音とほぼ同時に聞こえた打撃音、そしてフェルに打ちのめされたマクシミールの身体が試合場の地面を転がり滑った音がしただけで、静かな場内。
「救護班入ってくれ」
そんな中に審判を務めるカタリナの声が響いた。
マクシミールは一瞬のうちに四肢の骨を4つ砕かれたその激痛で既に気を失っている。治癒に駆けつけた救護班が二人掛かりで手当てを始めた。
その様子を覗き込んでいたカタリナは、救護の先生との話を終えるとフェルの方を見た。そしてニッコリ微笑みながらフェルに近付き、高らかに勝者の名を告げる。
「勝者、フェル。総合科1年チームの勝利! マクシミールの失格負けも記録には残すこととする」
「「「「「「「「「やった~(勝った~!)」」」」」」」」」
フェルの残心の頃から一部ではどよめきが、他には感嘆の声も流れていた。
そして審判から勝利を告げられて上がった、このひときわ大きな声は、勝利の確定に沸き返るレミィとその周囲のクラスメイト達。
場内のあちこちから拍手が始まる。目にしたことを語り合う者も居る。
フェルがレミィとクラスメイト達が居る所に戻るとモルヴィが飛んできた。
ミュー、ミュー…
ペロペロとフェルの顔を舐めるモルヴィ。
歓声が落ち着くとレミィがフェルの肩に手を添えて言う。
「フェル。怪我は無い? 大丈夫?」
「大丈夫だよ~」
モルヴィを抱き締めて互いに頬ずりをしてじゃれ合いながらフェルはそう答えた。
◇◇◇
翌朝、いつものようにフェルはモルヴィと一緒に朝訓練。
フェルはこの訓練を寮に入ってからも欠かさず続けている。剣の素振りなども。ただ、シュン達のような模擬戦をやって楽しいと思える相手には不自由している現状である。
騎士団が正式に業務開始したら、もちろん授業があるので毎日は無理だが、休みの日には騎士団の訓練に参加してもいいとリズから言われている。
シュンのフェルの剣術についての評価は、ほぼ最高評価である。それは素質を含めたものなので、評価はそうであっても現時点ではシュン達の方が遥かに強い。
「天才ですよ、フェルも」
シュンがフレイヤに話したフェル評である。
「も、ということは?」
「クリスです。クリスとフェルは正真正銘の剣の天才です。どちらかと言うとクリスの方が剣特化型で、フェルは剣
「そんなに凄いの?」
「ええ、楽しいですよ。フェルの剣には俺も気づかされることがありますから」
「もしかして本人は無意識なのかしら?」
フレイヤは少し笑いながらそう尋ねた。
シュンも笑いながらそれに応じる。
「いや、あいつもああ見えて結構考えてやってるんです。俺が教えたことでも、それとは別にすぐに自分なりにアレンジしてもっといい物にしてしまいますからね」
「ということは、シュン君直伝のそのままのものと、自分なりのもの二つが出来上がっていくということなのね」
「そんな感じですね。そしてフェルはそれを使い分けることが出来るから、俺なんかには到底真似できない話です」
ロイスの怪我は学院の治癒室の先生のおかげで、全治一週間程度という所まで持ってこれてその日のうちに自宅に帰った。しかしマクシミールの方は重傷だった。すぐに街の公営の治癒院に移されて治癒を受け続けることになった。もちろんしばらく入院となる予定。
クラスの教室に入って来たロイスにフェルは近付いて声をかける。
決闘の後、フェルはすぐに学院長室に連れて行かれて学院長から長い話を聞かされたので治癒室に行ったロイスのその後のことを知る機会が無かったのだ。
「ロイス怪我はどう?」
三角巾のようなもので左腕を釣った状態のロイスはフェルに答える。
「一週間。この包帯も三日ぐらいで外せる」
「そっか。思ってたより軽くて良かった」
ニッコリ微笑んだフェルは自分の席に戻ろうとする。
「あ、フェル…」
ロイスがそんなフェルの背中に声をかけた。
ん? と振り向いたフェルにロイスは続ける。
「昨日は、ありがと」
少し照れ臭そうにロイスはそう言った。
ミュー… とフェルの肩の上に乗っているモルヴィが鳴く。
「えっ? 何のお礼?」
「あー…、勝てたのはフェルのおかげだから」
「フフッ、いい突きだったよ。相手の剣を躱しながらだったらもっと良かったから、そこは訓練だね」
「解ってる。頑張る」
「ん、ガンバレ」
そんなことを話して二人は席に着いた。
二人の間の席はレミィである。しかし今はまだ空席。
「あれ、レミィは? 一緒じゃなかったの?」
ロイスの方を向いてフェルが尋ねると、ロイスは答える。
「レミィは買い物してくると言って、今日は別々だった」
「朝から?」
「そう」
その後、レミィは遅刻ギリギリで教室へ駈け込んで来た。
「あ~、良かった。間に合った」
「おはようレミィ」
「おはよう。昨日はお疲れさま。あの後学院長に呼ばれてたんでしょ」
「そうなの。学院長話長くて…。あ、そうだ。応援聴こえてたよ。ありがとう」
「ううん、私は何もできなくて少し悔しい思いもあるんだけど、凄く嬉しかったよ。クラスの皆と喜び合えたし…。フェル、学院生活はどう?」
そう問われたフェルは少しだけ難しい顔になってレミィに顔を寄せて小声で言う。
「なんて言うんだろ…。うん、私って学校に通うの初めてでしょ、だから全部が新鮮なの。授業は面白いし、昨日みたいな嫌なこともあるけど結局皆は喜んでたし、とにかくいろいろあるんだなぁって感じかな…。上手く言えないや」
フェルに合わせてやはり顔を近づけてレミィはそれに応じる。
「フェル。それは楽しいって言っていいんだよ」
「そうなのかな」
「そうだよ」
フフッと笑い合う二人。モルヴィは嬉しそうに喉をゴロゴロと鳴らしていた。
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