第2話 いきなり決闘

 フェル達新入生の最初の学期が始まって二日目。いよいよ始まった授業がフェルは予想以上に楽しくて、学校に入りたいとニーナやリズに我が儘を言った少し前の自分を心の中で褒めていた。

 目を輝かせて話を聞き、考えて、素直な質問をしてくるフェルを教師たちも好ましく思った。

 昼食時の食堂は前日と違って静かだった。フェル達に寄せられるたくさんの好奇の視線、主に上級生達の視線をフェルは感じていたが特に何かを言われたりすることもなく、1年生を恫喝しまくっていたあの男子生徒もその日は姿を見せていない。

 前日同様に三人と一匹でゆっくりと食事を済ませて、午後の授業も午前同様に楽しいばかりの中で進んで行った。


 この日フェルは、学校が終わったらギルドに行く予定にしていた。自宅から通っているレミィとロイス、二人と一緒に下校して乗合馬車に乗って行こうと話し合い、三人で教室を出た。

 そんな三人が校舎を出てすぐ、見たくない顔が目の前に現れる。そこでフェル達を待ち伏せていたのは例の男子生徒と他にも数人の上級生。彼ら上級生には2年生と3年生の両方が居る。

「おい、演習場はそっちじゃないぞ」

 行く手を遮った集団の中心でニヤニヤと笑うその男子生徒の顔が気持ち悪くてフェルは思わず目を逸らす。

 こいつゴブリンみたいな顔だ。

 フェルがそう思っていると、モルヴィが同意するように小さくミューと鳴いた。


 ゴブリン男子が三人の前に突き出して見せてきたのは、屋内演習場使用許可書。

「正式な決闘だ。ついて来い、逃げるなよ」

 彼はそう言って一層下卑た笑いを見せた。


 フェル達三人が上級生達から周りを囲まれるようにして連れて来られたのは、入学試験の時の実技試験で使用した屋内演習場。

 その放課後の屋内演習場に人が集まってきている。彼らには何か楽しい催しでも見る前のような雰囲気を感じる。この盛り上がり方は一体なんだろうと思う。


 こんなことを学院は奨励してるのかな。


「立会人は?」

 ロイスがそう言うとゴブリン男子はまたもやニヤッと笑う。

「もうすぐ来る」

 ゴブリン男子はそう言うと、既に何人もが集まっていて自陣のようになっている演習場の一角に仲間とともに下がって行った。


「立会人って何?」

 フェルが素朴に疑問に思ってそうロイスに尋ねると、レミィが答える。

「決闘は立会人が居ないと実施できない決まりなの」

「審判みたいなもの?」

「審判やルールはその立会人が決めるの。立会人が審判もすることが多いと聞いてる」

「へえ、じゃあ立会人があいつらの仲間だったらなんでもやりたい放題だね」

 それならそれで、こっちも手加減なんかせずに徹底的にやるしかないと思いながらフェルはそう言った。

 レミィはそんなフェルの言葉には首を横に振った。

「それだと単なる私刑になってしまう。そうならないように、立会人は教師がするルールになってるの」

「えっ、先生が立会人?」

「来たみたい」


 そこに現れた教師はフェル達の担任の女性教師だ。

「あっ、先生…」

「「……」」

 演習場の中央付近に立っているフェル達三人の所にやって来ると担任教師は言う。

「学院最初の決闘が新入生で、しかもうちのクラスの生徒だと聞いて立会人に立候補したよ」


 やけに先生の表情が明るいのがフェルは気になっている。

「レデルエ先生楽しそう」

 フェルの少し非難を含んだ言い方に気が付いたのだろう、その女性教師、カタリナ・レデルエはすっと笑みを消して静かな声で言う。

「フェル。今起きているのは、言いがかりで決闘に持ち込んで自分達の力を誇示して支配欲を満たそうとしているだけの正義の欠片もない下劣なことだ。せっかく学院が気持ちよくスタートしたのに台無しにしてしまいそうなこのざまだけど、生徒の問題は生徒が解決できるのが望ましい。だから教師が介入する話もあったんだけど、学院長が生徒の自浄努力に期待すると言い出した。当事者にフェルが居ると知ったからなんだ。それについては大人のズルい計算だと言われても仕方ないね。だけどね、フェル。理不尽には屈しない姿を同じ1年生達に見せて欲しい。これは先生から君へのお願いだ」


 フェルは教師カタリナのその話をゆっくり頭の中で反芻して考えた。よく解らない部分もあったが、先生は自分に勝てと言ってる。それが1年生の為、学院の為だと言われている気がした。

 だったらやる事は決まってる。シュンがいつも言ってた。確実に勝ちたいなら敵は悉く叩き潰せ。慈悲を請われても容赦するなと。

「じゃあ先生お願い。敵と戦うのは私だけにして」

「うん、解ってる。こういう場合は総当たり戦みたいなことはしない。代表者同士が戦ってそれで終わりにするよ。フェルがそいつを叩きのめしたら終わりだ」

 するとそこにロイスが割って入ってきた。

「先生、俺も戦います」

「ん? ロイスベルフもか…」



 ◇◇◇



「模擬戦の試合形式は各チームから2選手、その勝ち抜き戦とする」

 ゴブリン男子の一団と、教師カタリナが調整してそういうことになった。

 カタリナが声をかける。

「選手各2名は前へ」


 総合学科1年生チーム(仮)の選手は、ロイスとフェル。そして対する相手は、騎士科2年のゴブリン男子と同じく騎士科2年のマクシミール・デュランセン。

 フェルはゴブリン男子と共に前に出てきた金髪の優男風の男子生徒を見た。


 うわぁ…、これもなんかアクが強いって言うか気持ち悪さ満開。

 底意地の悪さを顔面に描いたらこんな顔になるんだろうなと、フェルはそんなことを思った。一見美男子風に見えるのが余計に性質が悪いとも思うフェルだった。


 客席に移動するレミィに手を振ったフェルはロイスの方を見て問う。

「ロイス、あのもう一人。知ってる?」

「知ってる。マクシミール・デュランセン。隣領のデュランセン伯爵の甥だ。継承権第2位。こいつらのグループの親玉で以前から悪評ばかり聞いてる」

「デュランセンって…。ああ、あのなんとか教皇国とかいう国に騙されまくってバカやったとこ?」

「しっ、フェル声が大きい…。ま、フェルの言った通りなんだけど」


 デュランセン伯爵領で教皇国にそそのかされてクーデター未遂を起こした嫡男は廃嫡となって投獄されている。幽閉ではなく投獄というところに王国としての教皇国への怒りの度合いが現れていると言われている。彼の継承権は当然無くなり、現在の継承権第1位は現当主伯爵の弟だ。このマクシミール・デュランセンの父親である。


 教師カタリナから諸注意事項が伝えられる。致命的な攻撃はもちろん回復不能な傷を負わせるのは禁止。そして魔法も禁止。純粋に剣技のみの勝負とする。使う武器は今回は木剣とした。

「不正や反則は即刻失格、負けとするからそのつもりで。正々堂々と試合をするように。降参するか試合の続行が不可能、または戦意を失っていると判断した場合には負けを宣告する」


 ゴブリン男子が吠える。

「いいか、俺達が勝てばお前達三人は奴隷だ。俺達が卒業するまでいろいろこき使ってやる」

「俺はその女だけでいいぞ。いろいろ楽しめそうだ」

 マクシミールがフェルを見て言ったその言葉にフェルは露骨に嫌そうな顔をする。


「お前ら、試合前から失格にされたいか」

「いえ、先生。勝利に報酬は付きものですよ」

「それがお前らが望む報酬だということか」


 フェルは、何度目かの誓いを心の中で立てていた。

「先生、今のうちに言わせてやってください。どうせ意味無いんですから。弱いゴブリンほどよく吠えるってことです」


 こいつら、泣いて謝っても許してやるもんか。自己満足の為に人を踏みつけて虐げてそれを当たり前だと思っているような奴は、この学院に相応しくない。


 何だとこのクソアマ、とまたゴブリン達が吠えているが、フェルはスルーすることに決めて気にせずに客席の方を眺めた。フェルとロイスの名を呼んで応援する声が聞こえてきていたからだ。

 レミィは客席の最前列で心配そうにこちらを見つめている。弟が心配なんだろうなとフェルは思った。そして、レミィの周囲には同じ総合学科1年のクラスメイト達がたくさん居るのに気が付いた。

「ロイス」

 まだ怒鳴っているゴブリン達を睨んでいたロイスは、フェルのそんな声に反応して顔を向けた。

 フェルが客席のクラスメイト達を指差す。

「ほら、皆来てるよ」

「あ…」


 フェルとロイスが見たことで一層声援が大きくなる。

「「「「ロイス、フェル!」」」」

「フェル頑張って!」

「「「ロイス!」」」


 フェルとロイスはそれぞれ、木剣を選ぶために大きな箱にたくさん入った木剣を一つ一つ確認し始める。ゴブリン男子たちは先に準備していたようで、演習場の中央に戻って今は笑みを浮かべて余裕を見せつけようとしている感じだ。


 フェル達はと言えば、木剣を選びながら応援に来ているクラスメイトのことを話している。

「ロイス人気あるね。女の子の声援が多いよ。顔がいいとやっぱりもてるんだ」

「ちょっ…。あー、そんな事より、フェルの出番が無いようにしてやるからな」


 うわっ、男の子だなとフェルは微笑ましく思う。

「いやそんな欲張んなくていいよ。適当に降参していいから。私はどんな敵でも必ず打ち砕くから心配しないで」


 カタリナの声が響く。

「それでは5分後に最初の試合を始める」


 ロイスは、表面上は余裕があるように見せている。内心は武者震いもいいとこだ。気を抜くと足がガクガクと震えそうな気がして仕方ないのだ。こんなのじゃ普段の力なんか出せないぞとさっきから自分に言い聞かせている。


「ロイス」

 フェルが声をかけてきた。

 ロイスが近づいてきたフェルを見ると、更に顔を近づけてきたフェルはいきなりニッコリ微笑んだ。

「ちょっとウォーミングアップしようか」


 軽く撃ち合うとこから始めて、少しずつフェルがスピードを上げて行く。

「剣の握り、気を付けてね。ロイス」

「あ、ああ…」

「足も動かして。ダンスのステップ踏むように」

「解った」

 フェルの剣に合わせていると自然と誘導される感じで移動をせざるを得ない。足がもつれそうになっているのは緊張しているからだ。


 しばらく撃ち合いを続けて、フェルはロイスの身体の動きがやっとほぐれてきたのが分かると剣を止めた。

「はい、飲んで」

 バッグから取り出した水筒をロイスに渡す。フェルが冒険者モードの時にいつも使っている水筒だ。

「ありがと。あれ、モルヴィは?」

「プッ…、今頃何言ってんの。さっきからレミィのとこに居るよ。レミィを守っててって、さっきお願いしたから」



「それでは試合を始める。最初の選手以外は試合場の外へ出なさい」

 カタリナのその声で、ロイスは表情を引き締めた。

 フェルはその顔つきを見て少し安心してレミィ達が居る所へ移動した。


 ロイスの対戦相手はゴブリン男子。不敵な笑みは相変わらず。

 試合開始直後は、両者様子見の撃ち合いが続いた。


「おっ、少しはやるようだな。アークソルテ」

「……」

 ロイスに余裕はない。言い返すこともしない。

 しかしフェルはそれでいいと思っている。言葉を撃ち合う必要はない。敵に叩きつけるのは剣だ。拳だ。


 少しずつ速い剣が振るわれるようになってくる。意外にも仕掛けたのはロイスだった。フェイントと横薙ぎを繰り返してからのテンポを上げた踏み込みからの小手狙い。あっ、それが得意のパターンなんだろうなとフェルは思う。

 ゴブリン男子の腕を叩いたロイスの剣は、返すなり撃ち降ろしの剣となる。

 しかし剣で受け流されて決め手にはならず、振った勢いと伸びきった体勢のせいで逆に隙をさらしてしまったのはロイスの方だ。

 ガシンッ と相手の剣を何とか剣で受けたロイスは同時に肩を酷く撃ち付けられた。

 ニヤリと笑ったゴブリン男子はチャンスと見たのだろう、速く何度も剣を振ってロイスを追い詰め始めた。ロイスはそれを躱すことばかりに気を取られている。


 するとフェルは息を吸い込んで思いっきり大きな声を出す。

「ロイス、逃げるな! 撃ち合え!」


 キッと相手を睨んだロイスが引かずに踏み込んだ。

 それでいい。フェルは思わず呟いていた。

 ゴブリン男子が撃ち降ろした剣を肩で受けてしまいながらも、ロイスが突き出した剣がゴブリン男子の脇腹を大きく抉った。

 くるっと回転しながら転がって行ったのはゴブリンの方だ。しかしロイスもそこにうずくまった。

「ロイス!」

 レミィの悲鳴に近い声が響く。フェルはただ口を固く結んで見つめる。


 審判を務めている教師カタリナがまずは転がったまま動かないゴブリン男子の様子を見に行くと、手を大きく何度も横に広げて見せて試合終了の合図を出した。

「救護班、入って」


 跪いたまま頭を下げていたロイスがその時ゆっくりと立ち上がった。少しふらついているが、意識して深呼吸を繰り返しているようだ。


 ゴブリン男子のことは救護班に任せて、数歩ロイスの方に近付いた審判カタリナがロイスの方を手で指し示して告げる。

「勝者ロイス」


「「「「「やった~!!」」」」」

 総合学科1年のクラスメイト達は大騒ぎである。

 レミィは立ち上がったロイスに安心した様子。


 ゆっくりとレミィとフェルが居る方に歩いて来たロイスの顔色はあまり良くない。

「ロイス肩見せて。同じとこ2回やられたでしょ」

 フェルがそう言うと、ロイスは頷いた。しかしその動きだけでも激痛が走っているのだろう顔を歪めた。


 すぐにカタリナから指示された救護班のもう一人の先生がロイスの方にも来てくれて、手を取って肩の様子を確認し始める。ロイスは動かされるたびに痛がった。

「治癒室に行こう」

 その先生にそう促されたロイスは担架に載せられて運ばれる。すぐにレミィが付き添おうと近付いたがロイスから何か言われて立ち止まった。


 そのレミィはフェルの所に戻ってきて言う。

「ロイスが、フェルが勝つところをちゃんと見とけって」

「そう…。じゃあ勝たないとね」

 ミュー…

 ずっとレミィの手で抱きかかえられていたモルヴィがフェルに飛び移って鳴いた。

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