フェルとモルヴィの学院物語
@yabe
第1話 学院
新設された公立スウェーガルニ学院。入学試験に合格したフェルはその高等部一年の総合学科に籍を置いた。フェルの正式な保護者として学院に登録されているリズ、他にはシュン達も参列した入学式の翌日から本格的に学校は始まった。
その最初の時間。フェルのクラスでは生徒の自己紹介が行われている。
「コーフェルトゥ・ブレアルークです。フェルって呼んでください。好きなものは剣術と冒険と猫です。よろしくお願いします」
最前列の席に座っているフェルは、ちゃんと全身で振り向いてクラスメイト全員を見渡しながらはっきりした声でそう言った。クラスメイトがフェルを見るその表情には遠慮のない好奇心が現れていて、中には少し値踏みしているような視線もある。
教壇に立つ担任の女性教諭はそんな光景は見慣れたものとして特に気にもせず、フェルに微笑んだ。
「うん、フェルは元気だね。では次の人」
教諭に促されてフェルの隣の席の女生徒が立ち上がる。
「はい…。皆さん初めまして。レミノーラ・アークソルテです。私のことはレミィと呼んでください。歴史書を読むのが好きなので同じ趣味の人は声をかけてください」
「はーい、私も本を読むのが好きだよ。じゃあ、次」
うんうんと頷いた教諭はそう言って次の生徒を見た。
すぐに立ち上がったのは男子生徒。
「ロイスベルフ・アークソルテ。魔法騎士を目指している」
あれ、同じ苗字なの?
自己紹介は座席の順に行っているので、レミィはフェルの隣でロイスベルフはその向こう側の隣。
改めてフェルは自分に続いて自己紹介をした二人の横顔を見比べてみる。
あ、少し顔が似てる。もしかして双子なのかな…。
フェルがそんなことを思っていると、レミィがフェルの方を向いてニッコリ微笑んだ。しかし、レミィはすぐに現在進行中の自己紹介者に視線を戻す。そんなレミィに促されるように、フェルも声を出しているクラスメイトの方に意識を戻した。
昼休み。すぐに学院の食堂に行こうと席から立ち上がったフェルは、30名程のクラスメイト達全員が座ったまま動かないことを不思議に感じる。
「あれ? 皆、ご飯食べに行かないのかな」
思わず声に出てしまったフェルのその言葉に、隣の席にまだ座ったままのレミィが反応した。
「あ…、少し時間をずらすの」
「え、でも食堂は凄く広いから生徒全員でも座れるって…」
てっきり混雑を避けるためかと思ったフェルがそう言うとレミィは首を振る。
「違うの。上級生が居るからよ」
レミィとロイスベルフは双子の姉弟。そして二人の父はスウェーガルニの代官を務めているレオベルフ・アークソルテである。
双子は、同級生になるだろうと前置きされたうえで、フェルの事情を少しではあるが父親から聞いていた。領主ウェルハイゼス公爵家の遠縁にあたり、孤児となった今ではその庇護下に在ること、中等部には行っていないこと、スタンピードを鎮めサイクロプスを撃破し冒険者としても名を馳せているユリスニーナ殿下と姉妹のように親しいことなど。
レミィから説明を聞いても、フェルはすぐには理解できなかった。
「えっと…。つまり、今、食堂に行くと上級生が待ち構えているの?」
「そう。彼らはこの時期のことを品定めの季節だと言ってるみたい」
「品定め?」
フェルがオウム返しのように訊き返すと
「くだらん」
ロイスベルフが吐き捨てるようにそう呟いた。
レミィはそんな弟をなだめるように軽く肩に手を添えて、そしてフェルに向き直って言う。
「女子の容姿を見て評価したり、場合によってはちょっかい出してくるの。そして男子は生意気な者は居ないか、もし居たら上下関係を理解させると言って制裁するとか、そんな感じ」
「上級生ってそんな事するの?」
「一部の生徒だけ。そんなことはくだらないと思っている人も居る。けれど傍観している人、自分は手を出さないけど面白がっている人も居るの」
「ふーん、じゃあ女子で可愛く無い生意気なのが居たらどうするのかな」
フェルがニヤッと笑ってそう言うと、レミィは眉を顰める。
「それは、やっぱり制裁されるんじゃないかな…。決闘という形だけど」
「あ、決闘の話はお姉ちゃん達から聞いたことがある。模擬戦でしょ」
「そうだ。対人戦闘訓練の為の模擬戦という体裁だけど、学院も黙認する決闘だ」
ロイスベルフがレミィに代わってそう答えた。
これが話に聞いていた、いじめというものなのかな。フェルはそんなことを思うが、少し違うような気もする。何にせよ、自分も皆と同じように食堂に行くのは少し時間を置くことにしようと思った。
「モルヴィ出ておいで」
フェルがシャツのボタンを上から幾つか外すと、そこからモルヴィが顔を覗かせた。フェルの年齢の割に膨らんでいる胸の間から出てきた小さな黒猫に、さっきからフェル達三人の話に耳を澄ませ注目していたクラスメイトの大半が驚く。
ロイスベルフは突然現れた黒猫を見ると同時にフェルの胸の膨らみとそれを包む下着に視線が釘付けになってしまっていて、そのことを少し遅れて自覚すると真っ赤に赤面してしまう。
ミュー、とモルヴィはすぐにフェルの肩に飛び乗ってペロペロと頬を舐め始めた。
「ごめんごめん。授業中は出しちゃ駄目だって学院長先生から言われてるんだから、仕方ないでしょ」
「フェル! シャツちゃんとボタン留めて」
突然出現した小さな猫に驚き、そのまま呆気に取られていたが、誰よりも早く我に返ったレミィは、胸元が露わになっているフェルにそう言って慌ててクラスメイトの視線から隠すようにフェルの前に立った。
「そうか。男子も居たんだった…。レミィごめん、ありがと」
クラスメイトに背を向けてフェルがボタンを留め始めると、モルヴィはすぐ近くに立っているレミィの肩に飛び移った。
「あっ」
驚くレミィを安心させるように、ボタンを留める手は止めずにチラッと彼女を見たフェルは言う。
「大丈夫だよ、絶対に悪さはしない子だから。モルヴィ、レミィに挨拶して」
ミュー…
モルヴィはレミィの頬に擦り寄ってゴロゴロと喉を鳴らした。
結局、モルヴィを見て目をキラキラさせ始めた女子クラスメイト達にモルヴィを紹介していると適度に時間が過ぎて、そろそろ行こうかと皆で食堂へ向かう。クラスメイトの先頭を進むようにして、レミィとロイスベルフと三人で連れ立ってフェルは食堂に入った。
食堂に入るとすぐに聴こえてきたのは、自分達が作り出している状況を面白がっていることが明らかな、下品な調子を隠しもしない大きな声だった。
「総合科の諸君、遅かったな。最後になった罰だ。お前達は、俺に臣下の礼を示してから通れ」
その男子生徒は無視してフェルが食堂の中を見渡してみると、1年生が数多く静かに食事を摂っている。彼らの多くがチラチラとこちらの様子を気にして見ている。上級生は、今目の前で声を張り上げている男子生徒とその周囲に数人。食事はすでに終えているのにテーブルに着いたまま、こちらを興味深げに見ている者もまた上級生なのだろう。
フェルがその下品な声を出している男子生徒を無視したまま横を通り抜け、既に顔見知りになっている食堂の女性に挨拶をしてトレイの上に好きなものを取り始めると、ロイスベルフもその後に続いた。レミィも同様。
「アークソルテの双子、たかが男爵家のくせに生意気だぞ。そっちの先頭の女もだ」
三人の背中から、その男子生徒が低い声で唸るとロイスベルフはびくりと身体を揺らした。
レミィが小さいが鋭い声で言う。
「ロイス駄目よ」
フェルはとても不思議な光景を見ているような気がしている。初対面なのにこの敵意、そして恫喝するような物言い。彼は何を求めているのだろう。私達をどうしたいのだろう、同じ学院生なのに、と。
「ロイス、私もロイスって呼ぶね。レミィも早く食べよう。昼休み終わっちゃう」
フェルはそう言ってトレイを手に持つとテーブルの方へ歩き始めた。
レミィはロイスの背中を押すようにしながらその後に続いた。
フェルがテーブルに着くとモルヴィがピョンとそのテーブルの上に降りる。
恫喝していた上級生の男子生徒はモルヴィを見てギョッとした表情に変わり、三人を追ってテーブルに近付こうとしていた足を止めた。
そんな男子生徒の挙動を見たレミィが少し口元を緩めながら言う。
「モルヴィのこと使い魔だと思ったみたい」
「使い魔?」
お腹が空いていたので早速食べ始めていたフェルは、モグモグと口を動かしながらレミィにそう問い返した。
「王国には少ないと思うけど、ごく稀にテイム魔法で服従契約を結んだ動物や魔物を従わせる魔法師が居るの」
「テイムの話は聞いたことがある」
フェルが聞いたことがあるテイムの話というのは、シュン達から聞いた聖者エレルヴィーナがワイバーンを従わせていたことだ。
「うん、獣人種には使える人が多いらしいの。で、そうやって従わせている動物や魔物達のことを使い魔って呼ぶの」
「へえ、そうなんだ。でもモルヴィは違うよ」
フェルがあっさりそう言うと、ロイスがえっ? という顔でフェルを見る。
「違うのか?」
既に自分のテーブルに戻ってしまっているさっきの上級生の男子生徒の様子を見てから、フェルはロイスに頷いた。
「モルヴィは友達」
ミュー… と、モルヴィはフェルが小さく千切って食べさせてくれているパンを飲み込んでしまうと鳴いた。
「じゃあ、こんなに言う事を聞くのに契約じゃないと?」
「契約…? そんなの私はしてないよ」
その時、レミィが少し改まった口調でロイスに言う。
「ロイス、契約だとかそうじゃないとか、そういう立ち入った詮索は失礼よ」
「え、あ…。ごめん」
レミィはそう言って弟を窘めながら、実は彼女自身も疑問は打ち消せずに居た。
こんなに懐いて愛情すら感じさせる振る舞いをする使い魔なんて聞いたことが無い。むしろ逆だ。自分の意志など無いかのように振る舞うのが使い魔なのだ。
だから、使い魔ではないと言うフェルの言葉は納得できるし、言われるまでもなくレミィもそう思っていた。しかし、ペットがこんなに懐くものなのだろうか。意思の疎通ができるものなのだろうか。
話を戻すようにフェルが言う。
「それで…。さっきのって、モルヴィを使い魔だと思ったから怖くて近付いて来なかったんだよね」
「そうね。ギョッとした顔してた。私、思わず笑いそうになった」
レミィはそう言って少し微笑んだ。
フェルもそれに応じてニッコリ笑いながら言う。
「じゃあ、そう思わせたままでいいね。でも、どうして学院の中で爵位の話を持ち出したりするんだろう。何がしたいのか全然わからなかった。あと臣下の礼って何? 領主でも無い人にそんなこと誰もしないでしょ」
フェル達が食事を摂り始めてしばらくすると居座っていた上級生達はパラパラと食堂から出て行き始めた。チラチラとフェル達の方を見て話しをしている者、フェル達を見てニヤついている者。その在り様はさまざまだが、フェルはそんな彼らの態度は全く気に留めなかった。
だけどモルヴィ、あの感じだとこれで終わりじゃなさそうだね。
ミュー…
いち早く食事を終えたモルヴィが小さな声で鳴いてフェルの肩に飛び乗った。
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