第11話 からっぽ


「お嬢ちゃん、かわいいねえ」



目の前では、へらへらと若い男たちが笑っている。あれまあ、と俺は顎をひっかいた。そうしたところで、呼ばれたことに気づきもしないのか、カナはそのまま通り過ぎる。あれまあ。



「レグルス、お肉買いに行こっか。干し肉。気持ちでも美味しいのを選ぼう」



頑張って選ぼう、と拳を握りながらこちらを振り向いたカナに、まあそうだな、と頷いた。兄ちゃんたち、すまんね、すまんね、となぜだか謝りたくなる気分になって、声をかけつつも固まる彼らの横を通り過ぎた。のは願望で、実際のところは、「お嬢ちゃん! おいこら! こらこら」 カナの前に一人が立ちふさがった。



そのときやっと声を掛けられていたのが自分だと気づいたのか、「うわっ」と声をあげたあとに、男三人、顔を見回し振り返った。



「レグルス、もしかしてナンパだった? 初めてだよ、高校生だから? いや年齢的な話なんだけど!」

「ナン……ん? こうこう?」

「たまに翻訳がうまくいかないときがあるよね、万能じゃないねえ」

「いやそっちで盛り上がるなよ」



人が集まると揉め事も多くなる。仕方のない話とはいえ、進んでぶつかりたいわけではない。どうしたもんかね、とため息をついて、しっかりと耳が隠れていることを確認した。「すみません、急いでますんで」 カナはぺこぺこ頭を下げて、失礼しますねと言いながら俺の手を握りつつ通り過ぎようとしたときに、「いや、弟くんはいいから」 お前はあっちに行っときなとでも言いたげに、彼らは簡単に俺一人を押し出した。



「いや、レグルスは弟じゃ……」



カナの声は男たちの生け垣の向こう側だ。押し込まれて、小さくなって困った声をあげている。「さっき随分儲けてただろ。俺たちにもちょっとわけぶべ」 とりあえず、背後からぶん投げた。








「残念ながら、ナンパではなかったね……」

「残念かどうかは知らんけどな」



どこで魔法が終わってしまうかわからないから、慌ててカナを背負って、ぴょこぴょこ走って逃げていると、背後では残念なのかなんなのか、わからないような声で、カナがため息をついた。「レグルスだって弟じゃないのにね」 そう呟く彼女の声に、「いやあ、まあ、どっちだっていいだろ」 家族だしな、と適当に付け足して返事をしてみる。そうだね、とカナは小さな声を出した。でも本当は、どっちだってよくはない。





ひどく寝心地が悪かった。


いつも通り、焚き火が燃え移らないようにと気をつけながら、薄い毛布で寝床を作ってくるまった。吐き出す息が白くて寒い。俺は寒さには強いから、なんてったってなるけれど、カナは違う。互いにくっついて、暖をとるように眠った。もう少し、人里に滞在すればよかった。北に進むに連れて、野宿が難しくなってくる。そろそろ、移動の方法を変えなければいけないかもしれない。



(……弟な)



兄、と呼ばれていたのは、それほど長くない時間だった。ある日いきなり、彼女の目線が、俺よりもずっと高くなっていることに気づいた。手を伸ばせば、カナの方がずっと遠くのものを取ることができるし、俺が必死で跳ねた水たまりを、彼女はひょいと足を伸ばす程度で歩いていく。



(変わっていく)



当たり前のことだ。


本当なら、喜ばしいことだ。


なのになぜだろう。カナに出会うはずの時が、もっと先であったならよかったのに。そう考える自分がいる。もっと大人の姿で彼女と出会って、下手くそな魔法なんかに頼らなくても、簡単に彼女を抱えることができればよかったのに。そう思えば思うほど、ひどく惨めな気持ちになった。



(なあカナ)



なんで俺、こんな気持ちになってるんだろうな。



嘘くさく頭の中で呟いてみたところで、本当は理由なんてわかっている。息を飲み込んで、吐き出した。重たくて、泥みたいな塊だ。あまりにも卑怯だった。二人きりで、カナは俺に頼ることしかできないのに、そんな彼女に馬鹿みたいな気持ちを持っている。さっさと眠ってしまいたかった。これ以上、考えても無駄だった。



「ごめんな」



意味もなくて空っぽな、ひどく情けない言葉だった。

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