第6話 ふしぎなこと


「宿屋、軽食屋、道具屋……」



 お店に下げられた看板ひとつひとつに目を向けながら、確認のように呟く。活気のある町並みだ。「ねえ、レグルス」 少年の服を引っ張った。自分でだって驚いていた。



「私、文字が読めるんだけど……!!?」

「そりゃよかった」



 そんな軽い返答を求めているわけではないのだけれども。





 ***





 街に入って、しばらくのところ感じていた違和感だ。どこか異国の街中を歩いているようで、低い屋根の建物ばかりを見ていると不思議になる。そんなとき、瞬いた。文字が読める。どう考えたって日本語でもなんでもなくて、もちろん英語だとか、ちょっとくらいの見覚えのある言葉でもなく、ただ不可思議な記号が並んでいるとしか思えない。なのに読める。「レグルス……!!??」「そんなに驚くか?」



 呆れたようなその顔に、当たり前でしょう、と声をあげようとして、自分の口を慌てて塞いだ。口の形がおかしいのだ。日本語じゃない。そんな今更な疑問にびっくりして道の真ん中で突っ立ってしまった。一体、私は何を話しているんだろう。



「喚び人は、竜の加護をいただくそうだぞ」

「りゅ、りゅう?」



 いきなりなその言葉に、「え、なんで?」と首を傾げた。「なんでって言われてもな。この国は竜に管理されてるんだ。そんなに多く存在しているわけじゃないけれど、北よりも南の方が数が多い」 ほら、とレグルスが通り抜けた大きな壁を指差した。



「南は特に壁が重要だって言っただろ。高い場所から竜が来ないか、四六時中見張ってるんだ。ときどき、街を襲うからな」



 豆粒のような人がいる。それが点々と配置されて、街の外を監視していた。あれだけ高ければ、遠くまでよく見えるに違いない。けれども、なんだかおかしい。がやがやと人気のある通りを抜けながら、「ちょっと待ってよ」 またレグルスの服をひっぱった。



「加護をくれるのに、街を襲うの? なのに国を管理しているの? 高い壁を作って、抵抗しようとしているのに?」



 つまりはそういうことだろう。少しでもはやく、こちらにやってくる竜の姿を見つけるために壁を作っているということは、戦う意思があるということだ。それはなんだか相反しているような気がする。




「そうだよ。国じゃないな。この世界は全て竜からできたんだ。でも人間はそのことを知らない。いや、忘れちまった。寿命が俺たちより短いからな。けれどもエルフはそれを忘れない。竜という生き物を崇拝している。まあ、そこが互いに相容れないところでもあるんだよな」



 汚い、と言われて女の子に頬を叩かれた。一見温厚に見えた村長も、人間は脆弱な力を持つ、とどこかバカにしたような言葉を落としていた。「選民意識ってやつなのかね」 そういうレグルスだってエルフなのに、やっぱり彼はどこか変わっているのかもしれない。



 彼はフードをかぶったまま、頭の後ろで腕をくんで、ぶらぶらと歩いた。「レグルスって、もしかして、ちょっと変なのかもしれないね」 思わず考えた言葉を落とすと、彼はこちらを振り向いて、緑の瞳をくるりとさせた。それから、「はは」 なんだかちょっと笑っていた。



「どうかね。どうかな。まあ、色々見てきたかもしれないなあ」




 ***




 俺は人間は嫌いじゃないよ。そういうレグルスでも、フードをかぶっている理由はなんとなくわかった。エルフは人間を嫌っている。それなら、その反対だってそうなのかもしれない。私は被らなくてもいいと、そうレグルスは言っていた。どちらが先なのかはわからないけれど、片方がツンケンすれば、もう片方だって、きっとそうなってしまうに決まっている。




 なんとなく、悲しいような気持ちで小さな背中を見つめていると、彼はちょいと路地に入り込んで、ぱさりとフードをぬいだ。「え」 瞬いて、「あれ!?」 叫んだ。



 耳がない。



 ――――レグルスの耳が、きれいさっぱりなくなっていた。

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