メインディッシュまでの繋ぎ
春嵐
美味しいコーヒー
コーヒーが美味しい。
お菓子やご飯が出てくるまでの繋ぎなのに。美味しい。なんでだろう。
「あの、聞いてます?」
「ごめんなさい聞いてませんでした」
机の向こう側。デザイナー。
今回は、インテリアそのものをデザインとして打ち出すという企画だった。
「もっとこう、ばぁぁっとしてて、それでいて、豪華で、ぴかぴかしてるのが良いんですよ」
あれ、私なに頼んだっけ。オムレツだっけか。
「ちょっと、また聞いてないっ」
「ごめんなさい。なに頼んだか思い出してました」
「だから、もっと光っていて、それでいて落ち着いている木材をですね」
「ないですね」
「なっ」
「ああ、コーヒーが美味しい」
どうしてこんなにも、コーヒーが美味しいんだろう。
「何よ。そのコーヒーが美味しいみたいな顔はっ」
「えっ」
コーヒーが美味しいみたいな顔してたかな私。
デザイナーが立ち上がって、すごい勢いで店を出ていった。
「コーヒーが美味しい顔をしてるだけで、怒って出ていかれた」
ちょっと、ショック。
「また喧嘩ですか?」
店主。オムレツ持ってきた。
「いや、コーヒーが美味しい顔、私、コーヒーが美味しいみたいな顔してました?」
「ええ。いつも美味しそうに飲んでくださる。淹れがいがあるというものです」
「そうですか。顔。じゃあどんな顔で応対すればいいのか分からないな」
店主。さっきまでデザイナーが座っていたところに、座る。
「顔じゃないんですよ。気持ちです」
「気持ち?」
「デザイナーさんは、貴女の気が引きたいんだ。自分のデザインを、家具を、貴女に見せてほめてもらいたがっている」
「ほめる」
「デザインが楽しみとか、家具の出来上がりが待ち遠しいとか、言ってあげるのがよろしい」
「そうします。ありがとうございます」
「さて、デザイナーさんのオーダーを作らねば」
デザイナー何頼んでたっけ。
「焼きうどんですよ」
店主が、こちらの顔を見て応える。
「顔に出てるのかな」
「ええ。メニューなんだっけって顔してました」
店主。やさしく微笑んで、カウンターの奥に消えていく。
店主のことが、好きだった。店主となんとか繋がりを持ちたくて、ずっとここに通っている。最初は、コーヒーだった。それが、自然に店主のほうに目を向けるようになってしまった。
でも、どうやら好意は顔には出ないらしい。
「不器用だな」
呟いた。
デザイナーには出ていかれるし、好きな人には気付いてもらえないし。
「ほんと。ほんとに不器用」
「えっ」
気付いたら、机の向こうにデザイナーが戻ってきている。
「いつからそこに」
「ついさっきです。分かんなかったの?」
「ごめんなさい。他のこと考えてて」
「これだから。もう。いやなのよ」
「なぜ、お戻りに?」
「私がここから出ていったら、あなたと店主の二人だけになるじゃない。私は怒ってるのに、ふたりでイチャつかれたらムカつくの」
「はぁ」
「それに焼きうどんも注文してるし」
「律儀か」
「律儀よ。律儀な私がこれだけ熱弁して木材を寄越せって言ってるのに」
「だって、ばぁぁっとしてて、それでいて豪華で光ってて落ち着いてる木材なんて存在しないですし」
「だから、そういう、そういうことじゃないのよ。もっとこう、なんかこう、あるでしょ?」
「あっ、店主にも言われました。ほめろって」
「そう。それよ。私をほめなさい」
「戻ってきてくれてありがとうございます。店主と二人きりは緊張するので」
「恋愛の緩衝材かよっ」
「なんの話ですか?」
店主が、焼きうどんを持ってきて話に混ざった。
「店主ぅ。この女のどこがいいのよぉ」
おい待て。
「デザイナーさん。何を」
これ以上突っ込まれたくないし突っ込みたくないので、喋らないようにコーヒーを口に含む。コーヒーが美味しい。
「そうですね。やっぱり、コーヒーを美味しそうに飲んでくださるところですね。その横顔が、綺麗です」
コーヒーを吹き出してしまった。
「あらあら」
「大丈夫ですか」
「ぶっ、だっ、大丈夫、です」
大丈夫じゃないです。大事故。
「あんたたち、いつ結婚すんのよ。このインテリア、あんたたちの住み処にも提供してやるわよ。覚悟しなさい。焼きうどん美味しいわ」
「ありがとうございます。作ったかいがあるというものです。それに結婚どころか、まだ付き合ってもいないです。告白もしてないしされてません」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
えっ。
オムレツ美味しい。
メインディッシュまでの繋ぎ 春嵐 @aiot3110
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