第15話 新たな依頼と噂話

「あー、先輩さん? 騙し討ちするような真似したのは謝るからさ、睨まないでくれると嬉しい……かな?」

「睨んだつもりは無いんですけど……すいません、こういう目付きなんで」


俺が怒っていると勘違いしたのであろう、白川さんが機嫌を伺うかのように恐る恐るといった様子で尋ねてきた。

慣れているとはいえ、美少女に言われると少し辛い。


「まあカマかけた云々はともかく、どうして北原達はイブキが俺だと思ったんだ?」


それよりも、1番気になっていたことを北原に尋ねると、確証は無かったんですが――と話し始めた。


「一応音楽をやってる身として、最新のニュースにも気を向けているんです――当然、『期待の新人』のイブキ氏にも、です」


ドクリ、と心臓が跳ねたが、構わず北原は続ける。


「先輩がをしてきたのも同じ頃でしたよね?『プロに見初められたら――』と。あの時の頃先輩は、はっきり言ってちょっと異常でした。バイトでも休憩中やけにスマホを気にしたり、バイブの音に異様に反応したり……」

「で、同じ時期に決まった白鳥香澄の活動再開、曲のプロデューサーが『期待の新人』と同一人物――私もサヤっちに言われた時はありえないと思ったんだけどね、でも偶然にしては出来すぎている」

「それでカマをかけてみようってなったのか」


そう言うと白川さんは満足そうにうんうん、と頷き――俺の背後に回って肩に手を置いて顔を寄せてきた。

近い……し、何より北原の視線が冷たいのでやめていただきたい。


「そんな事しなきゃいけないくらいには特別な依頼……ってことだよ。真面目に考えてあげて」


北原に聞かせないためか、耳打ちしてきた白川さんの声は、いつになく真面目なものだった。

そんな風に言われたら、断れるわけないじゃないか。



※※※



その日の夜、夕飯を済ませた俺はベッドで横になりながら昼間の出来事を振り返っていた。

北原の依頼は、予想通り「ライブラ」の新曲作成だった。

入場前に聞こえたファンの会話から察するに、作曲面でスランプに陥ってるのかもしれない。

尤も、あの後北原達の予定が詰まっていたというのもあって、その場で話を詰めることは出来なかった。また後日、何処かで落ち合って話す事になるだろう。


〜♪


スマホが鳴り響き、電話の着信を示した。

こんな時間に電話してくる奴は、俺の知り合いでは一人しか居ない。


「……もしもし」

「悠斗くんやっほー。国民的アイドルの白鳥香澄だよー」

「……切っていい?」

「もー、悠斗くんってば相変わらず辛辣だなあ」


電話の相手はこんな時間に暇を持て余している変人――もといこの時間に仕事を終え、その日の愚痴をぶつけてくる大アイドル様である。

活動再開にあたって例の曲の打ち合わせをしているうちに、いつの間にかこうして夜に電話するのが恒例となっていた。

――と言えばまるでアイドルと甘いひとときを過ごしているかのような優越感に浸れそうなものだが、香澄の仕事の愚痴や著名人の裏事情なんかを聞いているので色気の欠片もないし、そんなものは幻想だと思わざるを得ない。現実は残酷なのだ。


「――ってことがあったんだ」

「あー、ライブラね。って、悠斗くん、ボーカルさんと知り合いだったんだ。世間って狭いもんだねー」

「香澄もライブラのこと知ってるのか?」


昼間の出来事を香澄に話したら、意外にもライブラを知っているかの様な反応がかえってきた。

ライブの盛り上がりやパフォーマンスで忘れがちなのだが、ライブラはインディーズのロックバンドでまだプロデビューはしていないし、アイドルだった香澄とは畑も違う。なのでむしろ知っていて意外、と言うまであるかもしれない。


「まあ知ってるってほどではないかな。久しぶりのライブを、しかも今日やってたって聞いてたから」

「ああ、まあ流石にそうだよな」


確かにインディーズとはいえ、この地区で最大級のライブハウスを使った久しぶりのライブをした、となれば香澄の耳にも入ってくるのだろう。

これはメジャーデビューの日も近いんじゃないだろうか――などと思っていた俺にとって、香澄の次の一言は、とても衝撃的だった。


「けどそのボーカルさん、脱退したがってるって聞いたけどね」

「…………えっ?」



※※※



ライブラのボーカルである北原が脱退を望んでいる――ステージ上で生き生きと歌う北原の姿を見たばかりだと、にわかに信じ難い話だ。

香澄も「あくまでも噂話」とは言っていたが、噂が回るということはそれに近い問題を、ライブラが抱えているのかもしれない。


「うーん、私には何が本当の話なのか分からないけど、悠斗くんは作曲の前にちゃんと噂を確かめた方がいいかもね」

「ああ、一応はそうするつもりだ」


そっか、と香澄が言うと続けてはぁーっとため息。


「ついに悠斗くんの才能に目をつけちゃった人が出ちゃったかぁー。悠斗くんは私が独占したかったのになぁ」

「独占って……。俺はモノじゃないけど」

「そーゆー意味じゃありませんー……けど」

「けど?」


少し間を空けて、控えめな声で香澄が呟いた。


「私の元から、離れないで欲しいなあって」

「――っ?!」

「って私、何言ってるんだろ!へ、変な意味じゃないから!仕事のパートナーとして!だからね?!」

「おっ、おう!そんなに焦って言わなくても大丈夫だ!分かってるから!」


ってあれ、パートナー……?身に覚えが無いのだが、香澄はどういうつもりなのだろう?


漂う変な空気から逃げるように、「じゃあおやすみ!」と香澄は一方的に電話を切ってしまった。相変わらず嵐のような奴だった。

俺も寝ようかと、ベッドに身を投げ――


〜♪


再び着信。

香澄か?と思ってディスプレイを確認すると、それは知らない番号だった。


「もしもし」

「もしもし……夜分遅くにすいません。大瀬崎さんでしょうか?」

「はい、大瀬崎ですけど――って、この声」


何処かで聞いた声だと思ったけど、間違いない。


「『ライブラ』の白川さん!?」



※※※

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見た目ヤンキーの大瀬崎くん、ボカロP始めました。 猫捨澪音 @Rain_Nekosute

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