第11話 Re : Birth the Melody !
幼なじみが押しかけてきた騒がしい朝を乗り切ると、あとはいつも通りの平凡な金曜日が待っているだけだ。
金曜の昼前の座学。週末気分に突入している級友達は、わざわざこのコマのために登校しようという意識は低いようである。
……などと眠りに落ちる狭間で、今後高まるであろうクラスの留年率を憂いでいると
〜♪
!?!?
スマホが急に鳴り響いた。こういう時、普段以上の速さで反応できるのは誰しも経験があるのではないだろうか。
つい先程までスマホの音ゲーをプレイしていて、マナーモードを解除していたのだった。忘れていた。
音量を落としてなお続くバイブ。これが意味するものは――
※※※
真面目に講義を聞いている勤勉な生徒に白い目を向けられながら向かった先は廊下。ディスプレイには知らない番号の羅列。
着信の正体は電話だった。
バイブが止まる気配も無いため、通話ボタンをタップする。
「もしも――」
「ご利用中の電話番号は国民的アイドルに繋がっています。御用のある方はピーという発信音」
ブッ
「…………」
通話終了。
どこかで聞いたような声だった気もするが、どうやら迷惑電話だったようだ。ついでに番号も着信拒否登録しておこうか――
〜♪
「…………はい」
「ちょっと悠斗くん!私の電話ぶつ切りなんてすごい度胸だよ!?でもちょっと酷いんじゃないかな!?」
「生憎俺には電話をかけてくるような『自称国民的アイドル』な知り合いは居ないはずなんだが」
「アイドルだって日々弛まぬ努力してるんだよ〜?悠斗くんの電話番号調べあげるくらいなんてこと――」
「そんな努力あってたまるか」
この声、そしてこの能天気な話し方。
信じてもらえないかもしれないが、電話先の相手は――
本物の元・国民的アイドル、白鳥香澄、その人だった。
※※※
時間は香澄に『プロトタイプ』の曲データを送った晩に遡る。
最初こそ俺たちは事務的なやり取りをしていたのである。
しかし、元々の趣味が近かったこともあって話は脱線に脱線を重ね、香澄の提案でボイスチャットへ移行。そこからというもの、思い出話なんかをしているうちに話はついに止まらなくなり、気づいたら時計の針はほぼ真上を指していた。
俺が『歌い手・SMEE』時代のエピソードなんか掘り返して香澄をおちょくってるうちに、彼女の化けの皮はどんどんと剥がれ落ち――もとい素の自分で話せるようになった俺たちは、以降はまるで旧来の友人のようなやり取りをするようになったという訳だ。
……訳だが。
「で。
「なんか含みのある言い方な気がするけど……まあいっか」
含みがあるに決まっとろうが……というツッコミは辛うじて抑えることができた。
「急ぎの要件だったから、メールじゃちょっとなーって。だからってボイチャで仕事の話するのもなんか違う気がしたから」
「仕事の話?」
「うん。前送ってくれた『プロトタイプ』の曲、完成したんだ。今からデータ送るね」
「えっ……も、もう出来たのか……?」
「もう」とは言ったが、俺が前回作った曲はあくまでもボカロ曲――コンピューターが相手だった。
それですら曲の形にするには調教、MIXと随分苦戦したのだ。いくら香澄がプロで、かつ作曲済の曲を提供したとはいえ、である。
ましてや「再始動」で一躍時の人に躍り出た中、このスピードで曲を完成させるとなると本人の努力もさることながら、企画を支えているであろうスタッフの尽力が伺える。
――そう思っているうちに、香澄とのやり取りでお馴染みになってきたパターンのバイブが、メールの受信を示した。
添付されていたのは確かに音楽ファイル。本当にこの一週間のうちに完成させたようだ。
「本当に完成してる……」
「出来れば、今すぐに聞いてみてほしいんだけど……大丈夫?」
「大丈夫だけど……今すぐにって、なんでまた」
「それは……やっぱり、一番最初は悠斗くんに聴いてほしいかな、って」
――っ!
深い意味は、無いのだろう。あくまでも
とはいえ――
大物アイドルが照れたような声で俺の名を呼ぶなんてシチュエーションは、反則だ。
※※※
香澄の発言に心を揺さぶらされながらも、努めて平常心を装い曲を聴き終わった。
――それはもう、俺が作った曲だとは思えない程の完成度に仕上がっていた。
香澄の明るさや可愛らしさを全面に押し出したアレンジが前面に出ているが、同時に原曲の切ない雰囲気が随所に残っており、万人受けしそうな恋愛ソングに纏まっている。街中で流れていても違和感がないレベルだ。
「正直、思っていた以上の完成度だった」
「えへへ、悠斗くんにそう言ってもらえると自信つくよ。ありがとう」
曲を聴くために切っていた通話を再開し、香澄に素直な感想を伝えた。
上手く言葉に出来ず月並みの世辞になってしまったが、ちゃんと伝わったようで何よりだ。
「一週間でこのレベルの曲が仕上がってくるとは思わなかった。プロ時代の関係者が付いてくれてる、みたいな感じなのか?」
「あ……う、うん。まあそんな感じ、だよ」
……?
どうも煮え切らない返事が返ってきたが、いけない話題を振ってしまったのだろうか。特にそんなつもりは無かったのだが――
それよりも、と元のテンションで香澄が続けたため、意識を戻す。
「曲名のことで相談なんだけど」
「曲名?確かにファイル名は『no title』になってたけど」
「うん、曲は出来たけどまだタイトルは決まってなかったから……できれば悠斗くんに付けてほしいなって」
「お、俺!?俺が決めるのか!?」
「曲については『プロトタイプ』の作者が一番分かってるでしょ〜これだ!ってのをバシッと!お願い!」
予想外に大事のお願いをされてしまって、つい尻込みしてしまう。
大物アイドル復活となる起死回生の曲のタイトルだ。下手なものには出来ない。
「大丈夫大丈夫〜。あくまでも“案”だから。もしかしたらボツになるかもしれないけど、その時はゴメンね」
「あ、ああ……そこまで言うんだったら案くらいなら……」
ま、まあ最悪そぐわないと判断されればボツになるのなら、案を考えるくらいは悪くないだろう。
「香澄的に、こういう単語を入れたい、みたいな希望はあるのか?」
「うーん、特には決まっていないんだけど……。せっかくだから『再スタート』とか『生まれ変わった』とか、そんな感じの意味があるといいかな」
再スタート、リスタート、リボーン、生まれ変わった――
「あとは、せっかく出来た活動のチャンスだから……歌を通して私を見てもらいたい、知って欲しい」
歌を……ミュージック……いや、ここはアイドルらしい響きを残して――
「じゃあ、リスタート……いや、リバース――リバース・ザ・メロディー、みたいな感じでどうだ?『新生・白鳥香澄』の意味合いも込めて」
この瞬間、新生・白鳥香澄の全力と決意が込められた、そして香澄と俺の運命を大きく揺さぶることになる曲が誕生した。
“元・アイドル白鳥香澄、YouTubeにて本格的な活動再開を宣言!新曲『Re : Birth the Melody !』を発表!“
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