第10話 幼馴染、襲来
佐伯先輩と煙草会をした翌日、今日は金曜日。講義は2限からだから、朝は比較的時間に余裕がある日だ……普通なら。
「だーーーーっ!!うっさい!!」
折角惰眠を貪るいい機会だというのに、その目論見は鳴り止まない携帯の着信音に邪魔されてしまった。
仕方なくスマホを手に取ってディスプレイを確認。発信者は――
「…………」
無言でスマホの電源を落として、枕元に投げ捨てる。あいつ、またどうせ碌でもない要件で人の睡眠を邪魔しよって……。
今度こそ眠りを妨げるものは何も無い。一度邪魔こそ入ったものの、仕切り直してもう一度眠りにつこうと瞼を閉じ、意識を手放す――……
ピンポーン♪
意識を手放す…………
ピンポーン♪ピンポーン♪
手放す…………
ピンポーン♪ピピピピピピンポピンポーン♪
「あぁぁっっ!もう!」
嫌がらせのように鳴り続けるインターホンに根負けし、仕方なく玄関に出向いて扉を開ける。服は寝巻きだし髪もボサボサだが、相手が相手だからまあいいだろう。
「……人の睡眠を邪魔するのは楽しいかい、千里さんや」
「なによ、折角可愛い幼馴染が起こしに来てあげたっていうのに」
まったく……と言わんばかりに溜息をつき、勝手知ったる様子で我が家に入っていく女、
まさにテンプレートな幼馴染とでも言うべきか、昔から気が強く家事もできてしっかりした奴ではあるのだが、何故か料理の才能だけはちっとも開花しなかった。
俺がある程度料理ができるようになるや否や、早々に諦めたのか「起こしに来た」という名目で朝食をたかりに来るのが日常と化してしまった。
尤もその気の強さに俺は何度も救われたのだが――
「先におじさんに“挨拶”してくるね」
「ああ……ありがとう」
そう言って「仏間」に向かう千里。お鈴の音。静寂。
俺、大瀬崎悠斗の父親が亡くなったのは3年前のことだ。
運転中のもらい事故だった。
母親は悲しみに暮れながらも、何とか俺を不自由の無いように進学させようと仕事に力を入れ、大学まで進学をさせてくれた。今ではほぼ単身赴任のような形で家を空けている。
ちなみに進学ではなく就職しようか、と提案したことがあったが烈火のごとく反対されたのはここだけの話だ。
「何見てんのよ」
「……いや、別に」
そして、父親を失った直後の俺はこの勝気な幼馴染にも随分と支えられた。
これが、ちょっと変わった大瀬崎家の家庭事情だ。
※※※
「いつも悪いわね、朝ごはん作ってもらって」
「これくらい大した労力じゃないから気にするな――少しでもそう思ってるんならピンポン連打をやめてもらいたいんだけどな」
当の本人は我関せずと言わんばかりにトーストに齧り付いている。まあ今更言うだけ無駄だろう。
フードコーディネーターの母親の影響もあってか、料理にはある程度の拘りを持つようになった。
今日のメニューは、厚切りトーストを斜め切りで半分と焼きベーコン。焼いた油で目玉焼き。付け合せにカット野菜を盛り付けたサラダ。インスタントのコーンポタージュはセルフで。
千里が定期的に食べに来るくらいには、わがまま幼馴染のお眼鏡に適っているということなんだろう。朝食は「手軽に」「バランスよく」。母の教えの通りだ。
世話になりっぱなしの幼馴染のためだ。これくらいの恩返しはしないと罰当たりというものだろう。
※※※
「それで!そのおっさんがいきなり怒り始めたの!意味分かんなくない!?」
「……千里、すまん。そろそろ時間だ」
コーヒーのおかわりを飲みながら仕事の愚痴を延々と話し続ける千里を横目に壁掛けの時計を見ると、そろそろ家を出ないとまずい時間になろうとしていた。
「うー……もうそんな時間……」
まだまだ愚痴り足りないとでも言わんばかりに唸り声をあげ、手元にスマホを手繰り寄せる。
「お前こそ今日早番だろ?そろそろ準備する時間じゃないのか?寝癖は直してけよ、あと口元にドレッシング付いてる」
「分かってるけどーー、あんたは私のオカンか!あとそういうことはもう少し早く言いなさい……」
小声でそう言い残し、顔を赤くした千里は足早に洗面台へ向かっていった。
俺の準備は済んでいるから、あとは戸締りをするだけだ。食器を片付け、電気を切って玄関へ。
「閉めるぞー」
「ごめん、お待たせ」
軽く身なりを整えてきた千里と共に家を出る。それじゃあ、と言って別れれば千里は自宅に、俺は駅のある反対方面へ歩き出すのがいつもの流れ、なのだが。
「……どした」
無言の幼馴染から何か言いたげな雰囲気感じ、立ち止まった。
「ううん……やっぱり、今はいいや」
物事をハッキリと言うタイプの千里が、珍しく言い淀んでいるような返事を寄越してきた……ことを怪訝に思うのも束の間、
「今日夜7時、『とりまる』集合ね」
…………今夜は長い夜になりそうである。
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