第12話 酔いどれ幼馴染と尋問される大瀬崎くん

香澄の新曲のタイトルを決める、という大仕事に気力を持っていかれながら何とか残りの講義を乗り切り、最寄り駅に着いた俺はいつものように自転車置き場……ではなく、自宅方面へのバス乗り場へ向かった。


うちの近所はバスが通ってはいるものの、駅への路線は大きく迂回する形となっているため、わざわざ使う場面は限られる。

自転車を漕ぐのが憂鬱になるくらいの大雨の日、もしくは――


酒を飲む時、である。



※※※



我が家の近くを通る幹線道路沿いにある中小チェーンの居酒屋『とりまる』

特筆することも無いような極一般的な居酒屋ではあるものの、家から近い点と比較的安価な点でよく利用している――


「おっ、いらっしゃーい。お連れさんならもう来てるよ。奥の角席ね」

「どうも、杏梨あんりさん。毎度騒がしくてすいません」

「金曜の夜なんてみんなそんな感じだって。後でおしぼり持ってくからちょっと待っててね」


顔馴染みの店員さんに挨拶をしながら、こなれた店内を通って奥の個室へ。


「おーそーいー!華金の夜に!残業切り上げてきた!私への誠意が足りてないんじゃないかしら!」


既に出来上がった酔っ払い幼なじみの介護に来ている、という方が正しいかもしれない。



※※※



「で、入社2年目の不破社員は結局残業分全部放り出してきたのか」

「大学生の大瀬崎くんは余計なことを言わなくていいのっ!」

「さいですか…………」


窓の外はすっかり夜の帳が下りたものの、金曜夜の街、そして目の前にいる幼なじみの賑やかさはまるでとどまるところを知らない。

それにしても飲みすぎだろう。


「千里、いつもよりペース早くないか? 飲みすぎだ」

「分かってるわよ……けど……そうでもしないと…………」


……? やけに歯切れの悪い返事に違和感を覚える。

が、本人が分かってると言うなら大丈夫なのだろう。多分。


「悠斗くーん、酔っ払っいの言う『大丈夫』をあんま過信しちゃダメよ。千里ちゃんもまだ若いんだから程々にね、はいお水」

「杏梨さんまで……ありがとうございます。でもまだ、本当に大丈夫ですから」

「ん。ならよし」


この店は地元発の小規模のローカルチェーンだが、それゆえに店員さんと常連客の距離感近く和気あいあいとしている雰囲気が心地よい。

先程から気さくに話しかけてくれる杏里さんは、正にそんな空気の中心に居る名物店員だ。


「あらあら〜そんな熱っぽく見つめられたらお姉さん困っちゃうかもっ!そんな悠斗くんにはご褒美にお土産あげちゃう♪」

「なっ……!悠斗……あんたまさか!」

「ちーげーえーって!杏梨さんもあんまりふざけないでください」


このからかい癖だけはなんとかして欲しいのだが。我が幼なじみ様の目がみるみるつり上がっていくではないか。

ちぇー、と言いながら杏梨さんが差し出してくれたのは……お皿に盛られた、剥き身の貝が入った焼きせんべい。


「マスターですかね、いつだったか『伊良湖いらごに日帰りで行ってくる』って言ってましたし」

「大正解〜♪後でお礼言っておくといいかもねっ」


それじゃっ、と言って身を翻すと、杏梨さんはウインクを寄越して厨房の方へ戻っていった。美人な割に相変わらず忙しない人だ――殺気っ!?


「へー……、やっぱり悠斗は歳上系お姉さんに鼻の下伸ばしちゃう変態なんだ……」

「え、えっと、千里さん。弁解の余地を」

「は?」


め、目のハイライトが死んでる……っ!

いつから幼なじみはヤンデレを拗らせるようになったのだろうか……というか、


「やっぱりってなんだ、やっぱりって。人がいつ歳上系お姉さんに鼻の下伸ばしたって?」

「…………昨日」

「昨日?昨日がなんだって――」

「駅前の喫茶店」

「ああ、昨日なら――……待て」

「ま!た!な!い!先輩さんと!イチャイチャしてた!ちゃんと見てたんだから!」



※※※



美人系ヒロインに他の女性関係を尋問される、というイベントは創作ではありがちなもので男の夢でもある――もっとも、今目の前で起きているのはそんなフィクションめいた、ピンク色の修羅場イベントでは無い。

千里と俺の間柄はあくまでも「幼なじみ」であり、お互いそこに男女の恋愛感情を持ってはいない。のだから。


例えるなら……そうだ、仲の良い姉妹にベッドの下に隠しておいた秘蔵コレクションのエロ本が見つかるような――


「で?」


拗ねたように不機嫌な千里の声によって現実に引き戻される。今目の前に居るのは姉でも妹でもない、俺と佐伯先輩の仲を尋問する幼なじみ様なのだ。


「だーかーらー、佐伯先輩はただのタバコ仲間だって。電子タバコを見に行くのに誘われて、流れで喫茶店でだべってたんだよ」

「……デートじゃん」

「ピュアガールかよ」

「は?」


一緒に買い物をしただけでデート扱いなぞしようものなら、世の中に一体何組のカップルが成立しているのだろうか。

というか相手は「姫」の佐伯先輩だ。俺のようなゴロツキもどきとデートなど、とてもじゃないが申し訳ない気持ちになる。


「『ランプリール』のフレンチトーストが食べたい」

「……また太るぞ」

「死にたいの?」


滅相もない。

『ランプリール』といえば街中でも有名なお洒落な喫茶店で、人気が故にいつ行っても満席なのだが……ご機嫌ななめな幼なじみの為だ。付き合ってやるのも悪くはないだろう。


「分かったよ、日付決まったら教えてくれ」

「ん…………ありがと」


話の区切りもついたところで、トイレに行こうと席を立った。

少し照れたような千里の顔を見るのも久しぶりで、随分女っぽくなったもんだ……と、心情はまるで妹の成長を喜ぶ兄のよう――


「キャッ!?」

「――っ!す、すいません。前をよく見ていなかったもので」


邪な考えに気を取られていたせいか、角を曲がる時に女性とぶつかってしまったようだ。

この「顔」のこともある。相手に恐れられないよう、努めて低姿勢に低姿勢にと様子を伺う。


「い、いえ……私も前をよく見ていなかったので……って、悠先輩……?」


悠先輩……? はて、俺の周りにそんな呼び方をする人が居ただろうか…………

……否。居た。


「北原……どうしてここに」

「悠先輩こそ……」


波乱の夜は、まだまだ続きそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る