第7話 “あの頃”の俺たち

 程なくして運ばれてきたミックスサンドも白鳥さんの言う通り絶品で、この店のレベルの高さを感じることができた。

 目立たないところにあるからか客入りはまばらではあるものの、隠れ家的な魅力がある店だ。覚えておこう。


 ――と、店内を見渡していると、壁に掛けられたサインに目が行った。

 飲食店に訪れた著名人がサインを残す、というのはよくあることだが、あのサインは――


「『歌い手』SMEEのサインじゃないか……」


 『歌い手』とはその名の通り、動画投稿サイトへ歌唱動画を投稿するアマチュア歌手のことである。

 SMEEと言えば俺が高校生の頃に活動していた女性の歌い手で、同い年くらいでありながら歌はもちろん、ダンスや生放送でのトークなど多才で高い人気を誇っていた。

 既に引退していたはずだが、こんなところで再び名前を見るとは思わなかった。


「お、大瀬崎さんは彼女のこと……ご存知でした?」


 そう尋ねてきた顔は少し引き攣っているようで……はて、変なことは言っていないと思うのだが。


「『歌ってみた』は好きなジャンルでしたからね。彼女の歌もよく聴いていましたよ」

「そうなんですかっ!」


 食い気味に返答をしつつも、まるで自分のことのように喜ぶ。


「しかしなんでまたこんなこじんまりとした店に歌い手のサインが……?」

「それはわた……彼女が有名になったと聞いたマスターが是非サインを、と言ってくれまして」

「……彼女もここの常連なんですか?」

「ええと……どうなんでしょう。あはは……」


 ……というかこの感じ、どう考えても――


「SMEEって、白鳥さんだったんですか?」

「ど、どうして分かったんですか!」

「……いや、だって明らかに動揺してますし。サインの経緯もやけに詳しいですし」


 そんなに分かりやすかったですか――としょんぼりする白鳥さん。

 嘘……つけない人なんだろうなあ。



※※※



「私がSMEEとして活動し始めたのが高校に入学してすぐだったので……かれこれもう5年近くも前になるんですよね」

「そうですよね、自分も高校生だったので」


 そう言うと目の前で白鳥さんがフリーズした。

 ……しばらく間を置いて、気まずそうに口を開く。


「大瀬崎さん、失礼ですけど年齢をお聞きしても……?」

「白鳥さんと同じ二十歳ですよ」

「そうだったんですか!?私、勝手に年上だと思っていました」

「そんなに老けて見えます?」


 ちょっと意地悪く尋ねると、白鳥さんは必死に頭を振って否定する。


「いえ!決して得そういう訳では!背が高いのとか……雰囲気も落ち着いてますし」

「ちょっとした冗談ですよ。気にしてませんので大丈夫です」

「むぅ……大瀬崎さんは意地悪です」


 笑いながら冗談であることを告げると、白鳥さんはリスのように頬を膨らまして不服そうな表情に。

 そんな顔すらも可愛いと思ってしまったのはここだけの話に留めておこう。



※※※



 その後、白鳥さんと当時流行った曲や、「SMEE」が投稿した動画についてつい話し込んでしまい、気づいたら周囲が暗くなり始めようとする頃になっていた。


「――っと、もうこんな時間ですか」

「あ、本当ですね!すいません、長々と話してしまいまして……」

「いえ、こちらこそ。では曲についてはまた後程メールしますので」


 はい!と返事をしながら会計に向かった彼女を背に、荷物をまとめた俺は一足先に外で待つことにした。


「お待たせしました!」

「早っ」


 白鳥さんはほぼ俺に続く形で外に出てきた。

 驚いてつい素が出てしまった。それに全然待ってない。


「マスターが今日は奢りだ、と言ってくれたんです」

「そうなんですか。ありがとうございます」


 いいマスターだ。お礼もしたいし絶対また来よう。


「それでは――」

「ま、待ってください」


 会話も途切れたことで今度こそ帰ろうと踵を返したが、白鳥さんの呼ぶ声に引き留められた。


「どうしました?」

「それです……敬語。私たちは同級生ですし、ましてや私から見た大瀬崎さんは依頼先です。もっと砕けた言葉遣いをしてもらえると助かるのですが……」


 白鳥さんからの予想外の提案に、つい答えに詰まってしまう。

 尤も、それが彼女の希望なら可能な限り沿いたいと思う。が。


「白鳥さんがそうしろ、と言うのであれば努力はします……が。こちらにも条件があります」

「条件……ですか。可能なことでしたら」

「でしたら僕に対しても敬語はいらないです。「同級生」というのはこちらも同じですから」


 白鳥さんの顔には若干の戸惑い。

 同い年相手に一方的にタメ口というのも気が引けたのだが、大物アイドル相手に少々軽率だったか……と反省。しかし、彼女の戸惑いの原因は別のところにあったようだ。


「大瀬崎さんは依頼先です……無下に扱うなど」

「アマチュアの……です。それに僕からしたら白鳥さんの方がよっぽど恐れ多い有名人ですよ」


 依頼先との関係に特に拘りを見せる彼女は、やはりプロなのだと痛感させられる。

 しかし、茶化したように言ったもが功を成したのか、白鳥さんは微笑を浮かべた。


「分かりました……じゃなくて。分かった」

「ああ……じゃあ、改めてよろしく。白鳥さん」

「あ、呼び方……だけど。ため口ついでに名前で良いよ。白鳥はくちょうって、ちょっと目立つから……」


 そう軽々しく言ってはくれるが、こちとら名前呼び出来る女性など親族以外はいないのだが。とはいえこちらもあまり我儘は言っていられない。


「じゃあ……か、香澄……そうだよな、白鳥って目立つもんな!」


 こんな美人相手を呼び捨てにするという人生の初イベントのためか、少しばかし緊張して噛みそうになってしまった。

 言い訳がましく余計なことまで口走ってしまったが、対する香澄は満足そうである。


「その調子だよ、大瀬崎さん」

「待った……俺が名前呼びしてるのにアンバランスだ。か、香澄も「さん」は要らないし……下の名前でいい」

「……じゃあ、悠斗くん、で!」


 俺の名を呼ぶ香澄は、俺の時のような情けない声など見当たらない、屈託のない笑顔だった。


「じゃあ改めて今日はありがとうね、悠斗くん」

「こちらこそ。帰ったら改めてSMEEの動画探してみるよ」

「もう!そんな動画探さなくていいから!またね」


 そう言って手を振る彼女の笑顔は――今の自分が如何に非日常にあるかを強く感じさるもので。


 俺の胸の鼓動がやけに高まっているのは……きっとそんな高揚感からなのだろう。



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