第6話 プロトタイプ
かつて時の人として一世を風靡したアイドル、白鳥香澄の第一印象は、正直に言ってかなり「変な人」だった。
想像していた斜め上を突き抜けていったキャラではあったが、それが逆にいい意味で彼女のイメージを悪化――もとい絆させてくれたように感じる。
いくらアイドルともてはやされたといえ、その中身は同い年の女の子なのだ。
「す、ストーカーって人聞きが悪いじゃないですか!私はあくまで依頼先と円滑な関係を築こうと……!」
「や、それはありがたいんですけど、その手段はアレじゃないですか……不審者……的な」
「大瀬崎さんからの評価が不審者までランクダウンしてしまいました……」
話を進める中でそのことを実感した俺たちの雰囲気は、会った直後のビジネスライクなものから徐々に軟化していった。
※※※
「で、肝心の依頼内容についてなのですが」
白鳥さんが真面目な顔になって改めて仕切り直す。
そうだ、この打ち合わせのために今日はここで大物アイドルと対峙しているのだった。いつまでも雑談をしているわけにもいけない。
「昨日大瀬崎さんがアップされたオリジナル曲は……正直、私にとって理想的でした。本音としては、是非あの曲をカバーしたいと思っていたんです」
その言葉で俺は、元大物アイドルに「夢」を詰め込んだ曲をベタ褒めされたという事実に若干の照れくささを感じつつ、改めて最初に受けったメールの文面を思い出す。
確かにメールには「作曲依頼」ではなく「楽曲提供依頼」と書かれていた。そんな意図が隠されていたとは思わなかった。
が――しかし。
「あの曲はあくまでも「オリジナルソング」として世に出してしまいました。仮に白鳥さんが歌ったところで、それはあくまでも「カバー曲」としか評価されないのでは?」
「そうなんですよね……なので、あの曲と似たコンセプトで新たな楽曲を作っていただけないかと……難しいお願いだとは思うのですが、いかがでしょうか」
白鳥さんの難しそうな表情を見ていると、なんとなく彼女が言いたいことが理解できた。
確かに、昨日俺がアップロードした曲は王道的なさわやかなポップスを意識したもので、白鳥さんによく似合う、まさにうってつけの曲だろう。
だが、爆発的に話題になったとはいえ、俺はぽっと出のビギナーに過ぎない。
既存曲に似せようと曲のイメージを引っ張りすぎてしまえば、せいぜい「劣化コピー」のような評価が関の山ではないのか――
――というのが「難しいお願い」と言った真意だろう。
「その返事の前に……この曲を聞いてみてください」
白鳥さんに差し出したのは自分のMP3プレイヤー。表示されたジャケットは無地。タイトルは『無題』
訝しげにイヤホンを耳に当てた白鳥さんだったが、曲を再生してしばらくするころには、その顔は驚きを含んだ笑顔に変わっていた。
「素敵な……曲ですね。まるで丁度私が探していたような……理想的な曲です」
「それはよかったです。実はこの曲、例の曲のプロトタイプバージョンなんですよ」
「プロトタイプ…………?」
「実は、制作中に一度曲の雰囲気を路線変更させてみたんです。個人的には変更後の方を気に入ったので、それをブラシュアップしたのがあの曲で……つまり兄弟曲ってやつですね」
もちろんプロトタイプだからと言って手を抜いたということはない。
路線変更まではこの曲一本に全力を尽くしたし、本来であれば次回以降の「ネタ」として温存しておこうと思っていた曲だからだ。
荒削りな部分はあれど、しっかり整えれば以前の曲と遜色ないものに仕上がるはずだ。
あとは肝心の白鳥さん次第ではあるのだが――
――彼女の表情を見れば、あえて答えを聞くまでもないだろう。
※※※
白鳥さんからの依頼についての話はとんとん拍子で進んでいき、内心安堵したのか話の途切れたタイミングと俺の腹の虫がが盛大に暴れたタイミングはほぼ同時だった。
「…………恥ずかしい限りで」
「い、いえ……別に気にしませんので。折角ですから何か食べていきませんか?ここの料理は何を食べても絶品ですので!」
それに経費で落とせますから――とドヤ顔の白鳥さんだが、そういうことを堂々と言うのはいいのだろうか……。
疑問はさておき、折角なのでコーヒーのおかわりとオーソドックスなミックスサンドを注文。
振り返って白鳥さんに問いかける。
「白鳥さんはよくこのお店に来るんですか?」
「はい。実は実家がこの辺りでして。このお店も昔からの付き合いなんです」
……なるほど。「市内の喫茶店」と言われた割に中心地からは外れた――正直辺鄙な場所だとは思っていたのだ。
確かに変に人気のある喫茶店で打ち合わせをしようものなら、どこに聞き耳が立っているか分かったものではない。昔から信用のあるオーナーの――そしてお世辞にも客入りがいいとは言えないこの店なら納得である。
「そういうのはやっぱり……マネージャーさん達が気を遣って手配してくれるんですか?」
これはあくまでも個人的な疑問だった。
……しかし、その言葉を聞いた瞬間、白鳥さんの笑顔に一瞬影が差し、ぎこちないものに変わった……ような気がした。
「ええと……マネージャーは今回の件には関わっていないんです。全て私がしたいようにさせてもらっているんです」
…………?
彼女の話しぶりからして、YouTubeに活動拠点を移してもなお「マネージャー」という存在が居るのだろう。
しかし、「したいようにさせてもらっている」という言葉と彼女の表情から察するに――
「お待たせいたしました。ホットコーヒーのおかわりです」
白鳥さんに再度問いかけようとした俺の声を遮って、初老のマスターがコーヒーを届けてくれた。
「ここのコーヒー、美味しいんですよ。さあ、大瀬崎さんも冷めないうちに」
その話はもう終わり――と言わんばかりに話を切り替え、コーヒーを勧めてくる白鳥さん。
彼女の言葉に疑問が残るとはいえ、無理に追及するほどのことでもないだろう、と促されるままに一口。
「……美味いですね」
「でしょう?」
カップを片手にほほ笑む白鳥さんの顔には先ほどの曇りは一切残っていなかった。
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