第5話 打ち合わせ

 一晩悩みに悩んだ末、翌日昼一の講義に間に合うギリギリの時間に起床した俺は、例のメールに対して作曲の依頼を引き受ける旨の返信をした。

 それを後押しした要因として、やはり昨日の北原とのやり取りが大きかった。


 俺は別にプロを目指そうと思っている訳では無い。だが、北原の言う通り自分の才能を見出してくれた人が居るというのもまた事実。

 せっかくの機会だ。またとない誘いを無下にすることはないだろう。


 こちらへのメールの返事はすぐに返ってきた。

 学校に向かう道すがら確認。

 返信までの時間から想像出来る通り、その内容は最初のメールと比べると随分簡潔だった――が。


 そこに記された『打ち合わせ』についての一文に、またしても俺は頭を悩まされることになるのだった。



※※※



「本日はありがとうございます。急にお呼び出しする形になってしまい申し訳ございません」


 同日夕方。地下鉄を途中下車して徒歩10分ほどのところにある閑静な住宅街、そこにぽつんと建つ「指定された」喫茶店に俺は居た。

 そして対面に座るのは――


「……えっと、ご本人…………?」

「ああっ、ご挨拶遅れまして申し訳ございません。メールを送らせていただきました、白鳥と申します。今後ともよろしくお願い致します」


 本人だった。

 テレビの向こうでしか見たことのない、白鳥香澄本人が、目の前に居る。


 顔バレ対策なのだろう。マスクと眼鏡、ニット帽という地味な出で立ちではあるものの、素が美人だからだろうか、そこから溢れるオーラは一般人のものではない……ような気がする。


「ええと……依頼を受けました、大瀬崎悠斗です」

「大瀬崎さん……ペンネーム『イブキ』さん、で、間違いないですよね?」


 …………やらかした。

 あまりにも事務的なやり取りに流されて、つい本名を名乗ってしまった。


「あはは……なんかすいません。どちらの名前でお呼びすればいいですか?」

「あー、いえ。特にこだわりがある訳でもないので、どちらでも」

「分かりました。では『大瀬崎さん』と。あっちこっちでペンネームを呼ばれるのは危ないですからね」


 ストーキングとか特定とか――そう呟く彼女の表情は愁いを帯びており、有名人特有の苦労が見て取れた。


 ――と、それよりも今の言葉でどうしても気になっていた事を思い出した。


「それよりも、白鳥さん……どうして俺がこの辺りに住んでるとご存じで?」


 返信されたメールに書かれた、『可能であれば市内の喫茶店で直接落ち合いたい』との一文。まるで俺の生活圏が分かっている、と言わんばかりの書き方だ。

 俺の通う大学があるこの街は確かにそこそこの都会ではある。とはいえ、初対面で住所も分からない相手にそんな提案をする人はいないだろう。


「ああ、不快な気分にさせてしまったのでしたら申し訳ありません……すいません、睨まないで……」

「…………いえ、元からこういう目つきなので」


 睨んだつもりはなかったが怯えさせてしまったようだ。これが素なので許してほしい。


 申し訳なさそうにこちらを伺う白鳥さんに無言で頷き、続きを促す。


「大瀬崎さん、あれからTwitterは更新してないんですよね?」


 あっ…………通知を切っていたから完全に忘れていたのだが、曲を投稿したあとの俺のアカウントは「祭り」の状態が続いていたのだ。

そんな状態だから過去のツイートを漁るなり、位置情報を見るなりすれば――


「いや、待て。あのアカウントは創作用です。位置を特定するできるようなツイートは載せていないはずですし……位置情報も普段は切ってるのですが」


 ずいぶん前に「~なう」などと大ブレイクしたTwitterだが、現代人の例に漏れず俺もアカウントを所持している。確かに大学近くの定食屋なんかの写真をよく載せているから、投稿を見ればある程度生活範囲を絞ることは容易だろう。


 しかし、それはあくまでも友人たちとつながる「プライベートアカウント」の話である。

 創作活動を行う人が持つ、俗に言う「創作用アカウント」――作る理由は人それぞれだろうが、俺は私生活とは完全に切り離し、曲作りとは無関係な話題には一切触れないようにしている――はずなのだが。


 一方の白鳥さんはまるでしてやったりと言わんばかりの笑顔。


「大瀬崎さん。この写真に見覚えはありませんか?」


 そう言いながら白鳥さんが自身のスマホに映したのは、

 ――あっ…………作曲中と思われるPCの作業画面。

 それも、俺が気まぐれでプライベートアカウントにも投稿した、唯一の作曲に関する作業写真。


「複数のアカウントに同じ写真を載せるのは感心できませんよ。簡単に特定できてしまいますからね……こういう風に」


 白鳥さんの持つスマホの画面が、俺のプライベートアカウント――昨日の昼に行った近所のラーメン屋がばっちり写っている――を映し出す。


「……ちなみに、その写真からどのようにアカウントの特定を?」

「今は画像そのものを検索にかける機能があるんですよ。便利な世の中になりましたよねえ……大瀬崎さんのアカウントも一瞬でしたっ!」


 まさに元アイドルとしてお手本のような100点満点の笑顔の白鳥さん。


 ストーカーじゃねえかっっ!!――という突っ込みが数秒の間をおいて飛び出したのは致し方ないだろう。不可抗力だ。むしろ誰かそう言ってくれ。


 俺の人生初の依頼主にして、元・国民的アイドルの少女の第一印象は少し……いや、かなり……とても……


 変わった人。だった。



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