第4話 バイト先の後輩

 いくら気が滅入っていようと時間は流れるもので、気付けば講義も終わり、バイトの時間が迫っていた。

 いつもに増して気を遣ってくれる友人二人に内心感謝しつつも帰路に就き、バイト先の工場に出向く。


 通学で使っている地下鉄を途中下車して徒歩10分。某大手企業の菓子の製造工場が俺のバイト先である。


 学生バイトといえばありがちなのは接客業だが、俺は工場のバイトが嫌いではない。

 なんたって衛生白衣を着るから相手の顔がほとんど分からないのだ。そしてお客さんを相手取ることもない個人作業だからこそ、むやみやたらに他人に恐がられることも無い。

 むしろしっかり仕事をこなしていれば、職人さんやパートさんに気に入られて優しくしてもらえる。

 目つきの悪い俺にとってはまさに天職なのだ。


「はよーございまーす」

「ああ大瀬崎くん、ちょうど良かった。こっちのレーン入ってくれる?」


 殺菌室から出るや否やラインに誘導される。

 新年度は入社入学という祝い事に始まり、花見があり、端午の節句と続く。菓子業界は書き入れ時なのだ。とにかく忙しい。


 ラインに入って出てくる菓子をパックに詰めていく作業を始める。

 止まらないラインを前にすると余計なことなど考えている暇などなく、ひたすら目の前の作業に没頭していった。



※※※



「大瀬崎くん、これ一段落したら休憩入ってねー。お弁当はいつもの場所だから」


 気づいたら辺りの日は落ち、腹の虫が暴れ狂う時間だった。

 明日は講義が昼からだから終業いっぱいにまでシフトが延長され、休憩も付く。繁盛期ならではだ。


 弁当の前にとりあえず一服――ということで工場のベランダに設けられた喫煙所の扉を開く。

 日中だと日勤の職人さんがたむろしているのだが、時間が時間だからか人の気配はない。


 火をつけて煙を吸い込み……ふう。やはり最初の一口はたまらなく美味い。


 キイと扉が開いて人の気配。はて、この時間にタバコを吸うような人が居ただろうか。

 扉の方に目をやると、そこに居たのは黒髪を短く切りそろえた背の低い美少女。


「悠先輩…………ここでしたか」

「北原か。わざわざこんな所までどうした?」


 現れたのはバイト先の後輩、北原沙耶きたはらさや

 彼女がまだ見習い時代に俺が教育を担当していた後輩で、本人が言うには「ダブった」との事で同い歳でありながら学年は一つ下となり、俺相手には敬語で話しかけてくる。

 シフトの時間も被ることが多いため、バイト同士割と気心の知れた仲である。


「弁当の残り、唐揚げ弁当と魚フライ弁当が1つずつしか無かったので……」

「ああ、わざわざ聞きに来てくれたのか、悪かったな」

「唐揚げ弁当は食べておきました」

「…………おい」

「……昨日まで散々「唐揚げ食べ飽きた」とか言ってましたよね?むしろ先輩を思いやっての忖度と言うやつです」

「返す言葉もございません……」


 絶対零度の視線に気圧されながらもなんとか答える。

 気心の知れた仲……だよな?


 北原沙耶は基本的に無口で、自分から他人にコミュニケーションを取っている所は滅多に見ない。教育係として接点があった俺ですら、北原のバイト以外の私生活は、出身地や通っている学校といったことさえ知らないくらいなのだ。

 かと言って全くの無言という訳ではなく、用事がある時や話を振った時は普通に会話できる……節々にトゲがある気はするが。


 まさに「クールビューティー」そのものであり、同年代のバイトの中でも積極的に彼女に話しかけようという人はそう居ない。


 そんな北原への教育期間中、このバイトを選んだ理由を尋ねたら「他人との関わりが要りませんから」との彼女らしい答えが返ってきた。

 ――ある意味では俺と似たもの同士なのかもしれない。北原と俺が妙に波長が合うのが、少し納得できた気がした瞬間だった。



※※※



「「お疲れ様でしたーー」」


 午後11時、工場の終業と共に残っていた従業員が一斉に退社する。地下鉄を使う俺達バイト組も同様だ。


 駅に入りホームに向けて歩く隣には、同じタイミングで工場を出た北原の姿。特に話すことも無いが、あえて歩くスピードを変えてまで離れるのも失礼だろう。

 柱に埋め込まれたデジタルサイネージからは、最近よく聞くJ-POPのサビがリピートされている。


「なんだったっけな、この曲……」

「火曜ドラマの主題歌ですよ。ほら、ちょっと前に月九で大ヒットしたアーティストの」

「…………声、出てた?」

「まあ、隣に聞こえるくらいには」


 完全に想定外だった北原から返事によって、どうやら思考がダダ漏れなようだ。

 疲れているんだなあ……と、それよりも。


「……北原ってもしかして、音楽とかよく聞く方?」

「……世間一般からしたら、よく聞く方、と分類されるかも、くらいには」

「そうだったのか。知らなかった」

「まあ……趣味、みたいなものですから」


 ……妙に歯切れが悪いように感じるのは気のせいだろうか。


「もし……仮定の話だけど、自分に音楽の才能があってプロに見初められる、なんてことがあったら、北原はどうする?」


 ――気づいたらそんな事を口走っていた。

 白鳥香澄を名乗る人物から届いた作曲の依頼メール。昼間からずっと俺の頭の中を支配してた悩みの種だ。


「なにをまた唐突に……」


 怪訝な顔をしながらも、北原は言葉を続ける。


「私なら……受けますね。仮定の話ですけど」

「……意外だな、お前なら「馬鹿な話」って一蹴するもんだと思ってた。イタズラだとかは……思わないのか?」

「仮にイタズラだとしたら自分の見た目が無かった、と。それだけですね。」


 それに……視線を逸らし、紡ぐような声で、


「自分の才能を認めてくれる人が居るなんて……嬉しいじゃないですか」


 そう答える北原の顔は、僅かに照れたようでありながら何かを決意するかのような、いつになく真面目な表情で――

 ――とてもよく印象に残った。



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