第1話 非日常の始まり

 翌朝。

 大学に向かう地下鉄のホームで見知った後ろ姿を見つけ、横に並ぶ。


「あっ、おはよう、悠斗くん」

「おはー、あれ、健二は?」

「健二くんは昨日バイトって言ってたから……多分一限は来ないんじゃないかな」


 あはは……と呆れの交じった笑いを浮かべるのは数少ない友人の一人、篠崎総一郎しのざきそういちろう


「健二の奴……去年も出席日数ギリギリだったとか言ってた気がするんだが…………ふぁぁあ」


いけない。昨晩日付が変わる頃になってようやく完成した動画を、更にチェックだのエンコードだのしてアップまでしていのだ。

 明けが一限登校というのは、20歳という若さをもってしてもどうやら厳しかったようだ。


「ああ、悠斗くんは昨日初動画上げたんだってね。おめでとう。でも明らかに眠そうというか、いつもに増して、目元が……ねえ……」


 言い淀んだ総一郎の言葉にふと周りを見渡すと……感じる複数の視線。まあ今に始まったことではないから無視だ。


 ひょろっとした身長、ヨレヨレのチェックシャツ、黒縁メガネ。

 オタクのお手本を役満で揃えたような総一郎や、無口でどっかりとした体格――悪く言えば肥満体とも言うが――なもう一人の友人、横山健二よこやまけんじと比較して、180超えの身長に目付きの悪さのせいでそこらのチンピラが無言で道を譲ってくれような見た目をしている俺は、客観的に見るとかなりアンバランスなのであろう。

 もしかしたら2人を恐喝したりパシリにでもしてるように見られるかもしれない。


 しかし、いくら見た目がヤンキーだろうが、俺は二次元の美少女キャラを愛し、挙句の果てに生まれてこの方恋愛経験0の生粋のオタクなのである。

 学生とは名ばかりに、飲み会と女遊びに明け暮れる陽キャの面々とはどうにも趣味が合わないのだ。


 陽キャにはなれず、かといって同業者であるオタクからは怖がられ、天涯孤独の道を歩もうとしていた俺を受け入れてくれたこの2人は――言葉では表せない、かけがえのない友人なのである。



※※※



 大学に着き、さて一限が始まろうという時にサボりを決め込んだのであろう健二からメッセージが届く。

 さては代返の依頼だなと携帯のロックを外すと、そこには簡潔な三行の文字列。


「自分の動画 見ろ

 エゴサ しろ

 有名人じゃんwww」


 要領を得ない文字列に顔を顰めると、隣に座った総一郎が「気になる」と言わんばかりの顔をしていたからトーク画面を見せてやる。


「もしかしなくても昨日悠斗くんが上げた曲の話……だよね。悠斗くんは自分の動画開いてみてよ」


 と言うが否や、即座にスマホを立ちあげる総一郎。恐らくエゴサーチでも始めたのだろう。この行動力の速さは見習いたいものであるが。

 ……などと思いながら昨晩アップしたばかりの動画を開いた俺の目に飛び込んできたのは、なんとも信じ難いものだった。


「……再生数……マジか…………」


 補足的な説明にはなるが、「VOCALOID」というジャンルは下火傾向にあるのだ。


 件のCMが放映された頃は正に絶頂期と呼んで良かったのかもしれないが、残念ながらその勢いは令和の時代に到達するまでに随分失速してしまった。

 残ったクリエイター達は創作活動を続けてはいるものの当時の勢いは過去のものであり、素人同然の自分がいきなりオリジナル曲を投稿をしたところで大した注目は浴びられないだろう……とつい先程まで思っていたのだ。


 しかし、目の前の数字はそんな期待を良い意味で覆す存在感を示していた。


「再生数……なんだよこれ。桁が1,2,3,4,5…………」


 現実がいまいち掴めず、自分の投稿した動画を眺める俺の意識を引き戻したのは、興奮した口調で携帯の画面を見せる総一郎の姿だった。


 「悠斗くんこれ見てよ!全部君の曲へのレスポンスだよ!期待の新人、令和ボカロ界の新星……なんてコメントまである!」


 いそいそと指を動かし情報収集を進める総一郎をよそに、教卓に立った教授は淡々と点呼をとっていく。


当然その日の講義は1ミリたりとも身に入りはしなかった。



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