第19話 解けた魔法
ナナと深い関係になるまでに時間はかからなかった。お互いに心に空いた穴を埋めるにはちょうどいい関係を、凪子はナナと築き始めていた。
美月とは違う、依存することのない関係は居心地がよかった。不安になることも、焦ることももうなかった。それはナナのことを美月よりも愛していないことともイコールだったのだが、愛している相手に裏切られる心の傷の深さを考えれば、どちらが凪子にとって楽なのかは明確だった。
その日は雨が降っていて、凪子は自分のアパートでナナと映画を観ていた。
タイトルは覚えていないけれど、凪子は洋画邦画問わず幸せなラブストーリーを観るのが好きで、おそらくその日もその手の映画を観ていたはずだった。
ローテーブルの上に置かれた携帯が何らかのメッセージを受け取ったのはエンディングロールが流れている最中だった。ナナの細い腕が凪子の腕に絡まっていた。
「凪子さん、なんか来てるよ。見なくていいの?」
試すようにナナは言った。
彼女は前の恋人に裏切られた経験があるからか、凪子に対して試すような言動をすることがよくあった。それは凪子が美月に問いかけたかったけれども口に出せなかったような、そんな問いかけだった。だから、凪子はそれに対する正解がよく分かった。
「いいのよ。今はあなたと映画を観ているんだから。」
凪子は微笑んでそう言った。あなたのことを何よりも優先してあげる、という姿勢が彼女を安心させるということを凪子は知っていた。
「じゃあ私が見ちゃう。」
そう言ってナナはローテーブルの上に置かれた携帯をひょいと持ち上げた。
映画を観るのに雰囲気を出そうと暗くした部屋の中で、ナナの白い顔がぼんやりと照らされて浮かんだ。
こういったときに慌てて携帯を取り上げてはいけないということも凪子は心得ていた。
何より、何か見られて困るような着信があるはずがない、と凪子は考えていたのだった。
「ねえ。」
怒ったように声を上げたナナは画面を凪子眼前に差し出して、「これ、ちゃんと自分で片付けてよね。」と声を荒げて言い放った。
画面を見て一番驚いたのは凪子に違いなかった。
美月からの、「少し相談があるの。会えない?」というメッセージを目の前にした凪子は、自分の鼓動がどんどん早まっていくことを感じることしかできなかった。
そのメッセージを見てから、凪子はしばらく考えていた。
ナナが怒って帰宅をしてしまってからも、凪子は昔のことを思い返しながらぼんやりと暗い部屋の中で座り込んでいたのだった。
私が大好きだった美月、彼女はとても美しくて、そして他人を支配するのがとても上手だった…。
今考えてみれば、美月は凪子のことを本当に愛していたのかどうか、凪子には自信がなかった。幼少期からずっと女子の中で不思議と慕われるポジションだった凪子を支配してみたかったのではないか。今やそんな疑心暗鬼にも駆られていた。
凪子は、小学生のころからたまに現れる、美月のこと好きだと言っているらしい男子生徒のことを思い浮かべていた。
美月は美しかったが、普段は分厚い眼鏡をかけてひっつめ髪をしていたし、男子生徒に人気のあるタイプではなかった。しかし、たまに、二年に一度くらい美月のことが好きらしいという男子生徒が現れていたのを凪子は知っていた。それは揃ってクラスでも人気の男子で、クラスの女子は「どうしてあの地味子が」と陰口をたたいていた。
そのたびに凪子は火消しに躍起になって、なんとか美月がいじめられるのを阻止していたのだが、気が付けばそういう噂も消えていたのだった。
おそらく、あれも美月は楽しんでやっていたんだろうな、と凪子は魔法が解けたようにそう考えていた。
地味だと思っていた女子と少し仲良くなったら本当は美人で、なんて中学生や高校生の男子なんてあっという間にとりこになってしまうだろう。例えばそれが周囲にばれてしまっても誤解だと凪子に伝えておけば、他の女子にいじめられないよう凪子が勝手に動いてくれるので美月には何の不都合も生じないというわけだ。
そんな狡猾な面が彼女には昔からあったのに、凪子は恋愛感情で彼女に支配されているせいで全くそれに気が付けなかった。十年以上もそんな関係を続けていた、だなんて自分でも自分が嫌になるわ、と凪子は深くため息をついた。
なにより、きっと美月にそう言った意図があったのだと感じられる今でも彼女を完全に恨むことができず、それどころか会えるのを少しでも楽しみにしてしまう自分に、凪子は一番腹が立っていた。
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