第18話 すれ違い
「カモフラージュの結婚なんて、する必要ないじゃない。」
人生で初めて、美月に対して凪子は反発した。
美月は悲しそうに首を左右に振った。
「私の両親を知っているでしょう。納得してくれるような人たちじゃないのよ。あなたとの関係をこれからも疑われずに続けていくなら、仕方がないの。」
凪子はそう言われてなお納得することができなかった。
「でも、私、嫌よ。」
大学に入って、美月はカモフラージュにと彼氏を作った。原田臣吾は、到底美月には不似合いな、低俗でちゃらちゃらとした男だった。
まさかその男と結婚するとまで言うなんて。
「美月、私よりあの男が大事なんでしょう。」
凪子は美月をそう言って責めた。美月は凪子の髪の毛を撫でながら、ふふ、と笑った。
「子供が欲しいの。あなたと、私の。でも、できないでしょう。だから、あの男を利用するのよ。」
「でもそんなの、私の子供じゃないわ。」
凪子はいらだっていた。自分だけだと言っていた美月が、他の男と子供を作るなど許すことはできなかったのだった。
「あら、私の血を継いだ子供ならあなたはかわいがってくれると思ったのだけれど…期待違いだったみたいね。」
恐ろしいほど冷たい声で美月はそう言い放った。
突き放されることに凪子は弱かった。長い年月をかけて、美月しかいない、といった洗脳をされていたのだ。しかし、洗脳だとわかっていながらも凪子はそれで構わなかった。
「分かったわよ。でも子供が生まれたらちゃんと離婚してよね。それで前から言っているように海外に移住するの。海外でも仕事ができるように、ネイルサロンで人脈を広げてきたのよ。」
夢物語だと他人に言われても美月との夢を見ることを凪子はやめることができなかった。
「わかってるわ。」
美月はそう言って凪子の首筋にキスをおとした。
「もう、くすぐったいってば。」
凪子は笑いながらそう言う。
外からの光がシーツに、美月の白い肌に反射して世界を白くしていた。子供なんていらない、はやく私の元に戻ってきて、と強く言えないのが凪子は悔しくて仕方がなかった。
計画通りひなが生まれてからしばらくの間、「バタバタしているから」という理由で美月は離婚をしてくれなかった。
おそらく、これから先離婚をする気もないのだろうということくらい凪子にもわかっていた。きっと振り切るまでには時間がかかるが、他にいい人を見つけようと考えていた矢先に凪子に声をかけてきたのがナナだった。
ナナは凪子のネイルサロンの客で、凪子より十も下の専門学生だった。
「凪子さん、今日飲みに行きましょうよお。」
毎回のようにそう言ってくるナナの誘いに乗ったのは、美月がメッセージの返事すらよこさなくなったからかもしれなかった。
二人で入った薄汚れた居酒屋で、凪子さんずっと一緒にご飯いってみたかったんす、めっちゃ嬉しいです、と繰り返すナナの言葉を凪子は上の空で聞いていた。
しばらく酒も進んだ頃に、
「うち、レズなんす。」
ナナは涙目でそう言った。
「ずっと好きだった女の子に、彼氏ができたからって振られちゃって。」
同じ境遇にあるらしいナナの言葉に凪子は驚きながら
「私もそう。」
と答えた。
「やっぱりい。凪子さんの彼女、色が白い細っこいきれいな人すよね。たまにサロンで見る人。凪子さんの眼が全然違うからわかりました。」
ナナの言葉に苦笑いをしながら凪子はハイボールを一口飲んだ。
「そう。でも、もう捨てられちゃうの。だから私、一人で生きていこうと思って。」
凪子は自分の口から出てきたその言葉に驚いていた。一人で生きていくつもりが自分にあるとは思えなかったのに、すらすらと出てきた言葉に、もしかすると一人で生きていけるのかもしれない、という希望さえ感じられたのだった。
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