第14話 後悔

 拘置所にいる臣吾に会いに行くことは、直樹にとって気が引けることだった。そこには、もう直樹の知らない臣吾がいるのではないかという恐ろしさがあったためだ。

 臣吾という男のことが、直樹にはよく分からなくなっていた。

 大学一年生の時にサークルで知り合った臣吾の第一印象は、どこにでもいそうな大学生、だった。良くも悪くも量産型だった。

 ちゃらついた茶髪、やけに細い脚にスキニージーンズ、少し大きめのTシャツ。大学構内で臣吾を探せ、と言われてもなかなか見つからないのではないかというくらい、どこにでもいそうな男だった。

 彼の恋愛遍歴や学校生活もまた、特筆すべきことはないような男だった。

 同じサークルの同級生に手を出し、なし崩し的に付き合って、別れて、まだ関係はあるもののよりも戻さず、他にいい女がいればふらふらと関係を持ってみたり、というようなややクズ寄りの人間ではあったが、そういう奴ははいて捨てるほどいた。

 顔はかっこいい方だった。ものすごくかっこいい、とまではいかなくても、後輩から少し人気があるらしいくらいにはかっこよかったし、軽妙なトークもまたうまかった。ただ、それが突出していたかと言われるとそういうわけではなく、人並みに人付き合いのうまい男、というくらいだった。

 ただ一つ、他と違うように感じていたのはそんなすさんだ生活をしているくせに妙に澄んだ目をしていたことだった。元々色素が薄い方なのか、グレーがかった瞳は綺麗だった。きっとこいつは、最終的にはまともな幸せをつかむんだろう、とその瞳を見るたびに直樹は感じていた。

 やはりその予想は当たっていた、と思ったのは美月を紹介された時だった。

 純朴そうで、控えめで、それでいてどこか芯のある美月は、結婚相手として理想的であるように思えた。

 どこにでもいそうな、でも、幸せをつかむ能力は人一倍高いような男だと、そう思っていた。それだけに、今回のことはかなり意外だったのだ。

 臣吾は多くを語っていないが、おそらく日本の警察も無能ではないだろうから、不倫をしていたことや娘が托卵であることくらいには気が付くだろう。そうすれば、臣吾の刑がぐっと軽くなるであろうことも予想ができる。しかし、それは、幸せということができるのだろうか。おそらくできないだろう。

 臣吾には一度会うべきだ、と直樹はずいぶん前から考えていた。

 臣吾の言葉で、一連の話を聞きたかった。最初に相談をされてから、こうなってしまうまでに、俺はなぜ止めることができなかったのか、と言う後悔の念が日に日に直樹を押しつぶそうと膨らんでいっていた。

 パズルのピースはきっと、臣吾に会うことですべてがそろうはずだった。

 そうして、直樹はいままさに、アクリル板をはさんで臣吾と対面しようとしているのだった。

 怖くない、と言うと嘘になる。

 震えて、冷たい汗で湿った掌を直樹はぎゅっと握った。

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