第19話 暁剣
4:59 空母 甲板上
空の半分は藍に染まり、朝の近づき示す。
斬り結ばれる二人の剣。
幾度と無くぶつかり、また即座に離れ今度は虚空を斬り裂く。
この数秒間、それを幾重と繰り返した。
されど一度となく互いの刃が肉を斬ることはなく。
完全なる均衡がそこに生まれていた。
「一之太刀————」
「速い……!!」
加速する稲本。
四之太刀が如き歩法でそのまま一気に斬りかかる。
四本の刃で威力を相殺する刃狼。
続け様に反撃に移り二本で反撃に移り、稲本目掛け刃を振り下ろす。
「ここ…………ッ!!」
稲本は紙一重でそれらを回避し、腕を伝って刃狼の上空に躍り出る。
「懐に……!!」
「暁……ッ!!」
顔面目掛け狙いをつける。
瞬間、刃狼は二本の刀を投擲する。
稲本は咄嗟に構えを変え、それらを撃ち落とす。
その僅かな隙に差し込むが如く切り上げられる太刀。
空中において回避する術はなく。
故に彼は、思い切り太刀をぶつける事で自らを跳ねさせ回避した。
間髪なく正面から振り下ろされる両刀。
「重い……!!」
守りに入るが、モロに身体に刃の重みを受ける。
一瞬の重心の移動で硬直状態から抜け出す。
刹那、時間差で降り落ちる一本の剣。
「っ……!!」
受け流そうとしたが、ブレた体軸では受け切ることができず。
弾かれた月輪刀は甲板に刺さるが、稲本はそれを手にせず。
追撃を回避するため大きく後方へと下がった。
「ッ…………ハァ…………ハァ…………」
「威力は落ちているが、無駄な動きが一切なくなったな。」
これだけの傷を負い、連戦を乗り越え消耗しきった身体が動くほうが不思議なもの。
だが、余計な力が入らなくなったからこそその歩みは音を超え、彼の剣技は全てが命に至るものへと昇華した。
そしてその全てが刃狼の底なる実力をも引き出した。
「フン…………ッ!!」
次々と襲いかかる8本の刃。
4本の腕から振り下ろされる強烈な一撃と、投げられた4本による時間差の攻撃。
「四之太刀……ッ!!」
その僅かな隙を縫うように切りかかる稲本。
「悪くはないが……甘い……!!」
「チッ……!!」
しかし手数と経験の差からその太刀は防がれ、再度攻防は逆転する。
稲本目掛け一気に投射される4本の剣。
体は反動で動かない。ならば————、
「連続創造……投射……!!」
空中で創られる4本の剣。
それら全ては宙を飛び、刃狼の刃を全て粉々に砕く。
されど刃狼の扱う『二天一流』は、その場の武具を利用し戦う実戦剣術。
刃を砕いた4本の剣は、鮮やかと言わんばかりに刃狼の手に収まった。
「…………っ……」
立ち尽くす。
再度片手に月輪刀を携えるが、俺の身体はもはや限界を迎えている。
そもそも零之極地は持って2分だ。
既に俺にはもはや色も見えず。それはただ殺気を映し出すだけの役割を果たすものとなっている。
命さえも最早風前の灯火である。
そして数多の剣戟を終えた今だからこそ、確信してしまった。
————この男には、勝てないと。
経験、練度、ありとあらゆる要素でこの男には劣り、命を賭した『零之極地』を行使してようやっと並んだ。
だがそれでいて尚、繰り出す全ての剣技がこの男には通じない。
己が最も得意とする『暁』も、師の技の『朧月』も、そして月下天心流における終之太刀である『月下明光斬』でさえも、この男には届かなかった。
即ち、勝ち目がもはや何一つないのだ。
「どうした、まだ終わりではないだろう?」
「当たり前だ……!!」
だが、そんなのは理由にならない。
諦めたらそこで終わりだ。
躊躇えば何もかも失う。
何より、この刀は折れていない。
俺という守る刀は、この信念を、否定されたまま終わらせはしない。
だから————、
「月下天心流、一之太刀————」
「来るか……!!」
俺はまだ、力の限りこの剣を振るう。
幾度となく防がれようとも、幾度となく傷付こうとも。
「五之太刀改…………ッ!!」
「ッ……!!」
次々と振り下ろされる刃を掻い潜り、一手振り抜く。
たった一本、たった一本だが一撃で彼の刃を破壊する。
「悪くはない……だが……!!」
「っ……!!」
絡めとられる月輪刀。
動きさえも止められる。
刃が届く寸前、咄嗟に手を離す。
月輪刀は奪われど、まだ攻撃は終わらない。
「っ……ラァ!!」
顔面目掛け叩き込む蹴り。
「ぐっ……!!」
至近の間合いでは長物の刀は機能せず。
蹴りの最中、彼の左手の中で創造された一刀。
「月下天心流 一之太刀…………!!」
「まだ……!!」
そして一閃の太刀が刃狼の顔に一筋の傷を刻み、同時に刃狼の拳が稲本の身体に叩き込まれた。
地を転がる稲本。
再度立ち上がるが、もはや生きているのか定かではない。
「稲本さん……!!」
少女の声さえも彼には届かず、空に消えていく。
「これだけの傷を負ってもなお立ち続けるとは……大したものだな、月下の剣士よ。」
「……………………」
稲本は答えず。否、答えることはできず。
彼の肺は破れ、骨は砕け、その目に光はもう映ってなどいない。
されどその瞳に宿した闘士は決して消えることなく、静かなれど溢れんばかりの殺気を際立たせていた。
「お前とは幾度となく剣を結び、お前の剣の在り方を知った。」
「……………………」
「そして尚、俺には疑問が残った。故に問おう。」
「貴様のその剣は、何のための剣だ?」
投げられた問い。
稲本は微動だにせず。
————きっと、この刀は殺す為の剣なんだろう。
剣を振るい、戦い続けそう思えた。
————けど、俺はもう殺す為に剣は振るわないと決めたのだ。
だから、答えはただ一つだった。
「守る…………為だ…………」
「…………そうか。」
夥しい程の殺気が、二人を包み込んだ。
恐らく、次が最後の一手となるのだろう。
これ以上の言葉はいらない。
二人は音もなく地を蹴る。
刃狼の手から、4本の剣が宙へと舞う。
稲本も全身全霊、己が誇りを、意志を。全てをこの刃に載せる。
しっかりと右手で柄を握り、必殺の間合いへと刃狼を捉えた。
「これで終わりだ、稲本作一……!!」
振り下ろされる8本の剣、その全てが稲本目掛け襲いかかる。
決して避けられぬ刃の群れ。
それでも、彼は止まることなく前へと足を運んだ。
その眼に映りし、光を手にする為に。
※
全ての太刀が通じない。
勝ち目の一つすらないこの戦い。
最早この先にあるのは、死のみなんだろう。
それでも俺は覚えている。
『君なら…………新たに一を作ることが出来るから…………』
あの暁の空の下での最後の言葉。
無からさえも有を生み出すことが出来ると言ってくれた人。
『もう、誰も殺さなくていいんです。貴方は、誰かを助けていいんです、稲本さん。』
光を与えてくれた、俺の剣を指し示してくれた大切な人。
きっと今までの俺では、この男に勝ち目は無い。
けど、別れが、出会いが教えてくれた。
俺の進むべき道、振るうべき剣を。
勝ち目が無いなら、創り出すのみ。
通じる技が無いのなら、編み出すのみ。
そしてこの一太刀を以て俺は、零へと至る。
終わりであり、始まりである零へと。
俺が持つ全ての技術を、全ての技をこれに込める。
故に、名付けるは—————
※
「月下天心流 "零之太刀"————」
「二天一流…………!!」
暁闇の中で煌めく一刀。
二人の刃が闇を斬る。
そして、刹那の時の中、二人の刃が交錯する。
曙色の空の下。朝日がその輪郭をあらわにしたその瞬間。
二人の剣士の戦いは、終わりを迎えた。
続
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