第17話 光芒
昔、ある男と剣を交えた。
今相対している男と同じ、月下の暗殺剣を振るう男。
『六之太刀改————』
『ッ……!!』
極限まで研ぎ澄まされた一撃一撃。
幾度となく死の恐怖を覚え、それと同じ程に心躍り、気持ちが昂った。
されど剣を交えれば交えるほどに疑問が強くなっていった。
これだけの剣が何故こうも純度が低いのか。
いや決して低くはない。だがこの男からはまるで研いだ刀の峰で戦っている、そのように感じさせられた。
そして疑問が詰まりに詰まった時、俺は奴に問いかけた。
『貴様は……何のためにその剣を振るう……?』
『何のために……か……』
男は一度悩んだそぶりを見せるとその太刀にはそぐわぬ、清々しい笑顔で答えた。
『僕は————』
—————————————————————
4:56 空母 甲板上
空の端は赤白くなり、夜の終わりを告げる。
されどまだ闇は続き、月明かりと火花だけが彼らを照らす。
「速え……!!」
「遅い!!」
挟むが如く振られる2本の剣。
稲本は身を低めその斬撃を回避する。
それさえも読んでいたかのように3本の剣が稲本目掛け降り頻る。
一本、二本と回避し、三本目を弾く。
揺らぐ体軸、刃狼はそれを見逃さず。
稲本目掛け放たれる平突き。
「ぐっ……!!」
守りを崩され弾かれる一刀。
弾かれたそれは稲本の手には戻らず。
それは刃狼の手に収まり、彼の八本目の刀となった。
「クソッ……!!腕が四本に増えたら二倍扱える剣が増えるってか………!?」
稲本は距離を取り再度刀を創造する。
目の前に立つその男は腕が四本、体長2mを超える化け物か異形とも形容すべき姿。
その見た目でありながらも速さ、技は衰えるどころかより研ぎ澄まされた物へと変貌していた。
「数手先の予測による回避、そして僅かな隙から反撃に転じようとする気概、どれも悪くはない。だが些か無駄が多いな。」
「ああそうかよ……!!」
口では怒りながらも、体と頭の芯は酷く冷静だった。
地を蹴り、己の体にレネゲイドの力を蓄える。
刃狼に悟られぬよう、大きな力は右手に集めて。
「月下天心流、六之太刀改————」
加速する寸前、その力を放つ。
「ッ……!!」
全てのエネルギーを光として。
刃狼の目を塞ぐ。
「朧月……!!」
全力で放つ師の最強の技。
八本の剣を用い迎撃する刃狼。
一撃たりとも致命傷を与える事はできず。
僅かな静寂が訪れた。
だが稲本の真の目的はそれに非ず。
一度の衝突でも大きく鳴動する金属同士のぶつかり合い。
それを僅かな間で16回も続ければ、まともな人間であれば聴覚がいかれるというもの。
超常の剣士なれば目は見えずとも、音は聞こえずとも殺気を頼りに戦う事はできる。
されど殺気は朧月の連撃により分散された。
もはやこの男にまともな感覚は残されていない。
それが故に、
「っ……!!」
「喰らいやがれ……!!」
彼が左手に隠したフラッシュバンには気付く余地は、なかった。
※
「視覚と聴覚を奪われたか……」
目は白に、耳は金切音に覆われる。
刃狼は確かな殺気と勘を頼りに稲本の攻撃を防ぎ、回避する。
「そこか……!!」
刃狼は刃を弾き、刀の主を貫く。
柔らかい肉を切り裂く感覚。
だが、その直後にも攻撃は続いた。
「今の手応えは……替え玉か。」
刃狼は気づいていた。
全方位からの攻撃は殺気を広げ、稲本の位置を隠す為であると。
これは全て撹乱であり、本命はこの後の攻撃にあるという事が。
ならば全てを薙ぎ払い、叩き潰す。
例えどのような策を講じていようが、圧倒的な剣技を持って勝利する。
それが、刃狼という剣豪の意志であった。
僅か数秒の盲ろうは終わり、刃狼の五感は再度機能し始める。
だがそれは、稲本にとっての最大の勝機であった。
「来るか……!!」
突如増幅した強大な殺気。
目で見ずともその男の気配を感じとる。
明らかな敵意、明らかな殺気。
以前受けた限りは回避不能、防御は不可能。
先ほどの見せかけとは違う。
この一撃は、最大最強の一撃である。
もはやそう稲本が語っているも同然の殺気である。
ならば全身全霊を持って迎撃しよう。
構えるは八本の刃。四本を投げ、四本をその手に。
そして殺気が最も大きくなった瞬間、その四本の刃を一点目掛け振り下ろした。
※
撹乱は終えた。
この男には生半可な攻撃では勝つ事はできない。
だが、だからと言って真正面からの攻撃では通じないことも分かっている。
俺は、剣士であれど侍ではない。
死して勝つ事は無意味。
生きて勝つ、そう彼女と約束したのだ。
故に俺は、全身全霊を持ってしてあの男に挑む。
そして、必ず勝つ。
その決意を右手に、一気に地を駆けた。
※
ぶつかり合った刃と二人の意地。
振り下ろされた刃が止まる事はなく。
刃狼の一撃は、目の前に迫ったそれを容易く砕いた。
そう、稲本の最後の撹乱を。
「今のは……囮か……!!」
復活した視覚と聴覚で目の前のそれが稲本ではない事を認識する。
既に稲本は刃狼の背後。
今から反転しようにも、その図体の大きさから小回りは効かない。
守りはない。
回避もできない。
故に放つは、必殺の一太刀。
「月下天心流 終之太刀—————」
地を蹴り一気に駆ける。
音よりも速く、光よりも速く。
闇を照らす月明かりが如く姿を見せた、勝機を手にするために。
「月下…………明光斬————ッ!!」
今、最強の一太刀を振り抜いた…………
※
太刀が止まった。
目を疑った。
そこには無いはずの四本の刀。
刃狼の手ではなく、宙を舞うそれら。
気づいてから投げたのでは無い。
予めこの展開を読んでいた。
そしてその全てが組み合わさり、俺の刃の勢いを殺した。
刃は砕けど、鋭さは大きく削がれ。
砕けた破片が俺の身体を切り刻み、そして既に目の前の体躯は正面を向いていた。
「確かにお前は強い。守る意志も、戦い抜く意志もこの剣を通じてしかと感じ取れた。」
俺の方が速い。
だが、確実に浅い。
「それでもお前の剣は代用品でしかない。故に————」
刃が振り下ろされる。
ただ無情に、冷酷に。
「お前では、俺には勝てん。」
鮮血が舞う。
四肢が斬り裂かれる。
目の前は赤く染まり、音はもう聞こえない。
もはや痛みさえも感じる事ができず、ただ地に伏すことしか出来なかった。
そんな中でも声だけは聞こえた。
俺の名を叫ぶ、アレクシアの声が。
死ねない。
負けられない。
でももう、立ち上がることもできない。
声を発する事もできない。
赤く染まった視界は徐々に闇に呑まれ、そして————
—————————————————————
「ここ……は……」
暗い闇の中、俺は一人立っていた。
続
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