第16話 死線
4:53 原子力空母 甲板上
空の端が赤く染まり始めた夜の闇の中。
幾度となく白銀の刃は空に軌跡を残す。
時々それは途切れ、赤と黄色の混じった火花を散らしていく。
紡がれていく線と線。
その線の繋がりが二人の剣士の命と交差した時、それは生と死を分かつ死線となる。
そして今、二人はその様を見届ける事しかできなかった。
「俺は君の安全を最優先にする。万が一の時は————」
「分かっています……。でも、それでも見届けたいんです。」
「…………そうか。」
決して少女には追えるはずもない、次々と生み出される攻防の跡。
それは彼らが人の域を出ようとしている事を示してもいた。
「黒鉄さんは、稲本さんの実力を知ってるんですよね……?」
「……ああ。」
「稲本さんは…………勝てますか…………?」
「…………さあ、な。アイツは強いが、それを超える強さの人間はごまんといる。絶対に勝てるという保証はないだろう。」
「そう…………ですか…………」
少女はとても不安げな表情を浮かべる。
「ただ、」
それを見兼ねたか、青年は一言付け加えた。
「それでもかつてアイツは最強の剣聖を打ち破った。アイツは、そういう男だ。」
※
二つの刃が振り下ろされる。
一度の抜刀で迎撃し、即座に納刀し反撃に転じる。
距離を詰めるよりも早く振り抜かれる三撃目。
掠れると同時にはらりと舞った頭髪。
首を傾けその一振りを紙一重で回避。
死角から差し込まれた四撃目。
柄で刃の軌道を逸らし、そのまま二之太刀を放つ。
「ッ……!!」
剣先は刃狼を捕らえることはできず。
そして稲本が退くよりも早く再度2つの刃が振り下ろされた。
「っぶねえ……」
「今のを避けたか。」
頬から流れる赤。
左手でそれを拭うが、赤がベットリと顔に塗りたくられる。
振り下ろされる剣筋の全てが命に至り得た。
故に全力で策を講じ、刃をいなし、そして再度攻撃に転じる。
その繰り返しではなれど、その全てが互いの気力と体力のどちらも削いでいく。
そして削がれれば削がれるほどに、互いの殺気と剣筋は研ぎ澄まされていく。
それはまさに、刀剣が研がれ切れ味を増して行くように。
「っ……!!」
先に攻撃に転じたのは刃狼。二本の刀を稲本の動きを縫うように左右に投擲される。
徐々に迫り来る刃。
後方に逃げても左右に逃げても確実に刃にぶつかる。
前方と上方は刃狼に阻まれた。
ならば、迎え撃つのみ。
二本の刃の隙間を擦り抜けるように一気に前方へ加速。
側方の刃は後方へ流れ、その間合いに刃狼を捕らえる。
振り下ろされる一の刃。
稲本はそれを抜刀術にて相殺する。
時間差で振り下ろされる二の刃。
既に先を読みその間合いへの外へと出ていた稲本。
「三之太刀————ッ!!」
振り抜かれる逆袈裟。
刃狼の左脇目掛け刃が飛ぶ。
「くッ……!!」
止まる刃。
振り下ろされたはずの刃は手放され、その両手がしっかりと稲本の太刀を押さえつけていた。
身体が宙に浮く。
刀を支点として放り投げられた。
刀からは手が離れ、体の上下が反転した。
無防備な身体に振り抜かれる。
咄嗟に左手で着地し、体のバネというバネを発揮する事でその一撃を回避する。
間髪なく振り下ろされた一刀。
「っ……!!」
咄嗟に刀を生み出しそれを頭上で受け止める、と同時に鉄の欠片が舞った。
そして追い討ちに振り下ろされたもう一刀。
一撃は稲本の刃を砕く。
僅かな間も無く稲本の体を叩き割らんとした。
だが、刃の押さえがなくなると同時に身体が切り裂かれるよりも早く地を蹴る。
右の肩口を掠める冷たき刃。
皮を舐めるかのように冷ややかな感触が残った。
瞬間叩き込むソバット。
宙を舞い、地を擦りながら着地する刃狼。
ダメージを与えることはできずとも、その威力から距離を離す事はできた。
このまま一気に畳み掛ける。
刀を創造し、四之太刀が如く歩みで接近す。
玉兎が如き大きな一歩。
刃狼もその太刀が速さのみと予測したか、守りの構えへと移る。
無論、それは四之太刀に対してであれば何一つ間違いではない。
そう、四之太刀に対してであれば。
刃が届く寸前で姿を現した稲本。
全体重が左脚に大きくのしかかる。
「構えを変えただと……」
「三之太刀改……ッ!!」
そして構えは必殺の平突きへと移る。
見てからの回避は不可能。
防御も不可能。
のしかかった全ての体重を、その刀に全て乗せ、
「無月影…………ッ!!」
「ッ…………!!」
刃狼にこの一撃をたたき込んだ。
「ハァ……ハァ……」
肺に溜まっていた息が口から漏れる。
傷口からは血が溢れる。
力も抜け、視界も揺らぐ。
だが、まだ倒れるわけにはいかない。
「今のは、効いたな。」
そう、奴はまだ倒れていないのだから。
あの一撃を防ぐ術は存在しない。
防御と回避は不可能だ。
ただ唯一、迎撃だけは可能であった。
その証拠に俺の刀は折れ、奴は倒れていない。
決定的な傷を与えることはできず。
それどころか、俺の方が疲弊しきっていた。
2本しかない腕で4本の刀を扱い、ただの一振りを持ってしても速さ、威力共に俺と同等以上。
柔と剛を併せ持った太刀筋。
加えて咄嗟に反撃する判断力と瞬発力。
この男の実力は、先生に並ぶものを持っている。そう確信たらしめたのだ。
男は再度50歩の距離にて止まり、転がっていた刀を拾い上げる。
「…………以前よりは純度が増したようだな。」
「そいつは……どうも……」
軽口を叩こうとするが、その余裕すらもない。
ただこの掠れた眼でも、目の前の男がただならぬ疑問を擁していることだけは見ることができた。
「お前の剣は極めて殺すことに特化している。それも長年鍛え上げた殺人剣だ。なのにお前はそれを受け入れていない。俺にとっては、疑問で仕方がない。」
「ああ、そうかよ……」
「故に問おう。」
そして投げ掛けられた問い。
「お前は、何のために剣を振るう?」
あの日と同じ問い。
知っている。
俺が殺しに特化した刃を振るうことも、ずっと今までその為に剣を鍛え上げてきたことも。
あの日見た夢が、俺の真実を語っていることも。
それでも今なら、迷いなく答えられる。
ずっと、ずっと目指してきたから。
アレクシアを、大切な仲間達を守るとずっと心に決めていたから。
「守る為、それ以外はねえ……!!」
堂々と、迷いなく、心の底からの声で答えた。
「……そうか。"お前達"月下の剣士はわからんな。」
「俺……達……?」
俺の疑問など歯牙にも掛けず。
男はかつてない殺気を解き放つ。
そしてその身体は、あの4つ腕の異形へと姿を変えた。
「お前は強い。だがお前の剣が代用品であることにも変わりはない。」
剣を構える。
確かな敵意と、
「故にお前の剣は、俺には届かない。」
「いいや、届かせてみせる……この守る刀で……!!」
決意と共に。
二人の剣士は再度接近し、刃を交える。
夜明けは、まだ来ない。
続
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