第14話 月狼

4:34 Y市港沖 原子力空母 甲板上


空の端がほのかに紫に変わり始めた頃、その戦いは終結へと向かっていた。


甲板を砕き続ける、人の身を超えた大きさの黒の鞭。

それを撃ち落とし、斬り落とす二人。

その足も、腕も止める事なく少女を守り続ける。

「何か策はねえのか黒鉄さんよォ!!」

「それを今考えているんだこの馬鹿。」

「ああ!?馬鹿って言った方が馬鹿なんだよこのバーカ!!」

悪態をつく二人に向けて放たれる全方位からの攻撃。

「無駄口叩いてないで迎撃しろ。」

「分かってんだよ……!!」

黒鉄が地面に手を付くと同時に展開されるバリア。

ミシミシと音を立てながらもバリアに動きを阻害された触腕。

それがバリアを砕くより早く、稲本の光風霽月がそれを斬り裂いた。


「ゼロ…………ヌル…………貴様らだけは…………貴様らだけはぁぁぁぁ!!!」

自らの一部を切り離し落としてくるディセイン。

「そんなのアリかよ……!!」

「避けろ!!」

直径10mを超える球体は静かに落下し、水風船が如く辺りに黒を撒き散らした。


生じた沼より出で来る目視の獣の群れ。

「クワ……セロ……」

「厄介なことしかしてこねえな……!!」

「全く、お前の言う通りだ……!!」

機敏な動きで稲本、黒鉄、アレクシアに迫る獣。

それに加えてディセインの腕。

「稲本……!!」

「おうよ……!!」

稲本は腕を、黒鉄は獣を阿吽の呼吸で迎撃した。


だが、それでもなお活路は見えてこない。

「どうするよ……黒鉄……!!」

二人は迎撃を続けるがどう足掻いてもこの状況を覆せそうにはない、稲本はそう思っていた。

「……稲本、お前がこの戦場を掻き乱せ。」

「………………ハァ!?アレクシアの守りは!?」

稲本はあまりの事に思わず声を荒げる。

それに対して黒鉄は眉一つ動かさず、いつも通り落ち着いた口調で答えた。

「…………俺に任せろ。」

「………………」


予想外の答え。

たとえコイツが策に長けていたとしても、この数を凌ぎ切れるとは思えない。

だが、無理を言うような奴だとは思えなかった。

それでも————

「私は、大丈夫です。稲本さんと一緒に帰るって、心に決めてますから。」

…………少なくとも、今この場の誰よりも強い眼をしていた。

そんな彼女が大丈夫と言うのだ。

「……との事だ。どうする、稲本。」

「…………ここまで言われて、やらねえのは男じゃねえよ。」

覚悟を決める。

有りったけのそれを創造して。

「3つ数えたら、目と耳閉じろよな……!!」

一気に駆ける。

ディセインに向けてその足を素早く前へと繰り出す。

「何をコソコソとォ!!!」

再度自らを切り離しそれを稲本にぶつけんとした。

「3………2………1………!!」

だがそれよりも早く、稲本が空中に円筒形のそれを放り投げ、

「花火の始まりだ……!!」

同時に彼が光を放つ事で当たりは音と光の嵐に包まれた……



「クソッ……視界が……!!」

「五感は生きてて何よりだ……クソッタレ!!!!」

飛び上がる稲本、構えるは五之太刀。

ディセインはそれを防ごうとするが視界を奪われた彼にそれを妨げる術はない。

「よくもアレクシアを巻き込んでくれたなァ……!!」

「っ……!!」

怒りに震えながらも真っ直ぐとした構えでディセインの胴体に狙いを定めた。

「やらせるか……!!」

音や気配から稲本のいる付近に向けてその鞭を振るう。

規格外な太さの鞭は軽く振るっただけで稲本をハエが如く叩き落とせる。


だが寸での所で弾かれるそれら。

稲妻纏いし弾丸が黒きその腕を抉り、路を切り拓いたのだ。

「やり過ぎなんだよ馬鹿。俺も視界をやられたじゃないか……」

視界を奪われようとも狙撃援護を果たした黒鉄。

彼はハヌマーンの能力でわずかな風切り音等々を拾い、稲本、ディセインの位置関係を割り出した。

加えて彼やアレクシアに向けて獣が襲い掛かろうとも、雷のバリアとその狙撃能力で捌き続ける。


その見えぬ眼でも、彼が王手をかけた事を悟った。

「貴様は……貴様だけは許さねえ……!!」

狙うは心臓。

漆黒の刃を以って、全ての因縁を断ち切る。

そして剣先は、

「暁…………ッ!!」

「グォッ…………!?」

堅牢なる男の体躯を一閃にして貫き、その心臓を抉った……


そう思えた。

「手応えが……!?」

鋼を貫いたような感覚はあれど、肉を貫く感覚がなかった。

まるでヘドロの中に刃を突き刺したような、そんな感覚だった。

「フ……フハハハハハハハハ!!!残念だったなゼロ!!確かにこの体の心臓はここにあったさ。人の体を保っていたときはなぁ!!!!」

「っくしょ……!!」

「このまま私の一部となり死ぬがいい……!!」

月輪刀を絡めとるディセインの体躯。

徐々にその巨体に飲み込まれていく感覚がその手からも感じ取れた。


瞬間、

「うおぉっ!?」

体にワイヤーが巻きつけられ一気に引っ張られる。

稲本は尻餅着きながら地面に叩きつけられた。

それを横目に黒鉄は義手にワイヤーを収納する。

「ってて…………」

「無事か、稲本。」

「ああ、まあお陰様でな……」

二人は目の前の強大な敵を改めて見据えた。

その脅威はあまりにも大きく、いかに彼らへの怨念が育まれてきたのかを改めて思い知る。


「音を聞く限りは弱点はあの身体より奥にあるようだ。」

「手応え的には暁でギリギリ貫通できるって感じだが、俺の刃じゃ届かねえだろうな……」

「恐らく俺の弾丸も威力を削がれ撃破には至らんだろうな……」

己らの実力、持てるものを測り策を練る。

勝ち目がないようにも、そう思えてしまう。


だが、彼らは決しては揺るがない。

「さてどうする黒鉄?」

「こういう時言うだろ?押してもダメなら……」

「引いてみるってか?」

稲本はその刃を納め、黒鉄は右手を通じ砲身に雷を込めた。

そして————、

「いいや、"もっと押す"……!!」

「ハッ……お前らしいな……!!」

二人は今、最後の一撃を放つ構えに移った……



降り落ちる触腕の雨。

それを掻い潜りながら走り抜ける稲本。

後方では雷の力を溜めながらバリアで触腕を弾く黒鉄。

2人の気迫、込められた力からディセインもその命が脅かされようとしている事を察する。


だが、この状況下であっても稲本、黒鉄の2人には弱点がある。

「私を倒すことに躍起になったせいで……娘がガラ空きだぞォォォォォッ!!」

それは守るべき存在である少女の存在。

最大の一撃を放つために薄くなった守りの幕は、ミシミシと音を立て徐々にヒビ割れていく。

「間に合わせろ……稲本……!!」

「分かってる……!!」

加速する稲本。残りの距離は30m。

皮肉にもアレクシアへと攻撃が裂かれたせいでディセインとの距離は容易に縮まっていく。


それでも、間に合わないことは分かってしまっていた。

「もう持たん……!!」

黒鉄のバリアも限界を迎えようとしている。

「結局お前には何も守れんのさ……何一つ、大切なものでさえ!!」

「っ……!!」

そして全ての攻撃がアレクシアに向けて集中したその瞬間、バリアは砕け、全ての触腕が押しつぶした…………


少女を象った、"蝋人形"を。

「かかったな…………!!」

「なっ……!?」

ディセインが砕いたそれは人にあらず。

そこにあったのは精巧に造られたアレクシアを模したモノ。

あの閃光と音の嵐の中、稲本は咄嗟にそれを作り出し、本人を逃がしそこにすり替えていたのだ。

「あそこまで本物そっくりなら騙されるも無理はないさ……それが、命取りだがな……!!」

「俺たちを倒すのに躍起になって……ガラ空きだ……ディセイン……!!」

最大電力を込めたライフルを構える黒鉄、間合いに捉え一気に詰める稲本。

「俺に合わせろ……稲本……!!」

「テメエが合わせな……黒鉄ェ!!」

そして二人の力は今、頂へと至る。


「此は、闇夜を照らす月明の太刀…………」

「穿つは蒼天、砕くは悖徳…………」

闇夜で煌く黒き刃、迸る稲妻。

「この一刀を以って、全ての悪を斬り伏せん……!!」

「この一射は大逆を討つ為に有り……!!」

全身全霊、全てを込めた一撃を今放つ。

「月下天心流、終之太刀…………!!」

「《蒼天穿つ(ライトニング)》…………!!」

それはただ————

「来るなぁぁぁぁぁッッ!!!!!」

「月下明光斬————ッッ!!!!」

「《雷光の矢》(サジータ)ァァァァッ!!!!!」

全ての過去を終わりへと導くため。


刹那、夥しい光と共に、静寂が訪れた。



寸分違わぬ座標、寸分違わぬ時、音速を超える二つの一撃が巨体を斬り裂き、穴を穿った。

「ク…………ソ…………」

断末魔を上げる暇もなく崩れ始めるその身体。

「私は私はぁぁぁぁぁ……!!」

二人はボロボロになった身体でそれを見つめる。

「…………俺達もかつて、お前と同じ様に憎しみに支配された存在だった。」

「けど俺たちはもう、前を向いて歩くことを決めたんだ。だから———」

二人は決意に満ちたその眼で言葉で、

「さらはだ。」

「あばよ。」

「「『13』」」

今別れを告げた。


崩れ落ちる禍々しき亡魂。

黒き影は、月明かりすら届かぬ闇の中に溶け、消えていく。


二匹の月狼は、過去と決別した。

大切な物を奪われ、幾度と無く傷ついた過去と。


そして今、空の端を赤が染め始めていた。


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