第13話 霹靂

Y市港沖 原子力空母 甲板上


一人の剣士と一人の少女。

二人の目の前に聳え立つが如く存在する邪の化身たる者。

「死ぬがいい……ゼロ!!」

稲本とアレクシア目掛けて降り注ぐ触腕の雨。

一つ、また一つと稲本はそれを斬り落とし、折れた刀の柄を投げ捨てすぐさま創造に移る。


「狙うなら俺だけを狙えよ……このクソ野郎……!!」

アレクシアに降り注ぐそれさえも全て稲本は叩き落とし続ける。

「怪我はねえか?」

「お陰様でなんとか……」

そう背中で問う彼の脇腹や頬からは既に赤が滴っている。

「……悪いが、俺の3歩以内からは出ないでくれ。」

「分かりました……」

彼は振り返ることもなく、ただ少女を守る為その刀を握っていた。


防戦してるだけでは確実にやられる。

加えて言えば、このまま能力を使い過ぎればジャームになるのも目に見えている。

だが、攻撃のタイミングを与えられる訳もない。

「ジリ貧になる前に……ケリ付けねえとな……」

「ああそうだな…………お前が何処まで持つか見ものだな!?」

再度二人に向けて放たれる触腕の群れ。

「前方4つ、左方2つ、右方3つ……!!」

その動きの全てを把握、納刀から一気に間髪なく血を蹴った。


「光風霽月……ッ!!」

一瞬の動きにして襲いかかる一つ以外の影を斬り落とす。

「迎撃は間に合わねえ……!!」

咄嗟にアレクシアを抱え、影を回避する為に飛び上がる。


悪手だと分かっていた。

空中ではまともな回避も迎撃もできないから。

「稲本さん、前から……!!」

「ああ……!!」

正面からくる一撃。

このまま食らうわけにはいかない。

「舌噛むなよ……!!」

自らの上方を爆破する。

爆風により一気に地上に叩きつけられるような速さで降下した。

頭上を抜けた影の一撃。


だが稲本は脚元を爆破し、自らの位置をずらす。

「っ……!!」

甲板下から飛び出す影、2秒前まで稲本がいたところはもう跡形もなくなっていた。


「流石元『13』言うべきかなゼロ。だが、あとどれくらい持つかな?」

「ッ…………ハァ…………ハァ…………」

「稲本さん……!!」

「大丈夫……大丈夫だ……」

息も上がり、動悸も止まらない。

辛うじて回避には成功したが、急激な空中での軌道変化は体に大きな負荷を、それも二人分の重量がかかっている。


加えて今までの全ての戦いの傷が、何もかもが

彼の体を蝕んでいる。

「クソ…………ったれが……」

衝動の飢餓のせいで頭もよく回らない。

このままあと数分も同じ戦い方をしていれば、確実に人ならざるものへと変貌してしまう。

「そんな身体で何を守れる?そんな力でどんな未来を紡げる?」

そして、前方からとどめと言わんばかりに放たれた無数の影。


「数……14………!!」

右手で刀を作るが、14つ同時など迎撃と創造をしてしまえば確実にジャーム化は免れない。

「クソッたれが……回避を……!!」

回避に写ろうとするが、足がもうまともに動かない。

「何も守れぬまま、死ぬがいい!!」

「こんなところで……!!」

「稲本さん……!!」

半ば自棄になりながらも今できる最善の手を選ぶ。

「大丈夫……君は必ず……!!」

構えるは六之太刀。

最強の連撃を持って迎え撃つ。


彼の刃が引き抜かれようとしたその瞬間、

「っ……!?」

「な、何だこれは……!?」

影の触腕に向けて1発のミサイルが叩き込まれ、熱波が二人を飲み込んだ。


ミサイルによる一撃は影の大半を焼き払い、二人への攻撃を妨げた。

「再生……しないだと……!?」

それだけでは無く、明らかにディセインの回復能力を奪ったのだ。


二人がミサイルの放たれた先に目を向ければ、そこには闇夜の中で光を点滅させる黒い物体。

「あれは……アパッチ……?」

稲本が認識するよりも早く、第2射を放ったそのヘリ。

「小癪なァ!!!!」

触腕で迎撃するディセイン。

ミサイルはディセインに届く前に宙で爆散する。


「このハエが……落ちろ!!」

触腕を回避する戦闘ヘリ。

的確に機銃でディセインの身体に穴を穿つ。

だがその抵抗も虚しく、触腕がヘリを掴む。

最後の抵抗と言わんばかりに残った1発のミサイルを発射する。

「っ……!!貴様が何者かは知らんが、死ねええっ!!」

ミシミシという音を鳴らすヘリ。

もはや抵抗の気もなくなっていたのか、それは呆気なく会場で砕け海の藻屑と消えていった……

「はっ……あの程度の戦力でよく……」


『あの程度の戦力な訳が、無いだろう?』


声が聞こえた。

抑揚のなく、それでいてひどく落ち着いた声。


声と同時に強く叩き込まれた雷。

「グオォォォォォっ!?」

強大な雷はディセインの本体に的確に叩き込まれ、今その動きを止めた。

「っ……今なら……!!」

稲本はアレクシアを抱え一気に駆け出す。

彼の正面には50m先に転がった黒き一刀。

「させるかァ!」

妨げようと放たれる影の腕。

『それはこちらのセリフだ。』

だが、それさえも猛々しい雷によって一瞬にして砕かれた。


そして手にする月輪刀。

その刀身に傷は一つなく、黒き刃は闇の中でも僅かな光を返し、その存在を確かにしていた。

「この……塵芥如きが…………!!」

再度稲本に向けて放たれる十を超える、全てを喰らう影が放たれる。


だが、もうその手に迷いは無い。

躊躇いも、何も、そこには無い。

「稲本さん……!!」

「大丈夫……君は必ず……」

そこに立っている男のそれは、

「絶対に守るから。」

ただ、守る為の刀であった。





—————————————————————



僅かな、1秒にも満たぬ時間。

その刹那の中で振り抜かれた、一糸乱れぬ16連撃。

そこには細切れとなった質量を持った影だったはずのものが散り散りとなり散乱していた。

そして月明かりに照らされた剣士が、一人笑顔でそこに立っていた。


「……ようやっと見つかったんですね。」

「ん?」

振り返れば、そこには何処か安堵したような表情の少女が。

「ずっと……ずっと辛そうな顔してました……あの日出会った時から……でも、今は…………」

「…………ああ。ちょっと、かかりすぎちまったけどな。」

稲本も笑顔で答えた。

今は、かつて彼女に見せたものとは違う。偽りのない、心からの笑顔で。

「もう、大丈夫。ちゃんと見つけたから……」

それは彼女に対する答えでもあり、同時に遠い過去の、"暁の記憶"への回答でもあった。




その最中、隣に着地した黒いパーカーの男。

「のんびりしてる暇はないぞ。」

「ったく……良い雰囲気を壊さないでくれねえかな?」

「そのまま死ぬのが望みなら止めはしないが。」

「あの……貴方は?」

稲本の前に立つは、黒のパーカーを纏った青年。

いつも通りの仏頂面に、両手にナイフと拳銃。

背中には彼の丈よりも大きなライフル。

「自己紹介は後だ。まずはこの外道を排除する。」

「ったく、相変わらずの無愛想かよ相棒。」

「戦闘に愛想もいらんだろ。」

「それもそうだな。」


「ゼロ……ヌル……貴様ら……だけは許さん…………確実に殺す……!!」

二人は敵を見据える。

自分達から全てを奪い、今なおこの世界を蝕もうとしているその強大な敵を。

「行くぞ稲本。」

「ああ、"黒鉄"。」


かつて、ゼロとヌルと呼ばれた少年達がいた。

大切な物を奪われ、絶望した。

それでもなお立ち上がり地獄から這い上がってきた。

そんな二人が今、かつての因縁を前に立つ。


「「反撃の時間だ……!!」」


全ての因果を、断ち切る為に。


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