第12話 邪悪

N市 病院前


終わりの見えない戦闘。両者互いに引かずその誇りを前面に押し出して戦う。

「この……しぶといのよ!!!!」

マリアの放つ光線。

それは紫月を狙い放たれたが雲井の装甲に妨げられる。

「疲れが出ているようだ紫月君。一度下がりなさい。」

「政宗や宮本さんだってまだ戦ってる…………これくらい大丈夫よ……!!」

「…………無理はしないように。」

雲井はまた牽制として赤き刃の群れを放つ。


「ハッ……てめえもてめえで面白いな!!」

「悪いけど、稲本さんから教わった刀でアンタに負けるわけにはいかない……!!」

そして目を覚まし、再度起き上がったバルログと刃を交える剣士、柊政宗。

「オラァッ!!」

「柊君!!」

政宗に放たれた一撃を防ぐ宮本。

「助かったよ、宮本さん………!!」

「いいよ。それより次、来るよ……!!」

二足機動戦車で襲いかかるドヴェルグ。

「子供だろうと容赦はしない……!!」

「そいつはこっちのセリフだクソ野郎!!」

鉛の弾丸に音の弾丸をぶつける霧崎。


「っ……!!」

1発の弾丸でバランスを崩す。

『命中。』

雨宮の狙撃が的確に皆の隙間を縫うように放たれる。

「村正!!」

『おうよ待ってたゼェ!?』

そして強大なレネゲイドを纏う政宗。

「てめえ……面白いな……!!」

『悪いけど……なりふり構ってられないんだよ……!!』

村正の力を全開にし、バルログと再度激しく刃をぶつけた政宗。


その姿を横目に眺めながら呆れた顔をするスタッフ。

「全く、僕の護衛もしてほしいとこなんですが……!!」

彼は再度ミニガンを構えようとした。


だが朦朧とする意識の中でそれはできず。

「なっ……?」

「悪いけど……貴方の好きにはさせない……!!」

スタッフを絡めとる荊の木。

それは疲労困憊の中、数少ない隙を見つけた紫月による一手。

「フラガラッハ!!」

「させないよ。」

マリアの動きを止めた雲井。

「ナイスじゃよ紫月ちゃん……!!」

「っ…………!!」

追い討ちと言わんばかりに放たれた藪の毒。

「ああ…………彼を止めるだけの予定だったのに…………こんな結末になるなんて…………」

そのままスタッフは意識を失い、項垂れるように倒れた。


「大丈夫かい、紫月ちゃん?」

「ええ、これくらい大丈夫よ……」

藪の問いにハッキリと答えた紫月。

戦いの最中、一瞬だけ東の空に目を向けた。

「大切な友達を、頼んだわよ……」

東の空は境界から色が変わり始めている。

そして遥か遠くから、ヘリのローター音が鳴り響いていた……


—————————————————————


少女は目を覚ます。

何かに乗っているのか、身体はゆさゆさと揺れている。

暖かくて、とても広い、誰かの背中のような————


「お、目を覚ましたか。」

「い、稲本さん!?」

少女の目の前には稲本の後頭部。

場所は先ほどと打って変わって空母の廊下内部。

「ちっと不安定かもしれないけど暫くこれで移動するから耐えてくれよな。」

「いえ、降りて歩きます……!!」

少女は両手両足に力を込め降りようとした。が、四肢に取り付けられた義肢が動く様子もない。

「レネゲイド抑制薬のせいで力が出ないだろ?」

「…………その通りです。」

「ま、だから暫くは我慢してくれや。」

稲本はいつも通り、明るく何事もなかったかのように少女に声かけた。


「…………助けに、来てくれたんですね。」

「そりゃ当たり前だろ?」

「…………私、稲本さんが死んじゃったかと思ったんですよ?」

「それは……ごめん。俺も死ぬかと思ったけど、君を置いて逝くわけにも行かなかったから、あの世から帰ってきたよ。」

「…………凄く怖かったです。また、長い間眠らなきゃいけないのかもしれないって……」

「約束しただろ?君が目覚めた時にはちゃんと俺がいるって。」

「…………来てくれて、ありがとうございます。」

「ああ、どういたしまして。」


ギュッと強く引っ張られる。

背中に大切な人がいる。

温もりが、感触の全てがそれをまた実感させてくれた。


刹那、稲本の足が止まる。

「どうしたんですか……?」

「…………少し、痛いかもしれないが我慢していくれ。」

稲本は咄嗟にアレクシアの体をサスペンダーで支える。

「この距離なら……あと6秒か。」

稲本は右手を月輪刀にかけ、身を屈ませる。

「稲本さん……?」

「4……3……2……!!」

カウントの途中で壁を蹴り、天井に向けて六之太刀を放つ。

崩れ落ちた天井の端に、手をかけ一気に登りあがる。


そしてアレクシアが下を見たときには、既に下階の廊下は影に飲み込まれていた。

「クソ……少しは休ませて欲しいもんだな……!!」

稲本は刀を抜き、天井に狙いを定める。

「こっ……の野郎ッ!!!!」

放つは五之太刀、天井が砕け、満点の星空が見えた。

「舌噛むなよ……!!」

「は、はい……!!」

再び前後から襲いかかる影、それを回避するように稲本は上方へと飛び立った。


「甲板まで出ちまえば……!!」

拓けた視界、これならば回避も易くなると踏んだ。

だが着地するよりも早く、影が襲い掛かった。

「っ……!!」

迎撃のため剣を振り抜く。

だが少女を背負い、空中にいる状態では体軸は固定されず十分な威力を発揮できない。

弾かれる月輪刀と稲本。

月輪刀は甲板の上を滑りながら離れていき、稲本は辛うじてバランスを維持して着地した。


カツン、カツン、という杖をつく音が聞こえた。

そう遠くはない。

その輪郭は徐々に形を帯びていき、そしてハッキリと見えたところで、声を発した。

「流石だな。あの体勢から少女を守りながら着地するとは。」

「嘘…………だろ…………?」


稲本は目の前の光景を疑った。

目の前にいるのは、既に死んだはずの男。

3年前、アイツが殺したはずの男。

「久しぶりだな、ゼロ?」

「ディセイン…………グラード…………!?」

『13』の壊滅と共に全てを失ったはずの男が、そこに立っていた。


「何故……貴様が……!?」

「私自身がオーヴァードに覚醒したんだよ。あの時、あの男に殺されたあの時にな。」

確かに目の前の男には無数の銃創と火傷の跡がある。

だがそれでも信じられなかった。

オーヴァードとして覚醒していたとしても、アイツが殺し損ねるとも、そして俺たちの情報網を掻い潜れるとも思えなかった。

「どうやって生き延びてきた……!!」

「3年間、あの部屋で復讐の時を待っていただけだよ。ゼロ、ヌル、貴様らを絶望の淵に叩き落とす、その日をなぁ!!」

引きつった笑みの中に見えた強大な憎悪。

それは今まで稲本が対峙したジャームのどれよりも純粋で、悪意に満ちていた。


彼がレネゲイドの力を集中するとと共に、ありとあらゆるところから黙示の獣が現れる。

だがそれのどれも稲本を襲おうとはせず、次々とディセインに喰らい付いたのだ。

「一体何を……!?」

「フ……フハハハハハハハハ!!!!この世全てのオーヴァードは私が滅ぼす!!お前も、その娘も、ヌルも、UGNも、FHもゼノスも、何もかも私が滅ぼすのだァァァァッ!!」

彼の叫びと共に彼の体は溶けていく。

喰らい付いた黙示の獣の体も溶けていく。


溶けたそれは黒く濁ったヘドロの様な形状を取った後、巨大な塊として姿を形成し始めた。

「アレクシア、両脚で立てるか?」

「な、なんとか……」

稲本はそれを聞くとサスペンダーを外し彼女を下ろす。

その手に刀を創造し、その禍々しき存在に全神経を集中させる。

そして次の瞬間、

「っ……!!」

触腕とも言える影がその塊から解き放たれ、稲本に襲い掛かったのだ。


一之太刀で迎撃する稲本、だが一撃受けただけで刀は失われ再度創造を強いられる。

「離れてくれるなよアレクシア…………」

稲本にも先ほどまで強がりで見せていた余裕はもう無く。

ただ目の前の存在に目を向けていた。


果実か、植物をも思わせる歪な形の集合体。

全長は10mを超え、甲板の幅の半分はその体が占めている。

その中心から枝が生えた様に上半身だけを現すディセイン・グラード。

それはもはや凝縮され十分に熟した人の悪意、憎しみを体現している。


稲本は、この姿こそこの世における邪悪そのものと形容するに相応しいとまで思えてしまった。


「怖かろう?恐ろしかろう?」

ここから見えずともその顔が歪んだ笑みに満ちていることだけはわかった。

そして、その歪んだ笑顔が憎しみに満ちただろう瞬間、

「恐怖に溺れたまま、何も守れず死ぬがいい!」

放たれた無数の触腕。

「守り切ってやるよ……確実にな……!!」

その全てが今、稲本らに降りかかった……



—————————————————————

同刻 Y市上空


空に浮かぶ黒い塊。

バラバラという音と共に空の端から端へとかけていく。

正面には海が見え、もう時期朝が来ようとしているのか空の端は黒から青へと変わり始めていた。


そんな景色を正面に捉え、ヘリの操縦席で男は砂糖菓子を口に咥えていた。

海が近いこともあって揺れは酷い。

だがそんな中でも万全を期す為と再度武器を確認する。

「対地ミサイルよし、携行品についても問題なし。」

男は事務的に確認を終えると、改めて物思いに耽る。


「……どいつもこいつも、本当に人使いが荒い。」

思わずぼやきを口にする。

1年前の自分なら無かったかもしれない。ふとそう思うと興味深いとも思えた。


敵はかつて自分が滅ぼしたはずの組織、そして果たした筈の復讐。

今、俺はその続きを果たしにこの海を渡る。

だが、本当はもしかしたらそんなの建前なのかもしれない。


3時間前、少女から電話があった。

内容は『友達を助けてほしい。』だった。

普段ならそんな依頼は決して受けない。

それでも受けてしまったのは、きっと他の誰でもないアイツからの頼みだったからだろう。


きっと昔の俺のままなら復讐の焔にこの身を焼かれていただろう。

だが今は、そうなるつもりはない。

ただ純粋に、大切な人の願いを聞き入れたかっただけ、そう思えたんだ。


「…………全く、本当に人使いが荒い。」

言葉とは裏腹に、彼の口角は上がっていた。


そして今彼は、強大な敵をその目に捉えた。


今、かつて忌み名を背負った二人が集結する。


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