第11話 辿り着いた答え

薄暗い鉄の部屋の中、生けとし生けるものは青年と少女の二人のみ。

青年は傷を負いながらも決してその手を緩める事なく刃を幾度となく振るう。


「稲……本…………さん…………」

少女は自由に動かぬ体で必死に青年の名を呼ぶ。

「必ず助けるから……待ってろよ……!!」

青年は振り返らない。

正面から襲いかかる敵を全て排除する。少女にその汚れた手を触れさせぬ為。


剣を振るいながらも必死に頭を回転させ、少女を救う術を探す。

過去の記憶を、全ての経験を手掛かりにする。



真っ先に浮かんだのはあの日の事。


リコリスが拐われ、そして俺のせいで傷つき凶弾に倒れたあの日。

あの日を境にしてアレクシアは再び自らの意思で歩き、喋れるようになったのだ。


————ならばあの日起きたことを全て思い出せ。


凶弾に倒れたアレクシアを救ったのは藪さん。

あのとき藪さんが何かしたか?

いや、藪さんはアレクシアの命を救っただけだ。

付け加えるならば藪さんはリコリスとしても救おうとしていた。


それにその前にアレクシアは、アレクシアとして俺に声をかけてくれた。

ならば藪さんが処置する前だ。


思い出せ、思い出せ。



次々と襲いかかる影。

稲本は幾度となく返り血を浴びながらも目の前の敵を薙ぎ払う。

視界は赤に染まりながらも彼は手を緩めない。

幸いというべきは、その手に握った刀が刃こぼれさえも起こさない最強の一刀であることか。


一度後ろを振り返る。

少女との距離は目算で25m。

少女の体には小さな火傷の跡が。

アレは恐らく自らが放った雷によるものだろう。

このままでは、少女の身が持たない。


タイムリミットが刻一刻と迫る中、それでも彼は冷静だった。



あの時、何を境にしてアレクシアが表層に出てきた?


敵に眠らされた後か?

いや、俺を魔の手から救ってくれたのは確かにリコリスだった。


ならば、凶弾に倒れたのがきっかけか?

だがそれなら、何が引き金だった?


自らの知識では答えは出ない。

ならば専門家の出した答えが一番近いはず。


そうとなれば、藪さんの発言を全て思い出す。


『リコリスちゃんは眠っておるよ……』


何故あの日を境にしてリコリスは眠った?


脳をフル回転させ記憶を呼び覚ます。

ソートされた記憶から、藪の一言が思い起こされた。

『血中にいたレネゲイドビーイングが————』

ああ、そうか。

リコリスは血管内部に宿っていた。


だから血液が失われたことで絶対数を減らしてしまい、その意思が弱まったのだろう。


だがこれは解決策にはならない。

恐らくアレクシアの中のリコリスは増えていない。

口調やその雰囲気が彼女がリコリスではなくアレクシアだと物語っているから。

あくまでもレネゲイドの力を無理やり強めただけだろう。

つまり血液を奪ったところで彼女が力を失うよりも命を失う可能性のほうが高いことを示している。


ならば、レネゲイドの力を直接奪うのが有効打となるだろう。


だが、どうやって—————



屍の数が20を超えたあたりで稲本が片膝を突く。

「クソ……こっちも流石にスタミナは無尽蔵じゃあねえんだよ……」

少女との距離は18m。

もう時間はあまりない。

敵の数も減らない。


終わりが、それも最悪な終わりの形が見えてきた。

「稲本…………さ…ん……」

少女が口を開く。

「私……を……………置い……て…逃げてくだ……………さい……。」

とても辛そうで、苦しそうで、それでいて優しい声だった。

きっとこのままでは二人とも危ういことを悟ったのだろう。


だが、だからなんだって言うんだ。

「悪いが、生きるにしても死ぬにしても一緒だ。俺が巻き込んじまったんだから、な……」

決して置いて逃げたりしない。

俺の意思は決まっていたから。


正面の敵は3体。

同士討ちを避けるためかそれ以上は同時に送られてこない。

ならばスタングレネードで————


いつもの癖でポケットに手を伸ばした。

何も入ってないはずのポケット。

けれど、確かにその手に感触はあった。

「…………ああ、これなら行ける。」

確信を持てた。

この状況を打破する一手を、今見つけた。


「…………アレクシア、あともう少しだけ待っててくれ。」

覚悟を決めた稲本は、アレクシアに笑顔を向けた。

「ダ…メ……です…………逃げ…………て……」

「逃げねえよ。だって、君が言ってくれたんだろ?」


思い起こされるあの日の言葉。



『もう、誰も殺さなくていいんです。貴方は、誰かを助けていいんです、稲本さん。』



俺を救ってくれた、彼女の言葉。


ずっと迷い続けてきた。

ずっと悩み続けてきた。


俺は、どうしたいのか。

どう、守りたいのか。


その答えを、彼女の言葉が照らしてくれた。


長い道のりの中、ようやっとたどり着いたんだ。


俺が目指し、振るうべき刀のあり方に。


「俺は君を殺さない……。君に誰も殺させない……。」


だからあとは簡単だ。

ただ、俺は俺の守る刀で彼女に————


「君を、絶対に救ってみせる。」


応えるだけだ。



青年は地を蹴る。


音もなく、目にも見えぬその速さで。

「グラァァァァッ!!!!」

「月下天心流 四之太刀改—————」

影が繰り出されんとする。

だがそれよりも早く加速。

「"光風霽月(こうふうせいげつ)"」

「グギャっ……!?」

そして影が放たれるよりも早く三体をほぼ同時にして一瞬に切り捨てた。


敵はなく、今目の前には少女のみ。

「今行くよ……アレクシア……!!」

少女に向けて全速力で走る。

距離は僅か20m。

「稲本……さん……!!」

放たれる電撃。

それに合わせ月輪刀を空中へと放り投げた。

瞬間、全ての電撃はそちらに集中する。

「ビンゴ……!!」

避雷針が如く全ての雷を集める月輪刀。


雷の真下を潜り抜けるように接近する。

距離は残り5m。

歩幅にして5歩にも満たない。

ポケットからそれを取り出し、右手で構える。

月輪刀が地に落ちるとともに雷が稲本に落ちた。

それでも彼は止まらず、そして———


「っ…………」

「待たせて……ごめん……」

抱きしめるように、稲本はアレクシアの首にそれを突き刺した。


少女の首筋から流れ落ちる赤い血。

力抜け、崩れ落ちそうになった。

稲本は"注射器"を引き抜きながら少女を支えた。

「遅い……です…………よ…………」

涙まじりの笑顔で答える少女。

そのまま意識を失い、少女は静かに眠りについた。


即座に能力で止血し、少女を背負う。

稲本は片手で使い切ったレネゲイド抑制薬の注射器を仕舞った。

「…………ありがとな、藪先生。」


傷だらけの青年と、眠った少女。

二人の顔は、ただ幸せそうに、同じように笑っていた。


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