第10話 選択

夥しい光が画面を埋め尽くす。

画面の向こうには雷を放ったアレクシアと、その雷をモロに喰らい地に蹲る稲本の姿。

そして一人の老人が下卑た笑みでその画面を見つめていた。

「…………」

「おお、まだおったのか刃狼とやら。」

「万が一の時、奴を殺すように命じられているからな。」

「安心しろ、刃狼とやら。お前さんの仕事はないさ。」

老人は再度立ち上がる稲本を見て、再度口角を吊り上げた。

「奴には二つに一つしかないのさ。大切な人を自ら殺すか、それとも大切な人に殺されるかの二つのな。」


—————————————————————


雷により強く吹き飛ばされた稲本。

「…………カハっ」

引きつった呼吸器系の筋肉が元に戻り息を無理矢理吸い込もうとする。

咄嗟の防御行動により致命傷は免れた。

それも、アレクシアのギリギリの一言のおかげだ。

だが攻撃の主がアレクシアだとするならば、言動が一致しない———


さまざまな思考を巡らすが、それよりも早く黙示の獣の増援による攻撃が稲本に襲いかかる。

「感動の再会を邪魔するなよ……な!!」

稲本は自らに降りかかる影と獣を斬り払う。

アレクシアの電撃は近づかなければ喰らうこともない。

加えて彼女には機動力もそれ以外の武装も備わっていない。

近づかず襲いかかる獣さえどうにかすれば———


だが、その考えもまた遮られる。

「なっ……!?」

稲本の横をすり抜けた一体の黙示の獣。

一直線に背後へと走り抜け、影を放つ動作へと移った。

「まさか……!!」

稲本は即座に反転し刀を鞘へと納める。

「四之太刀……!!」

放つは『無月』。

威力は低くとも獣の足を止めるには十分な威力を持っている。

咄嗟の一撃は倒し切れずとも、


「ジャマ……スルナァァァ!!」

狙いを稲本へと定め影を放つ。

「クソ…………近すぎるんだよ!!」

背後にはアレクシア。

回避することも、迎撃も間に合わない。

「グッ……!!」

前方から繰り出される貫手。

稲本の腹をえぐり、レネゲイドを強引に活性化させられる。

血は滲み、シャツにベットリと赤い染みが付く。

「この……やろっ!!」

咄嗟に月輪刀を逆手に持ち変え獣の脇腹に突き刺す。

「グギャァァァァッ!!」

稲本はすぐさま刀を引き抜き、蹴り飛ばす。

「五之太刀……!!」

そして間髪入れずに突きでその獣を躊躇いなく屠った。


しかし背後から再度放たれるアレクシアの電撃。

「っ……!!」

先ほどよりも予測できていたおかげもありそのダメージは最小限に抑える。

「離れ……て…ください…………稲本………さん……」

掠れた声で稲本に危険を伝えるアレクシア。

稲本はこの様子に、心当たりがあった。


それは初めて彼女と、話したあの夜の事。

あの時も彼女は掠れた声で懸命に意思を、その想いを稲本に伝えていた。


————ならば、何が今の状況を作り上げている?


そんな状況で再び黙示の獣の増援が現れる。

「キリがねえな……!!」

「逃げ…………て…………」

「誰が逃げるか……!!」

稲本は少女の雷の届かない位置で立ち塞がる。

「グギャァァァァァァッ!!!!」

「っ………!!」

そして彼が今再び刀を抜いたその瞬間、ある記憶が蘇った。



かつて『13』を率いていたディセイン・グラードという男は"カスケード社"を利用し、黙示の獣というレネゲイドビーイング兵器を造り上げた。


オーヴァードを殺すのに最も適し、加えて死体から増産することのできる最低最悪の兵器。


だがその計画には加えて重要な事があった。


無差別のテロであるならば無秩序に破壊と殺戮の限りを尽くさせれば良かっただろう。

だが仮にも兵器である以上コントロールができる必要があった。


加えて『13』は非公式とは言えどUGNに属する部隊。

あまりにも人道に反すれば目を付けられ排除されかねない。


故に開発されたのがレネゲイドビーイングを自在にコントロールする技術。

特定の空間内であれば本人の意思などとは関係なくその体を自由に操る事ができる。


本質がレネゲイドウイルスの集合体という特徴を利用する事で作り上げられた、外道の研究成果だ。


俺もこのことは先生と、アイツの二人から聞いていた。

楓が黙示の獣にされ、アイツと死闘を繰り広げたという事も、だ。



だがここで、全てに合点がいった。



今アレクシアがまともに声を発する事ができないのは、その身体に宿るレネゲイドビーイングが体の動きを阻害するから。


そして彼女が俺を攻撃してくるのは、彼女が『13』の技術によって操られているから。


問題はこの全てが繋がったところで、解決策がそう出てこないという事だ。



「稲…………本…………さん…………」

アレクシアも徐々に口数が少なくなっていく。

力を使う事でレネゲイドに徐々にその思考を、意思を奪われていっている証拠だろう。

「待ってろ……必ず助ける……」

かくいう俺自身も傷を負い、ジリ貧になるのは目に見えている。


正面からは次々と現れる獣、後方からは徐々に徐々に近づいてくるアレクシア。

このまま時間を稼いだところでアレクシアがその意思を完全に乗っ取られるか、俺が死ぬかの二択である。


それでいてかつてアイツに聞いた結末は、想像に難くなく、決して実現したくないものだった。


「俺が死ぬか、アレクシアが死ぬか……選べって言うのかテメェは……」

言葉にも言い表せぬ怒りが宿った。

だがそれでも、たとえ怒りがその精神を掻き乱そうとも、思いは一つだった。


躊躇うな。

————もう誰一人死なせたくないんだろ?


迷うな。

————もう誰も殺したくないんだろ?


信じろ。

————お前には、守りたいものがあるんだろ?


刀を強く握りしめ、前方に意識を集中する。

「こいよクソッタレ……俺は、俺は…………!!」



幻聴だろうか、声が聞こえた。


『作一は、どうしてそんなに強くなりたいんだい?』


かつて投げられた問い。


あの日、一刀を以ってして答えた問い。


何故それが今聞こえたかは分からない。


けど、けれども—————


「ああ……そうだったな……先生。」


彼の精神は今研ぎ澄まされ、水面は穏やかであった。


「ようやっと見つけたよ。」


そして、彼は再度地を蹴り————、


「俺の、守る刀を。」


一閃にして全てを薙ぎ払った。


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