第9話 軌跡

午前3時半 Y市 港


夜の街の中を一台のバイクがけたたましい音と共に駆け抜ける。

港周辺の道は開けていて人も車もなく、優に愛車の最大限を発揮することができる。

腰には愛刀が下げられ、心は自分でも怖くなるほどに落ち着いていた。


「ここから一直線で行くのが……一番速えな……」

彼はそう呟くとハンドルを曲げ、道路の外へと出る。

正面には月明かりに照らされた海。

そしてその遥か先には、"原子力空母"が一隻。

彼はそのまま海に向けて一気にスロットルを全開にした。


あのメモに記された、"空母"という文字。

この刀を、バイクを用意してくれたあいつが見つけてくれた手がかり。

ジャンプ台を作り上げ、一気にかけ上げる。

「一気に……渡る…………!!!!」

全速力で走り抜ける。

もしかしたら距離が足りず海に落ちるかもしれない。

高さを取りすぎて落下死するかもしれない。


そんな考えも一瞬で塗り潰された。

ただ少女を助けたい、そんな思い一つが彼の思考の全てを、恐怖さえも掻き消してくれていた。

「行っ…………けええええええええ!!!!!」

一気に空へと駆け上がる。

高さは10mを超え、下を見ればやはり体が縮こまりそうな気がした。


だが、そんな余裕があるわけもない。

「敵さんも本気みたいだな…………!!」

空母から一斉に放たれる対空機銃に防空ミサイル。

「くっそ……人間をミサイルやらガトリングでで殺しに来るかって……ウロボロスじゃねえんだからよ……!!」

バイクの正面に防弾ガラス製の盾を生み出す。

ミサイルに対してはナイフを投擲し命中する前に爆破させ全てを受け止める。

「届……けえええええっ!!」

盾のお陰もあり速度は落ち、一定距離まで近づいた時に弾丸の雨はもう止んでいた。


そして強い衝撃と共に、バイクは空母の甲板に着地する。

サスペンションが全ての衝撃を受け止め切れるわけもなく。

「おおおおおおおっ!?」

着地と同時に稲本は身体を思い切り投げ出される。

「あっぶねえええええ!?」

ギリギリのところで受け身を取りほぼ無傷で着地した。

遠方に目を向けると、陸地は遥か遠く。

冷静になって自分がやった事はとんでもない事だと思い知らされた。


されどその安堵も束の間。

「っ……!!」

甲板に穴が開き、影が稲本に襲いかかる。

「こいつらが出てくるってことは……大当たりみたいだな……!!」

穴からゾロゾロと現れたのは黙示の獣。

「クワ……セロ……」

「……てめえらに聞いても無駄かもしれねえが、一応聞かせてもらうぜ。」

稲本は腰に下げたその刀に手を当てる。

「クワセロオオオオオッ!」

だがそれに答えることもなく獣たちは襲いかかってくる。

「そうか……じゃあ。」

対し稲本は臆すことも、慌てる事もなく、

「地道に探させてもらう……!!」

黙示の獣の首を一瞬にして、鮮やかなまでな太刀筋で斬り落とした。

「っ……シャァァァァァァァッ!!!!」

3方向から食らうように襲いかかる影。

「ダイエットを覚えた方が身のためだぜ……クソッタレ……!!」

稲本は瞬時にその全てを斬り落とし、もう一体に手を掛けた。


彼が手に握るその刀身は黒く、月明かりの中で仄かに光る様子からそれがいかに研ぎ澄まされているかがよくわかる。


「……っと、テメエらに時間を取られるわけには行かねえんだ……!!」

稲本は即座に後ろに振り返り、穴から中へと入っていく。


中は蛍光灯の灯だけで薄暗く、人の気配すらしない。

それでも、気配や勘だけを頼りにしてでも進むことを彼は心に決めていた。

この刀を、"月輪刀"を手にすると決めたときから。


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"月輪刀"、それは月下の剣の継承者達が代々引き継いできた漆黒の一刀。

その素材は鋼かどうかも定かではない。決して折れる事も刃こぼれする事もなく、錆びる事もなく300年以上16人もの剣士の手を渡り歩いてきたのだ。


それは例外なく、親父と先生の手も渡り歩いてきた。


あの日、先生と対峙したあの日、俺はこの剣を手にした。

戦いの後、改めて剣を抜こうとしたが俺にはそれを抜くことはできなかった。

何かが邪魔をするような、そんな感覚があったのを今でも覚えている。

でもあれは物理的ではなく精神的な問題だったのだと思う。


俺は、この剣を扱った者たちは相当な覚悟と決意をその手に握っていることを知っていた。

先生は弟子と師の尊厳を守る為、親父は二人の息子を守る為、二人はその命を賭してまで大切なものを守った。


俺には、何がある?

俺はこの、人々が紡いできた刀を授かるに相応しい人間か?

そんな疑問が浮かぶと同時に刀は重く、俺には引き抜けないものとなっていた。


そして答えが出ぬまま、今が訪れていた。


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「っらぁ!!!!」

次々と襲いかかる黙示の獣。

その全ての攻撃を月輪刀を以ってして捌き切る。

能力由来の武器ではない月輪刀ならば武器を奪われるというリスクを背負うことなく影を切り裂くことができる。

空母の中を彷徨うがやはり手がかりという手がかりはそうそう見つからない。

「一体どれだけ倒せば終わるんだか……」


途方に暮れそうになる。

だがそれでも重い足をまた前へと出す。

「ここで止まるわけには……いかねえもんな。」

当てもなく、ただその勘だけを頼りに彼は再度走り出した。


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3年の時が経ち、今俺はこの手に月輪刀を握っている。

覚悟も、信念もまだ定まったわけじゃない。

答えも、結局出ずじまいだ。


刃狼に対する答えも、先生に対する答えも、何もかもがまだ出ていない。


けど、仲間たちがここまで俺を導いてくれた。

命を賭して俺を送ってくれた。

ならば、応えなきゃならない。


俺も借り物ではなく、俺は俺の守る刀で戦うと決めたから。

もしかしたら間違いなのかもしれない。


それでも今だけは、何を、どんな手を使ってでも彼女を救うと決めたんだ。


だから、止まれない。


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「ここか……!!」

艦内の見取り図を手にした稲本。

その中で、唯一見取り図に記載されていない部屋を発見する。

無理矢理作られたと思しき隠し部屋。

中は暗いが、たしかに人の気配を感じる。

エンジェルハイロゥ特有の眼の良さを活かして奥へ奥へと進んでいく。


その最奥、鉄格子で区切られた部屋が一つ。

「アレクシア……!!」

そして鉄格子の向こうには両手、両足を拘束された彼女の姿が。

一気に駆け出す。


罠と言わんばかりに通気口から現れる2体の獣。

完全な奇襲。通常ならば反応できないだろう。

「邪魔……すんじゃねえよ。」

稲本はその奇襲さえも予期し獣が何かをする前に、一閃の太刀筋によって切り捨てた。


「今助けるから待ってろよ……!!」

鉄格子を藁が如く斬り捨てる。

鈍い音と共に地面に転がる格子の破片。

稲本は少女に近づき枷を破壊し少女を解き放つ。

「アレクシア……!!待たせてごめん………!!」

目を閉じた少女に必死に声をかける。

揺さぶっても反応する様子がない。

「起きてくれ……頼む……!!」


今にも涙をこぼしてしまいそうだったその時、唇が微かに動いた。

「アレクシア……!!」

そして次の瞬間、

「逃げ…………て…………」

「え…………?」

夥しい程の雷が、部屋を埋め尽くした。


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