第8話 出立

夜の戦場。

視界が定かでないその中、音は大きな情報として機能する。

その中で一人が地に叩きつけられる激しい音がした。

それはすなわち、一人誰か倒れたことを示していた。

「一人、倒れた……!!」

「バルログ……!!」

ドヴェルグは悔しそうに噛みしめながら霧崎へと銃口を向ける。

「お前だけでもこのまま……!!」

「え、嘘!?」


今まさに、銃口が火を噴こうとした。

その時だった。

「っ……!?」

腕にめり込んだ巨大なライフル弾。

音速を超える速度で放たれたそれは銃口を逸らし、霧崎の危機を救ったのだ。

「今のは狙撃……!?一体どこから!?」

放たれる次弾。

ドヴェルグはそれを回避するがこれ以上の追撃はできず。

「合流してくださいドヴェルグ。戦力の分配はこれ以上は危険です。」

「……了解。」

合流するドヴェルグ。

「ようやっと一人……!!」

優勢となったのは稲本らのはずなのに、消耗が大きいのも事実だった。


『聞こえますか、皆さん。』

その時、無線に少女の声が響く。

どこか落ち着いた冷静で、それでいて芯の通った声。

「この声……雨宮か!?」

『はい。こちら"ミスト"、皆さんを援護するため日本支部から派遣されてきました。』


雨宮凛、それは少女はかつて紫月らが助けた少女の名である。

そして彼女は今約500m離れたマンションの上から対物ライフルを構え皆を見守っていた。

『ここからは私も射撃支援します。一気に畳み掛けましょう。』

「彼女の言う通りね……このまま畳み掛けましょう……!!」

「ああ……このまま一気に……」

稲本も紫月に呼応するように構え、ドヴェルグらと相対しようとした。


不意を突くように頭を力強く叩かれた。

「痛゛っ!?」

「全くお前は馬鹿か……戦力的にはワシらの方が有利になったと言うのにここに留まるとか……」

「ドクター……!?」

稲本の背後から現れたのは、主治医の藪。

彼はいつも通り白衣を纏い、飄々とした立ち振る舞いで稲本の前へと出る。

「交代じゃよ。ここはワシらで引き受ける。」

「何言ってんだよ!?藪さんは……!!」

「舐めるなよ若造。これでも昔は前線で衛生兵をしてたんじゃ。自分の身は自分で守れるし、それなりの援護はできるつもりじゃ。な、いいじゃろ支部長?」


雲井は暫し沈黙を続け、思慮を終え答えを出した。

「…………いいでしょう。貴方の実力なら問題はない。」

「てことじゃ、お前さんはアレクシアちゃんを助けに行ってこい。」

「……ドクター。」

背中を改めて軽く押される。

それは心も一緒に押されたような心地だった。

「おっとこいつも持っていきな。」

彼から渡された一本の注射。

ペンの様な構造となっている、打ち切りの誰でも使えるタイプだ。

「これは……?」

「レネゲイド抑制薬じゃよ。これを打ち込めば黙示のなんとかだろうがお前さんのジャーム化だろうが何だろうと止められるじゃろうよ。」

「……助かる。」

稲本はそれをポケットにしまい、刀を砂へと戻した。


「彼を逃しちゃダメですよ!!止めてください!!」

「分かってる……!!」

「言われなくても……!!」

稲本を止めんと接近するマリアとドヴェルグ。

だがそれよりも早く二人を荊が遮り、赤き装甲を纏いし雲井が立ち塞がる。

「早く行きなさい……稲本!!」

「ここは私達が食い止める……!!」

「…………ありがとう。」

駆け出す稲本。

決して振り返りはしない。


信じてるから。

彼らが俺を信じてくれた様に、俺も仲間たちを信じてる。


ただひたすらに走る、走る、走る。

少女を救う為ひた走った。


そして門の付近に一台のバイクが置かれていることに気づいた。

一緒に置かれた一枚のメモと一振りの刀。

「……仕事が十分過ぎるんだよ。」

ほんの少し笑みを浮かべると、シートに跨りエンジンをかける。

いつも通りの軽快なアイドリング音。

それが何よりも心強く、何よりも心を落ち着かせてくれた。

「待ってろよ……アレクシア。」

スロットルレバーを一気に回し全力で加速する。

体が振り落とされそうになる。

傷口から体が切り離されそうな、そんな気もしてしまった。

それでも今だけは耐え、夜の街を一気に駆け抜けた……


—————————————————————


遠くから、けたたましいエンジン音が鳴り響く。

「行きましたね……」

「ああ、行ったみたいだ……!!」

依然苛烈な戦闘を繰り広げるN市支部のメンバーとレイヴン隊。

「ああ全く、予定外ばかりですよ!!」

スタッフは再度ミニガンを構え掃射の構えに移る。

だがそれを撃ち抜く一発の弾丸。

「クソ……スナイパーめ……!!」

『皆さんはやらせません。』

雨宮の放つ弾丸は的確にレイヴンの武装を奪い、皆への被害を最小限へと減らしていく。


「クソッ……この小娘にクソジジイ……!!」

そして紫月と藪の放つ化学物質によりマリアの視界は朧げになり、まともな戦闘を行うことも困難になる。

だが決して敵もそれを見逃しなどはしない。

「僕が止めます。」

再度ヘリに搭乗し二人の頭上に陣取るドヴェルグ。

「いやぁ全く、ワシらの仕事も楽じゃないのう……」

「それはそうでしょ……ドクター……!!」

紫月は荊で銃弾の雨を防ぐが、貫通するのは時間の問題だった。


「ここからならまともな狙撃援護も受けられないだろ……!!」

そして今まさにその守りが破られんとしたその瞬間、

「っ……!?」

ゴンという鈍い音がヘリの上部から響く。

と、同時にヘリは爆散し、ドヴェルグは宙へと放り投げられる。

「燃料タンクを撃ち抜かれた……一体どこから……!?」

着地の体制を取ろうとするが、それよりも早く彼の身体を一発の弾丸が撃ち抜く。

「っ……!!」

『命中。』

ドヴェルグはまともな着地をすることも防御をする事もできず地面に転がされた。


「助かったわ雨宮……!!」

『…………』

紫月の無線に対し、しばし無言でいた。

その数秒後、無線越しでも分かるほどに口を尖らせながら彼女は答えた。

『…………1発目は私じゃありません。礼は後でそちらに言ってください。』

「……なら、誰が?」

紫月が疑問に思っていたその中、遥か遠くで何かが光った様な、そんな気がした。


—————————————————————


戦場から約1km離れたマンションの屋上。

伏した男はスコープの先でヘリが爆散したのを確認する。


雷を宿した弾丸を燃料タンクに打ち込み引火させれば例え戦闘ヘリだろうと他愛もない。

加えて予期せぬ一撃ならば確実に隙も生まれる。

パイロットもその隙を撃ち抜かれ負傷した。

残るは議員の部下の女一人と参謀らしき男の二人。

あと数発の援護もすればこの戦いにケリはつくだろう。


そんな思考を巡らせながら彼は筒状のそれを口に咥える。

黒いパーカーにフード、その姿は闇に溶け一体化していた。

ただ彼の口からユラユラと浮かぶ白い煙、それが彼の存在を確かな物にしていた。

「……どいつもこいつも人使いが荒いな。」

不平を口にしながら彼は再度スコープを覗き込む。

照準を合わせ、躊躇いの一つもなく引き金を引く。そして間髪なくもう一度。


命中したかどうかも確認せず彼は立ち上がり、その砲身とも言える大きさの対物ライフルをケースに仕舞い込んだ。

「……さて、向かうか。」

彼は振り返り、一歩前に足を踏み出した。

と同時に、口に咥えていた筒状のそれを投げ捨てる。

「……やはり、電子は口に合わんな。」

彼はそう言うと紫色の箱を取り出し棒状の砂糖菓子を口に咥えた。


蒼眼の狼も今、因縁にケリをつける為動き出した。


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