第6話 再起

3月8日 18時


薄暗い、冷たい金属の壁で覆われた部屋でアレクシアは目を覚ました。

両腕両足は壁に拘束されまともに動くことはできない。

例え拘束具を外そうとも鍵のかかった鉄格子によって脱出はできないだろう。

それ以上に、彼女は青年の安否の方が気になりまともな思考ができていなかった。


「目を覚ましたか……。」

「っ……!!」

静寂を打ち破る声。

しゃがれた声と杖を突くカツン、カツンという音。

そのどちらもが不気味さを醸し出しながら少女に近づいてくる。

姿を現した老人は牢の鍵を開け、少女に近づく。

背後に稲本を倒したあの剣士を連れて。

「元気そうで何よりだ。」

「貴方達は、一体誰なんですか……!?」

「ゼロの……稲本作一の古い知り合いだよ。アレクシア・リリー・ヴェッツェル。」

銃創だらけで崩れたような顔面とボロボロになった身体がアレクシアの恐怖を覚えさせる。

加えてニヤリと笑う老人。その姿はあまりにも不気味でアレクシアの恐怖を際立たせた。


「ああ、それと稲本は生きているよ。彼が殺さぬ程度に痛めつけろという命令を守ってくれたからね。」

「っ…………!!」

老人から伝えられた稲本の安否。

心の何処かでつかえていたものが取れたような気がした。

「一体……何のために私を……!!」

「私は彼に、いや彼らに全てを奪われた。だから今度は私が彼らから奪おうと思ってね。」

「どういう――――」

彼女が続けようとしたその時、強い動悸がした。


「っ………………!?」

「そろそろ効いてきた頃か…………」

老人は満足げに立ち上がり、牢を後にしようとする。

「私に…………何を…………!?」

「何、大した事じゃないよ。少しだけ君の中で眠っているレネゲイドビーイングの力を呼び覚ましただけさ。」

アレクシアの感覚は徐々に失われていく。

義肢もいつも以上に重く感じ、意識は遠のいていくような気がした。

「安心しなさい。君の内に宿るレネゲイドビーイングに意識を持っていかれる事はない。君は、君のままで―――」

老人はニタリと笑い、

「稲本を殺すんだ。」

最悪の言葉を口にして牢を後にした…………


一人残されたアレクシア。

息は荒く、動悸が収まる気配もない。

「大丈……夫……」

そんな中でも彼女は心を強く持つ。

暗闇の中でただ一人、聞こえるのは己の心音だけ。

まともな精神ならばただの少女は恐怖で押し潰され、狂ってしまうのだろう。

だが、それでも彼女はその心を保っていた。

「きっと………来てくれます………よね…………信じて……ます…………」

たった一つ、されど大きな信頼が彼女の心を支えていた。

「稲本…………さん…………」

そして最後に彼の名前を呼び、少女は再びまぶたを下ろした……


―――――――――――――――――――――

3月9日 午前2時 病院


夜は更け、月明かりと街の小さな明かりが辺りを照らす。

青年はベッドから降り、ありとあらゆる管を外す。

政宗達が持ってきてくれた衣服に着替える。

点滴と共に藪特製の回復薬が注がれていたお陰か、多少体は鈍くとも痛みの大半は引いていた。

「……能力使用に異常はなし、と。」

刀を生み出し、それを砂に返す。

問題なく能力が使えることがわかった彼は、そのまま窓から飛び降りた。


勢いよく地面に着地する稲本。

周りに誰もいない事を確認し駆け出そうとした。

その時、

「っ……!!」

皮膚をも溶かさんほどの彼を熱波が襲い掛かったのだ。

「オイオイオイ、こんな時間にどこいくつもりだ、隊長?」

「全く持って予想通りでしたね。ま、それでこそ殺し甲斐があるんですが。」

「……さっさとやりましょう。」

彼の前に立ち塞がる3人の黒衣の男達。

外套に加え特徴的な形状のフェイスハイダーが彼らの正体を物語っていた。

「レイヴン……!!」

彼の前に立ち塞がるはアッシュ・レドリック議員直属の遊撃特務部隊。

そしてそれは、稲本自身が率いてきた部隊でもあった。


だが敵はレイヴンだけではない。

彼らの隣にいるのは議員の後ろに立っていた女性。

「ああ……どっかで見覚えがあると思ったが、エスケープキラーの『マリア・チェスノコフ』か……!!」

「あら、知っていて貰えたとは光栄だわ。」

エスケープキラー、それは彼女の二つ名でもあり、UGN、FHの両者から畏怖される所以。

その名の通り逃亡者を狩るUGN本部第4課の隊長を務めている。

加えて言うならば彼女はレドリック議員の狂信とも言える忠誠を誓っているのだ。


「抵抗しなければ楽に殺してあげるけど、どうする?」

「ちっと夜風に当たりてえからって外に出たかもしれないだろ?それなのに殺すってのか?」

稲本は軽口を叩きながらも殺気を鎮めることはない。

戦力を冷静に分析し突破口を探し続ける。

「ったりめえよ。議員からはアンタの処分の許可は降りてる。それに、俺はアンタとずっと殺し合いたかったんだからなぁ!!」

だがそれ以上にバルログが耐えきれず爪を作り炎を纏わせた。

「…………待てよバルログ。隊長にも死ぬ前に、理由を聞くくらいの権利はある。」

「ええそうですね。まあ理由と言っても、『13』に関する事件は機密事項。表立って貴方に動かれたら世間に広まってしまうから関わるなという命令を出したにも関わらず、命令違反をした、くらいですけどね。」

それに対して冷静なドヴェルグとスタッフ。

スタッフの語る理由は全てを表している。

故に稲本も理解はしていた。


だが、納得するはずもない。

「……聞くが、お前達は奴らを全滅するつもりなんだろ?」

「ええ、勿論よ。」

「……仮にその中に民間人がいたら?敵に捕らえられ、利用されてる人がいたらお前達はどうする?」

「そうね、邪魔をするなら殺すわ。」

「……そうか。」

彼はその一言と同時に、

「なら俺は行かせてもらう……!!」

円筒を正面に向けて投擲した。

眩しい光と大きな音、この二つが開戦の合図となったのだ。


「チッ……光に身を隠したか……!!」

「探せ、ドヴェルグ!!」

「アンタに言われなくても……!!」

ドヴェルグはヘリコプターを創造し空に上がる。

「いた……!!」

ドヴェルグは光の屈折を利用し隠れていた稲本を発見すると、容赦なく機銃を叩き込む。

「隊長、テメエはここで俺が殺す!!」

灼熱の爪を構え襲いかかるドヴェルグ。

炎の噴出と爪の連撃を組み合わせることで稲本の動きを的確に縫っていく。

稲本は刀で止めるが、強大な熱で刀が曲がり始めたのを察知する。


稲本は即座にそれを手放し距離を取る。

「貰った……!!」

頭上からミサイルを放つヘリ。

「それは俺のセリフだ……!!」

ミサイルを足場として駆け上がる稲本。

「五之太刀…………!!」

コックピット目掛け、必殺の太刀を構えた。


だが、

「っ……!!」

「残念だったわね?」

マリアによるレーザーともいえる光の一矢が稲本の右腕に傷をつけたのだ。

正確には、貫通する射線から稲本がギリギリで回避したのだ。

それでも痛手に変わりはない。

圧倒的な劣勢を覆すこともできない。

「隊長、諦めましょう。4対1じゃ勝ち目なんてあるわけないじゃないですか?」

少なくとも、スタッフという有能な戦術家がいる限りは無理難題の極みである。

「クソッ……何か……何か……!!」

そして稲本が再度立ち上がろうとしたその時だった。


「っ……!?」

「強力なレネゲイド反応……多数!?」

レイヴンらに向けて放たれた音の弾丸。

それは回避されど地を抉り、彼らを分断する。

「い、今のは……?」

「チッ……外したか……」

「4対1?そんなの冗談じゃないです。」

「悪いけど、こっちは6人でアンタ達と戦わせてもらいますよ。」

稲本の背後から姿を表す、霧崎、宮本、政宗の3人。


「貴様ら……わかってるのか、これは――――!!」

「命令違反、そんなこと知った事じゃないわ。」

「我々が仲間を見捨てろと言われ、黙って見ている訳もないだろう。」

続けて現れた紫月と雲井。

稲本は皆の登場に動揺を隠せない。

「何で……支部長に紫月に……霧崎やみんなまで……!!」

「こういうときこそ仲間を頼りなさいって言ったでしょ。どうせ、抜け出すとは思っていたけど。」

「…………面目ない、紫月。」

「君がアレクシア君の救出の要であるという判断を私が下した。」

「…………支部長。」


「おい稲本、さっさとやるぞ!!ってかやれ!!」

稲本に立つよう促す霧崎。

「……ああ。」

彼も静かに頷き立ち上がる。

その声色はどこか今までの彼よりも軽くなっていた。

きっと、胸のどこか奥で支えていたそれが離れたのだろう。

「支部長、マリアとスタッフをお願いします。」

稲本は澄んだ瞳で敵を見つめる。

黒い刀身をその手にして。

「分かった。霧崎君、君だけは稲本君についてくれ。」

「えぇー……何で俺がこいつと……」

「いやそこは渋るなよ!?」

とても気怠そうにする霧崎。

それに対していつも通りの返しをする稲本。

もう彼に、迷いはなかった。


「ゴチャゴチャとうるせえんだよ……!!」

炎を噴出し稲本と霧崎に襲いかかるバルログ。

「さっさと終わらせましょう……!!」

ヘリからミサイルで二人を狙い撃つドヴェルグ。


「ゴチャゴチャとうるせえのは……」

「テメエらだ………!!」

それらの全てが、斬撃と音の弾丸により一瞬にして撃ち落とされた。


「行くぞ、霧崎!!」

「ああ……面倒臭え……!!」


今、彼らの反撃が始まる。


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