第5話 謀略

「藪先生!!稲本さんが目を覚ましました!!」

聞こえてくる少女の声。

かろうじて動く眼球で辺りを見渡す。


天井が橙色だったのは、日が沈みかけ空を赤く染めていたから。

身体にありとあらゆる器具がつけられていたのはあまりにも重傷を負ったから。

「大丈夫ですか稲本さん!!分かりますか!!」

「そんな大声で言わなくても……分かるよ、真奈ちゃん…………」

「よかった…………!!」

安堵し息をつく真奈。

そして現れたヤブ医者こと藪先生。

「…………ったく、相変わらず無茶しおって。生きてた方が不思議だわい。」

「…………すみません。」

「アレクシアちゃんがこの姿を見たらなんと言うか…………」

その言葉でハッとする。

稲本は飛び起きようとするが、激痛が走った。


そして藪が取り押さえることで稲本は動きを止められる。

「バカチンが!!その怪我でどこに行こうとしとるんじゃ!!」

稲本は取り押さえられようとも抵抗し無理に起き上がろうとする。

「アレクシアが連れ去られた…………!!こんなところで寝てるわけには………!!」

「なら、支部長や紫月ちゃんに任せろ!!お前さんの仕事は今は体を治す事じゃ……!!」

「でも…………!!」

はっきりと耳に残っている。

刃狼の最後の言葉。


『『13』が貴様を、待っていると。』


それはつまり彼女が自分の過去の因縁のせいで連れ去られてしまった。

同時に仲間たちをこの一件に巻き込むわけには行かない。


「意識が戻ったと聞いて安心したよ、稲本君。」

「でも騒がしいわよ。怪我した時くらいは安静にしたらどうかしら。」

病室に訪れた雲井と紫月。

その後ろには霧崎と宮本、政宗の姿も。

「おうおう、いつもよりひでえことになってるじゃねえか稲本。」

「だ、大丈夫ですか稲本さん……?」

「ひどい怪我じゃないですか……」

その全員が大なり小なり怪我を負っていた。

それと共に事件のことを思い出す。

「……黙示の獣は?」

「皆んなの協力でどうにかなったよ。稲本君、君の迅速な通報のおかげだ。」

雲井の言葉で事件が収束したことは理解できた。

それと共に彼らが怪我を負ったことも。


だが、これで終わったわけじゃない。

「支部長……アレクシアがFHに連れ去られた……」

「……!!本当ならすぐに捜査員を出さなければならない。」

「ああ……だから俺も……!!」

「バカ言ってるんじゃないわよ!!あなた、何言ってるかわかってるの!?その怪我で戦うつもり!?」

「当たり前だ…………守れなかった俺の責任だ…………!!」

「こういう時は仲間を頼りなさいって言ってるのよ……!!彼といいあなたといい……!!」

紫月の怒声が病室に響く。

決して責任を追及しているわけではない。

仲間を想うが故の言葉だった。

「紫月君の言う通りだ。君は今は休むべきだ。」

「しかし…………!!」

雲井の静止さえも、稲本は突き返しそのまま立ち上がろうとした。


「悪いが、この案件は私達に任せてもらおう。」

言葉と同時に突如現れた西洋系の男性。

後ろにはブロンドの長髪の女性が一人。

「……貴方は誰?」

「雲井支部長と稲本君以外に用はない。部屋を出ていってくれたまえ。」

「誰と聞いてるのよ。人の病室にズケズケと入ってきて名乗らずに出て行けと言うのはあまりにも無神経じゃないかしら?」

「…………全く、霧谷はこのようなじゃじゃ馬のしつけも出来ていないのか。」

「……何か文句でもあるかしら?」

「さっきから黙っていればこの小娘……!!」

喧嘩腰に話す紫月とその男。加えて男の後ろに立っていた女性も怒りの沸点に達し、紫月に怒りを向けた。


「名乗らねえのはテメエの悪い癖だよ。アッシュ・レドリック。」

稲本が割って入るように、敵意をもって彼の名を答えた。

「アッシュ・レドリック…………中枢評議員とも言える方がわざわざこんなところに一体何を?」

「それを話しにきたんだが……」

「…………紫月もこの支部の要だ。他はまだしも3人で聞くくらい何も問題ないだろ。」

稲本は決して敵意を緩めずレドリック議員に提案する。

「……仕方ないな。だがそれ以外は出て行ってくれ。」

レドリック議員も折れたのか稲本の提案を渋々受け入れた。

「ほれ、皆んな外で待ってるぞ。」

「は、はい……」

藪はイリーガル達と宮本を連れて外へと出ていく。


「それでは、本題に入らせてもらおうか。」

レドリック議員は一枚の紙を取り出す。

きちんとした印の押された書類。

そこには、雲井達N市支部のメンバーの捜査停止命令が記されていた。

「……一体、これはどういうことで?」

「ここに記している通りだ。今回のこの一件では最高機密とも言える情報が関わっている。」

「故に君らではなく、我々中枢評議員直下の部隊が捜査するよう命令が出ているのだよ。」

「……つまり、私達は仲間を探すことすら許されないということかしら?」

「そういうことになるだろうね。」

紫月は敵意を抑えきれず雲井が必死に抑える。

レドリック議員は淡々と語るが、その冷淡さがより彼の非情さを物語っていた。


「加えて稲本君、君はこの案件には絶対に加わってはならない。理由は、わかってるね…………?」

「稲本…………?」

稲本はレドリック議員の問いかけにも、紫月の疑念にも答えはしない。

答えはしないというよりは、答えられないというのが正しかったのかもしれないが。


「私からは以上だ。何か質問は?」

「聞きたいことだらけだ。私としては納得もしていないし、理解もできない。それでもあなた方は答えてくれないのでしょう?」

「答えられる範囲は限られる。それだけは私の口からも言えます。」

「……なら、お引き取りいただきたい。私達は私達で話し合わなければならないことがあるので。」

「そうですか。なら、私達はいくとしよう。」

レドリックは席を立ち女性を連れそのまま部屋から立ち去ろうとした。

「議員、あんた達の目的は救出か?それとも、討伐か?」

その直前、稲本が彼に問いかけた。

議員は足を止め、しばらくの沈黙の後に答える。

「…………討伐だよ。救出なんてそもそも選択肢にない。」

「………………そうか。」

稲本はただ一言口にする。

それを聞き議員もこれ以上留まる意味もないと思ったのか振り返ることもなく立ち去った。



「……ねえ、稲本。話してはくれないのかしら?」

「ああ。仲間として、ちゃんと君の事を教えてはくれないか?」

「…………」

紫月、雲井からの問いかけ。

言えるはずもない。

自分はかつて非人道的な部隊に属し、その部隊との因縁がアレクシアを、皆を傷つけたなど。

ただ、これ以上隠すことが困難なのも分かっていた。

「…………必ず、この一件が終わったら話します。だから、待ってください…………」

「…………と言ってるけどどうする紫月君。」

「私に聞かないでちょうだい雲井。でもそうね、この件が終わったら彼も交えて話をするとしましょう。」

「…………ありがとうございます。」

稲本は辛うじて動く範囲で頭を下げる。

身体には激痛が走るが、それでも今だけはその痛みは些細なものだった。


二人もそれを理解していたからか、一度席を立った。

「私達は私達で動く。明日以降、また戦闘以外で手を貸してくれ。」

「……了解です。」

「じゃあ、また明日。」

「……ああ、また明日。」

二人は部屋を出て行き、彼は病室に一人となる。


誰一人近くにいない事を確認すると机に置かれていたケータイに手を伸ばす。

打ち込む番号。

発信ボタンを押すと呼び出し音が流れ、それがしばらくの間続いた。

30秒ほどの時間の後、呼び出し音が消えた。

電話の主は何も答えない。

彼もそれに動じることはなく、ただ一言口にした。

「……お前に頼みたい事がある。」

電話の主は何一つ答えない。

そのままブツリという音と共に電話は切れた。

ただ、それでいても稲本はどこか安堵したような表情をしていた。


彼は一度ベッドに横たわる。

だが水面下で、彼の反撃は既に始まっていた。


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