第4話 昏迷
舞う砂埃、雨が如く血飛沫が地面に飛び散る。
「稲本さん!!」
「っぐ……!!」
身体に刻まれた3本の線からは絶え間なく血が流れ落ちる。
「逃げ……ろ……アレクシア……!!」
掠れた声でアレクシアに逃亡を促す。
「稲本さんも……!!」
「頼む……わかって……くれ……俺は……もう……!!」
稲本は立ち上がり、再度技を放たんとする。
本来ならば身体はもう動かない。
終之太刀を放てば反動で骨は軋み、肺は破れる寸前である。
加えて、傷が彼の動きを阻害する。
刀は折れ、創造の力も尽きかけている。
辛うじて残る最後の力で刀身を修復し、鞘に納める。
彼の目にも、勝ち筋はもう見えない。
それでも、彼はまだ戦う。
せめて少女が逃げるまでの時間を稼ぐために。
「まだ倒れぬか。」
「当たり……前だ……!!」
刀は幾度折れていようとも、心はまだ折れていない。
「月下天心流……六之太刀改……!!」
「ほう……これは……」
一歩踏み出し、剣を鞘から一気に引き抜く。
かつて見た、師の残した最強の連撃。
「朧月………………ッ!!」
「悪くはない。だが、」
だが、それさえも届かず。
振り下ろされた刃に最後の一撃さえも砕かれ、
「終わりだ。」
「ガッ………………」
それと共に、二本の刃が稲本を串刺しにした。
「稲本さん……!!」
「逃げ…………ろ…………アレクシ……ア……」
少女の叫びに対し、稲本は声にならない声で少女に逃亡を促す。
全てを言い切る前に稲本の体躯は地に投げ捨てられ、飽きた人形がごとく地を転がされた。
臓物ははみ出、地面に打ち捨てられる形で放置された。
彼の視界も暗くなる寸前。
その視界において少女はあまりのことに口を押え、その光景に耐え切れずその場で意識を失い崩れ落ちた。
「やめ……………ろ…………」
人型に戻り、倒れたアレクシアを抱える刃狼。
稲本は必死に手を伸ばそうとするが、肩から先が微動だにしない。
「彼女を……放………………せ……」
刃狼は振り返らず、もはや稲本自身に興味を失ったかのようにその場を去っていく。
「………小僧、上からお前への伝言だ。」
「…………」
答えることもできない。
だが、耳を塞ぐこともできない。
薄れゆく意識の中、少しでも手掛かりを得ようと神経を集中した。
だが、刃狼が口にしたのは、
「『13』が貴様を、待っていると。」
「『13』…………………だと…………?」
思いもよらぬ単語だった。
『13』、それは黙示の獣を生み出したものであり、稲本がかつて属した部隊の名である。
同時にそれは3年前、稲本作一、黒鉄蒼也、陣内劔の3人によって滅ぼされた筈だった。
その後は存在しなかったものとして記録から抹消されたはず。
つまり、この男が知る由は無いのだ。
————ならば、誰が?
思考を巡らすが、もはや意識は風前の灯。
何を考えようと、何を推察しようと全ては微睡の中に飲まれていく。
「アレクシ………………ア………………」
そして意識が切れる最後の最後まで、彼は少女の名を呼び続けていた…………
—————————————————————
青年は、ビルの屋上に立っていた。
空の半分はまだ黒に覆われ、もう半分を覆う雲は朝日の赤口に照らされていた。
先ほどまでの傷はなく、身体も自由に動く。
そして、目の前にはもう一人の青年が立っていた。
「先……生……?」
その問いかけにその人は答えず。
代わりに刀を納め、抜刀の構えを取る。
それこそが答えと言わんばかりに。
「どういうことだよ…………俺に、戦えって言うのか…………?」
稲本も応えるように刀を納め、抜刀の構えを取った。
刹那、二人は中心で刃を交える。
ぶつかり合う一之太刀と一之太刀。
これは、まるで三年前の再現だ。
そう思わざるを得ないほどに目の前にいる先生の太刀筋はあの時と同じだった。
繰り返し交錯する二つの刀。
「見えた……!!」
稲本は陣内の一撃を受け流し、ニ之太刀を繰り出す。
だがもはやそれに合わせて放たれるかのような脇差による一撃。
懐に入り込まれた稲本の太刀は大きなダメージを与えられず。
脇差は深く稲本の腹部を突き刺した。
「……ってえ。」
3年前の戦いと同じように、彼は本気で稲本を殺しに来ている。
彼も本気で相対しようとした、その時。
「…………そんなものかい、君の守る刀は?」
問いかけてきたのだ。
まるで、今も生きているかのように。
「迷いも、恐れもある。君の守りたいという想いは、その程度だったのかい?」
「こんなもんなわけないだろ………!!」
稲本はその手に持つ刀の刀身を黒に染め上げ、再度斬りかかる。
「今までの君には殺すべき仇がいた。守りたいと思える大切な人がいた。だからあの日君は僕を超え、すべてを守り切ったんだ。」
「ああそうだ……アンタという仇が、目標がいたから…………椿や天という守りたい人がいたから…………俺は…………!!」
更なる猛攻を加える稲本。
それでも陣内は表情一つ変えずその全てを受け流すのだ。
刹那、
「二之太刀————」
「っ………!!」
その猛攻の中でさえも陣内はカウンターを繰り出したのだ。
稲本は回避をするが、圧倒的な優勢は失われ、再度中立へと状況は戻る。
「確かにあの頃の君は守るものも、倒すものも見えていた。でも、それならね———」
「あの日その全てを失った君は、何のために刀を振るう?」
「……それは。」
「君の剣は、その刀は、正義は、何の為だい?」
答えられる筈だった。
あの日答えたように。
大切な人達を守る為だって。
なのに、答えが詰まってしまった。
喉の奥で引っかかるように、どれだけ吐き出そうとしても答えが出なかったんだ。
「俺……は……!!」
剣を納め終之太刀の構えへと移った。
答えから目を背けていただけなのかもしれない。
————だって今の俺の刀は、
「…………六之太刀改」
「ッ…………!!」
放つ前に打ち砕かれた彼の刃。
それは心の迷いが故なのか、折れた刃は小さな音と共に地面に転がった。
「……今の君の刀では勝てない。僕にも、あの男にも。」
「…………でも、じゃあ何が正しいって言うんだよ…………!!」
泣きじゃくる子供のように想いを吐き出す。
「俺は何もかも失った…………もう何も失いたくない…………何も奪わせたくない…………だから俺は、『誰を殺してでも、自分を殺してでも大切な人を守る』…………それが、俺の正義………守る刀だったんだ……!!でも……それじゃ……」
陣内は刀を納め、静かに近づいてくる。
そして言葉をかけた。
「でも君自身は、誰一人として殺したくないんだろう?」
先ほどまで争っていたとは思えないほどに彼の声は優しく、稲本の心に直に触れていた。
「それにその守る刀は、僕の守る刀"だ。そして僕の守る刀は、あの日君の守る刀に敗れたんだ。」
「でも…………」
「君自身がどうしたいか、どうありたいか、もう一度振り返ってごらん。
彼は振り返り、そのまま去ろうとする。
「先生………!!」
「君が"護るべき、信じるべき正義"を見つけた時、また会いにくるよ。」
視界は徐々に白け、彼の姿は薄れていく。
「待ってくれ……先生……!!」
「大切な人を守る為に剣を振るえば、君が負けることはないよ。」
笑顔で消えていくその人、稲本は必死に手を伸ばした。
—————————————————————
「先…………生………………」
橙色の天井の下、目を覚ます。
身体には管という管が、口には呼吸器がつけられていた。
そして身体には、敗北の印とも言える傷が大きく刻まれていた。
続
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