第3話 純度

拓けた通りで幾度となく斬り結ぶ二人の剣士。

音の一つ一つが鈍く、それでいて重い。

「っ……!!」

二刀流の剣士、『刃狼』が放つ連撃。

その一つ一つが稲本の身体を軋ませ、彼の体制を崩していく。

「今だ……!!」

「っ……!!」

稲本は一撃を受け流し、すぐさま納刀した。

「一之太刀————!!」

放つ一撃、二本の刃を通す事は出来ずとも攻守が一転した。

「まだ…………だァ!!」

繰り出すソバット。

二刀の守りは崩せずともそのまま守りで固める。

「五之太刀改————」

同時に再度納刀し、

「雪月花————ッ!!」

抜刀術にて二本の刀をへし折ったのだ。


『雪月花』は、『暁』の"弱点"を貫くという性質を応用し、線で捉え切り裂くという技である。

現に彼は二本の刀の弱き点を一太刀で斬り裂いたのだ。

「刃を砕くか……面白い。」

「畳み掛ける……!!」

連続で斬りかかる稲本。刃狼は折れた刀でその全てを受け流す。


そして稲本の一太刀を折れた刀で挟むように受け止め、そのまま奪い取る。

「くっ……!!」

「貰うぞ。」

稲本は即座に距離を取り刀を創造する。

だが投げつけられた折れた刀。

稲本は弾かんとしたがそれさえも勢いを殺す事は出来ず。

彼の持つ刀は再度宙に浮き、二本の刀が刃狼の手に握られていた。


「クソッたれが……あの時となんも変わらねえじゃねえか……」

稲本は息を乱しながらも目前の敵から目を離さない。

彼が一度ではあるが、刃狼と刃を交えた事があるからこそである。


前回の戦いではあと一歩及ばず。

その剣先は喉元に迫ったが、掻っ切るまでには至らなかった。

それこそ、様々な索や奇襲を駆使してようやっとだったのだが。


今回はすでに自らの手の内は開けている。

長く戦えば戦うほど不利になる。

「今だけでいい……手を貸せ…………!!」

稲本は構えを変える。

いつもの自由な構えから、鏡鑑が如き戦闘、いや殺人に特化した構えへと変えたのだ。


それは即ち、殺しに特化したもう一人の人格が現れたことを示していた。


そして地を蹴り一気に加速する。

「速度を上げてきたか……」

目にも留まらぬ速さで抜刀する。

先ほどよりも威力を上げ、速度を上げて振り抜いた。

「それでいて尚、この威力を維持するか。」

刃狼の守りの片割れを弾く。

振り下ろされるもう片方。

だがそれが下ろされるよりも早く稲本は距離を取っていた。

「三之太刀————」

カウンターを予期したフェイント攻撃。

本来ならば読み合いの中で放つ三之太刀。

それを"相手の動きを見てから"変えることができるのは、稲本の目が優れていることに所以する。


そして振り抜く一刀。

だがそれも弾いたはずの守りによって防がれた。

加えて挟み込まれた稲本の太刀。

「っ……!!」

身動きが取れなくなる前に下がりながら円筒を投擲する。

円筒は光と音を撒き散らしながら炸裂し、刃狼と稲本の感覚を剥ぎ取る。


稲本は残った感覚を頼りに再度駆け出す。

刃狼も奪った3本の刀を巧みに操り守りの構えをとる。

決してこの勝機を逃すわけにはいかない。

故に構えるは必殺の五之太刀。

守りを打ち砕く、一点突破の一撃を

「これで————ッ!!」

今放った。




動きが、止まった。

「速さ、威力、感覚、どれも悪くない。」

「っ……!?」

二本の刃を砕くことはできても、脆き点を突こうとも、"威力を相殺されれば"敵を貫くことはできない。

「だが、」

「ぐッ…………!?」

叩き込まれた蹴り、その威力に耐えきれず稲本は吹き飛ばされた。



「……足りんな」

「んだと……?」

落胆混じりの表情で口にした刃狼。

稲本はよろめく身体を刀で支えながら敵意に満ちた眼で刃狼を睨み続けた。

「お前の剣には"純度"が足りない」

「純度……?」

「そうだ。」

理解ができぬ稲本の疑問に答えるように刃狼は続ける。

「技量は申し分ない。"今は"最上に至らずとも、"いずれ"至る器にある。剣筋は鋭く、動きに無駄もなく、常に剣先は急所を捉えている」

「だったら……何が足りねえって言うんだよ……!!」


振り下ろす刃、それは刃狼の剣に受け止められ、鈍い音とともに速度を落とす。

「”闘志”の純度だ」

「闘志……だと?」

「お前の剣に落ち度はない。……しかし、それを振るうお前自身の闘志が薄すぎる」

『少なくとも、俺に届くには』と付け加え、強く刃を弾いた。

だが稲本はそれでも臆さず、怯む事なく再度刀を振り抜いた。

「小僧。お前はなぜ戦う?何故刃を振るう?」

「アレクシアを守るため……大切な人達を守る為……!!貴様らからみんなを守る為——!!」

「それが、"間違っている"のだ。」

「…………え?」


動揺から、動きが刹那なれど止まってしまった。

「闘うのならば、『闘うため』に『闘うべき』だ。闘うことを目的として闘うべきだ」

「…………」

「”誰かのため”、”夢のため”、”平和のため”、”金のため”、”組織の為”………つまらん、お前の戦いは『代用品』でしかない」

「代用、品……だと……?」

「あの娘を守りたいと言ったな。そのために戦うと言ったな?」

「ああ……!!貴様らからアレクシアを……!!」

再度心を奮い立たせ、今刃を振り下ろす。


「ならなぜあの娘を連れて逃げない?」

「………!」

「あの娘を連れて逃げればいい。異国でもどこにでも。誰かに助けを求めればいい。お前より強いやつは幾らでも居るだろう。お前が戦う必要はない、守るのが目的ならばな」

「そ、れは……」

図星だった。決して自分の実力がこの世で一番と言うつもりもない。

何より、俺はまだ"あの人"を超えることもできていない。


「『守るために』、『必ずしも戦わなくてはならないわけではない』。『戦いたくない』のであれば『戦わなければいい』。事実、ほとんどの人間は闘いを避けて平和に生きている。お前が戦うのはあの娘とは別の理由だ」

「違う……!!俺はあいつを守りたい……!!」

「思っているんだろうな、それは否定せん。……だが、『他の理由』があるのも確かだ」

「………っ」

悪夢が蘇る。

『殺すのを、我慢してるんだろ?』

奴の言葉と共に、もう一人の俺の声が。


「『守ること』に対する純度も低い、『戦うこと』に対しての純度も低い。仕方なく振るう剣、他の何かに気を取られながらの思考……

そんな刃では俺には届かん」

「俺は……ッ!!」


稲本は距離を取る。

最大最速の一撃を放つ、その間合いを取るために。


納刀し、全ての感覚を敵に集中する。


迷いがあるのも、どっちつかずの気持ちがあるのも事実だろう。

それでも、負けられない。

守るべきものがあるから。

後ろで、大切な人が待っているから。


何を言われても、止まるわけにはいかない。

「月下天心流 終之太刀…………!!」

俺とあの人の、願いを否定なんかさせない……!!

「月下————」

だから……!!


放つは神速の一太刀。

目にも見えず、音にも聞こえぬ、最強の一撃。

決して防げず、躱せぬ、至高の一太刀。


「明光斬————ッッ!!!!」


今、持てる限りの全てをこの刃に乗せて振り抜いた。



訪れた刹那の静寂。

交わり合った刃と刃。

軋む骨と、鉄の音だけが世界を支配した。


だが、それでも、


「守り切るにも、俺に勝つにも、お前には”純度”が足りない。故に………」


全てを載せた一撃であったとしても、


「…………ッ」

「お前では、俺に勝てん。」


あの男には、届かなかった。




稲本の手には折れた一刀。

身体には3つの赤い線。


そして彼の視線の先には、


4つの腕を有した戦馬が如き、異形の剣士のみが映っていた。


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