17

 狭いには狭いが窮屈というほどでもない道を、三人で進む。こうもあっさりと隠し通路を発見したナターシャの鋭敏さに、私は改めて驚いていた。

「なにか仕掛けがあるはずだって、言おうとしてた」

 しんがりを務めるエスベンが発する。

「仮にあったとしても、わざわざ相手の用意した仕掛けに乗ってやる必要もないでしょう」

「それはそうだけど。物理的に突破するとは思わなかった」

「道が無ければ切り開く――物理的に。それに昔から、面倒くさいのは嫌いなの」

 はは、とエスベンが短く笑った。親愛の情を感じさせる笑みだった。

 通路は再び、鍾乳洞めいた様相を呈しはじめた。カーヴや分岐が頻出し、また視界も悪い。足許の凹凸に躓かないように意識を張れば、今度は頭上の出っ張りにぶつかりそうになる。ナターシャのように特別な感覚を有しているでも、エスベンのように洞窟に慣れているでもない私にとっては、途轍もない重労働である。

「さっきの竜は、私を襲った石像の仲間かな」

「本質的には同じだと思います。ルエルは石切りの民。作り上げた造形物を使役する術は、昔からありました。しかしあれだけの規模、あれだけの精度と持続力のものは、僕が知る限り例がありません。姉が手に入れた力というのはおそらくそれでしょう。姉は石の怪物を量産して、外界に打って出るつもりなんだ」

 エスベンの口調は、彼らしからぬ戦慄を帯びていた。私もまた背筋の震えを意識した。あの巨竜を――量産?

「材料はそれこそ無限にありますし、倒されたところで痛くも痒くもない。石の巨獣で攻め込み、侵略が終わったら解体して新しいルエルの拠点を作る。カリストフィアじゅうを石だらけの荒野に、廃墟に変えてしまえば、ルエル以外の誰も生き延びられなくなる。やがては他の生き物もすべてルエルに取り込む。交わって子を産みさえすればいいんですから」

「そんなこと――」

「石を離れては生きられないなら、世界じゅうを石で満たしえてしまえばいい。環境が激変すれば弱さは弱さではなくなる。血のさだめは呪いから祝福になる。やっと見えてきた――それがヒドゥルの構想なんだ」

 興奮気味にそこまで語り切ると、彼はいったん沈黙した。やがて慎重に、

「ナターシャは確かに一体を倒した。フィンチ家にはきょうだいたちも、奥方さまもいる。それでもひたすら数で押せば受け止めきれない。まして他の種族ではまったく太刀打ちできないだろう。僕らで秘密を突き止めて、いま潰すしかない」

 足場がより不安定になった。どこからか水が滴ってくるらしく、ところどころ濡れている箇所がある。壁や天井は艶めきを増して、てらてらと輝いていた。

 崩れた石塊の山を避けると、通路が途絶えて広まった空間に出た。足許は黒々たる水面である。一見すると静かに凪いでいるようだが、どれほどの深さがあるのかは判然としなかった。ただ闇のように見えた。

「私だけなら天井を伝って進めなくもないけど、ふたりを抱えてだとちょっと難しそう。私が先に行って、糸を垂らして――」

「ナターシャ。最初に言っておくけど、僕は、というかルエルは基本的に泳げない。水に長く浸かっていられる体じゃないんだ。柚葉さんは?」

 一段低まった位置にある水を見下ろしながら、私はかぶりを振った。泳げる気はまるでしなかった。そもそも安全な水だという確証もないのだ。あの澱んだ色味からして、人体に致命的な毒物が混入しているかもしれない。

「泳いでもらおうなんて思ってない。糸を張り渡して足場を確保して、ひとりずつ順番に引き上げて運ぶ。時間はかかるけど」

「なるほど。でもそうすると、ひとりはここで待たなくちゃいけない。君がいないあいだに誰かに襲われたら、ひとたまりもない。僕らを糸で縛って、ふたり同時に運べないかな」

「不可能じゃないけど、それはそれで危険が大きい。ふたりを安全に運ぶにはまとまった量の糸がいるし、糸にも私の機動力にも限界がある。途中で立ち往生したら、下りるに下りられない。蜘蛛も水は苦手なの」

「そうか――そうだね」

 名案を求めて考え込みながら、私はなんとなく水路の先を眺めていた。はっとした。薄暗がりの中に、漫然と漂う影を見とめた気がしたのだ。勘違いかと思ったが、目を凝らしていると徐々に近づいてきた。水に浮かんでいる――小舟?

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