6

「奥方さま」

 と私は呼びかけた。息を吸っては吐き、それから勢い込んで、

「問いに回答します。ただ――答えだけを一言で述べるのではなくて、考えたことをひとつずつ、順番に話していきたいんです。そうさせてください」

 私はそこで言葉を切り、またナターシャを見上げた。大丈夫、光の数は変わっていない。確信が漲っていく。

「あら、そう。もちろん、どうぞ」

 と短く奥方。私は頷き、

「ありがとうございます。ではまず、私にとって、もっとも危険な条件――掟についてです。最初は、機嫌を損ねてはいけないとか、非礼を働いてはいけないとかいった、一般的な礼儀作法だと思い込んでいました。でも考えてみれば、それはフェアではありません。ある意味、あなたの匙加減ひとつで決まってしまうのですから。遊びの一族の掟なのだから、もっと厳格な基準が必要なはずです。ルールと言ってもいい。あなたでも、ナターシャでも、もちろん私でも、同じ判断ができるような」

「なるほどね。続けてくださる?」

「はい。そして公平さを保つためには当然、掟はなんらかの形で来客に知らせておかなければなりません。ではいつ、どのタイミングで告げられたのか。屋敷に入ってすぐ、それからもちろん、家の主たるあなたの口で直接、です」

 私はいったん首だけで背後のドアを振り返り、それから奥方に視線を戻して、

「好奇心は望ましくない結果をもたらす。この部屋に来る前に、天井から聞こえてきた声です。おそらくあなたの子供たちの誰かでしょう。脅し文句を装ったわけですね。あなたの口からはこうでした――穿鑿好きは長生きしない。こちらも怒った演技の最中に発したものです。フィンチ一族の心得であるとも、あなたは言いました。これらから判断できるフィンチ家の掟とはなにか。質問をするな、です」

 奥方は黙っている。揺らめく気配の妖しさが、僅かに増したように思えた。

「より正確に言えば、来客たる私は、フィンチ家の奥方さまに対して、八回以上の質問をしてはいけない。単純きわまりないルールです」

 ふふ、と奥方は声を洩らした。陶然たる笑い声だった。

「そのとおりです。でもまだ、あなたが勝ったわけではない」

「ええ。あなたが仕掛けてきたのは、フィンチ一族の正体を当てるゲームでした。もっとも有利に事を運ぶなら、八回の質問はすべて、正体を特定するために使うべきでした。ところが私は、あなたとの会話のあいだに、ひとつ残らず消費してしまった」

「それはお気の毒。だからといって、今さら条件を変更したりは致しませんよ」

「分かっています。それに――不利ではあっても、私はまだ負けてはいません」

 床から伸びた黒い腕たちが、私の顔の周りでふざけ合うように蠢く。

「では、どうぞ。最後まで拝聴いたしますとも」

「真っ先に浮かんだ答えは、幽霊でした。幽霊の一族。でもあなたの言葉に照らすなら、これは否定されます。噛み、爪を立てる。つまりは実体があるということです。単に私の目に見えていないだけ。暗闇に姿を隠すのが得意な生き物です」

「わたくしたちは死者ではない、と」

「死者ではありません。生き物です」

 私は少し間を置いてから、

「踊り場に、不思議な絵が飾ってありました。なにを描いた絵なのかは今でも分かりません。でもあまり関係ないんです。重要なのは、なんの絵か、ではなく、なにによって描かれた絵なのか、なのですから。あれは高度な技術で織られた絵織物です。作者はナターシャではないか、と思っています。訪れた音楽家に、弦楽器の弦を提供したのも彼女でしたね。つまり糸を扱うことに長けている。いまこの椅子に私を縛りつけているのも、その同じ糸です」

 座ったまま、手足を幽かに動かした。硬い縄が締め付けてくるような痛みはない。柔らかな布のような弾力性がありながら、引きちぎることのできない頑丈さを有してもいる。そういう素材だ。

 私は姿勢を正してから、

「それから奥方さま。あなたは蜥蜴のような生き物を嫌っていると聞きました。単に気味が悪いからではないはずです。あなたたち一族にとって、蜥蜴は敵だからでしょう」

「その名前を聞くのも忌々しい。ええ、仰るとおり」

 私は机の下で拳を握った。

「以上を総括します。暗闇に紛れ、子供が大勢で、光る眼を、牙を、爪を持ち、糸を自在に操り、蜥蜴を苦手とし、そして八という数字に深い関係のある生き物が、あなたたちの正体です。フィンチ一族は――蜘蛛です」

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