第五話 反撃


 白銀の粒子が花開く。


 花弁の中心には純白の騎士、アルヴァリス・ノトーリア。


 膨大な理力が空気中の分子を励起し、そこから放たれる光は柔らかく温かみを感じる。




 相手の異変に思わず様子を見る竜種。それと対峙するユウとアルヴァリス・ノトーリア。一瞬の睨み合いの後、両者は再び大地を蹴った。


 竜種は自慢の牙をその白い装甲に突き立ててやろうと、地獄の門のような大口を開ける。一直線に突進してくる人型は、しかしその牙の餌食となることはなかった。ガチン、と鋭い牙と牙が噛み合ったそこにアルヴァリス・ノトーリアはいなかったのだ。


「こっちだ!」


 ユウの咆哮と共に、白い理力甲冑は竜種の背後に回り込みながら大剣を振るう。赤い鮮血が迸り、パックリと傷口が開いた。


「まだまだ!」


 機体全身に取り付けられた姿勢制御用スラスターが猛烈な圧縮空気を噴出し、空中で自在に機動を変更させる。オーガ・ナイフの鋭い太刀筋が白い光の軌跡を残しながらアルヴァリス・ノトーリアは次々と斬撃を繰り出していく。


 たまらず竜種は唸り声を上げながら前方へと跳ねるようにして逃げる。だがそれを逃がすまいと追撃するユウ。


 しかし、反撃の時を待っていたとばかりに竜種は再び太い尾をムチのように振るい迎撃する。その先端は音速を越え、さしものユウでも反応が遅れ――――


 ……ダァァアン……!


 尾の先端がアルヴァリス・ノトーリアを捉える直前、一発の銃声と共に弾け飛んでしまった。肉片と鮮血が飛び散り、槍の穂先のような先端がボトリと地面をのたうつ。


「クレア!」


「ユウ、援護するわ!」


 見れば、ホワイトスワンのハッチには淡い水色と白色を纏った理力甲冑が。その両手で抱えるように構えているのは対魔物用大型ライフル、ブルーテイル。クレアが駆るレフィオーネ・アエラだ。


「私もいることを忘れんでほしいな!」


 無線に聞こえてくるのは燻し銀。視界に映るは目にも止まらぬ神速の剣技を操る理力甲冑。


「キネン隊長!」


 通常の緑灰色に両肩を赤く染め上げたステッドレイズ。キネン隊長の乗機は理力エンジンを唸らせ一気に間合いを詰めた。一振りの刀を一息に振り抜き、地面に竜種の血が飛び散らせる。今の一瞬で何度斬りつけたのか、竜種の全身には無数の刀傷が刻まれていた。


「ユウ! トドメを刺すデス!」


「分かりました、先生!」


 流血と大量の理力消費で疲労したのか、みるからに竜種は荒い息をする。その動きは既に鈍くなりつつあるが、しかし瞳に宿る暴力性は未だ色あせない。


 ユウは心を静かに落ち着ける。生命いのちを奪う事に躊躇はまだあるけれど、大丈夫。この敵は倒さなきゃいけない。




 アルヴァリス・ノトーリアが上段に大剣を構える。竜種は最後の力を振り絞り、その牙を剥いて迎え撃つつもりだろう。


 次の瞬間、白影を残して白騎士は消える。煌めく白銀の粒子がパッと広がり、そして竜種の懐で再び人型へと集結した。理力エンジンによってユウの強大な理力が増幅された結果、彼と彼の愛機は理力の回廊を通じて短距離だが転移漂流する事が出来るのだ。




 ゴボリ、と竜種の口から大量の血液がこぼれ落ちる。


 アルヴァリス・ノトーリアが両手で把持したオーガ・ナイフは、竜種の胸に深々と突き刺さっていた。分厚く鋭い刃は胸骨を易々と断ち、臓腑を致命的に切り裂く。その手に伝わる感覚から、次第に命の鼓動がゆっくり、小さくなるのがユウには分かった。


 竜種から目を逸らさず、しっかりと見る。そして、一息に大剣を抜いた。大きな傷口から流れる血はまるで滝のように落ち、アルヴァリス・ノトーリアの白い装甲を紅く染めていく。





 * * *






「いやー、調べれば調べるほど不思議な魔物デスねー!」


 陽気な先生の声。辺りには多くの研究チームがそれぞれに作業を行っている。その作業とはもちろん、例の竜種の解体作業及び調査だ。


「このような魔物はアムリア大陸で発見されていませんね……。まるでおとぎ話に出てくるドラゴンのようです」


「チッチッチッ。それは違うデスよ、ボルツ君。たしかにコイツはいかにもドラゴンっぽい見た目をしているデスが、これは爬虫類の特徴を多く備えているので真の竜種とはまた異なるというのが私の見立てデス!」


「なるほど……生物や魔物についてはやはり専門家の研究者に任せます。私は引き続き、蝶への対策に理力甲冑の理力エンジン改修を指揮してきますよ」


「ん、ソッチは任せたデス!」


 ボルツは手を上げながら少し離れた場所に駐機してあるホワイトスワンへと戻っていく。それと入れ替わりに小柄な人物が先生の下へと駆けていく。


「センセイ〜! 海岸にいる本隊と連絡付きました〜! 二日後には増援が到着するみたいです!」


「分かったデス、ノエル。それじゃあ、お前はボルツ君の手伝いをしてくれデス」


「えぇ〜! ボクはセンセイのお手伝いしたいのに!」


「……手伝いっていうとアレの解体デスけど、それでもいいんデスか?」


 そう言って先生が親指でクイと指し示したのは、ちょうど竜種――先生が命名した名前はバタフライ・フォグレクスだ――の頭部があった。ギロリとした眼がノエルと合い、思わずビクリとしてしまう。


「あ、アハハ……ボク、やっぱりボルツさんのお手伝いしてきます!」


 ピューと来た道を引き返すノエル。男の子のように短い髪が柔らかく跳ね、すぐに姿が見えなくなってしまった。


「ま、いいデス。それより、コイツの生態が気になるデスねー! 理力蝶(私が命名したデス!)を体表に纏わせるのは何故デスかね? やはりステルス機能として……?」


 先生は再び思考と論理の世界に戻っていく。ブツブツと独り言を言いながら辺りをウロウロしたり、研究チームが集めた報告書を眺めている。傍目にはオカシな言動をしている不審者だが、この状態の先生はある意味で平常運転なのだ。





「うへぇ……血でベットリだ……」


「さ、早く洗っちゃいましょう。ドラム缶に穴をあけてシャワー代わりにしたわよ」


 少し離れた場所では竜種の血だらけになったアルヴァリス・ノトーリアを前にユウが呆然としていた。そこへレフィオーネ・アエラに乗ったクレアが、ドラム缶にホースを突っ込んだものを持ってくる。


「ん、じゃあ僕はブラシでこするから、クレアはレフィオーネで水を掛けちゃって」


 横たわらせた機体にザバザバと大量の水で乾きかけた血を落としていく。理力エンジンでポンプを動かし、湖の水を汲み上げているのだ。あのバタフライ・フォグレクスの巨体からぶち撒けられた血液は相当な量で、洗い流すのにも一苦労だ。


「……ねぇ、クレア。この大陸にはあんな魔物が沢山いるのかな?」


「急にどうしたのよ。もしかして怖気づいたの?」


「いや……なんていうかさ、アムリア大陸とは全然違うんだなって……今更実感してるんだ」


 ユウは仰向けになっているアルヴァリス・ノトーリアの肩にデッキブラシを立て掛け、青空を仰ぎ見る。


「あの魔物、オーガ・ナイフを見て警戒したんだ。ひょっとしたらこの大陸にも理力甲冑みたいなものが存在する……のかも」


「何それ、こっちにも先生みたいなのがいるってこと?」


「あはは……それはそれで驚きだけどね。もしかしたら人間がいるのかもって思って」


「……そうかもしれないわね。私達はあるかもしれない未知の文明を探すのが目的の一つだもの」


 レフィオーネ・アエラの開け放たれた操縦席、クレアはユウがしているのと同じように空を見上げる。




 どこまでも青い空。真っ白な雲がいくつか浮いており、太陽が燦々と照り付ける。


 ここはアムリア大陸からかなり離れているが、同じ空の下だ。向こうとこことで違うこと、同じこと。色々と新発見の物も多く見つかるだろう。


 ユウ達の新たな旅はまだ始まったばかりなのだった。





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