第三話 襲来
すぐさま、蝶を駆除するための作業が始められた。
元々、未知の毒虫などから身を守るため、何種類かの殺虫成分を混合した薬剤はホワイトスワンの物資に積まれていた。それを噴霧器で散布していく。
「おお、効いてるぞ!」
「こりゃちょっとグロいな……」
「次はこっちです! 薬剤が空になったらすぐに交換して下さい!」
研究チーム指揮の下、手の空いている操縦士らが白い防護服に身を包み、殺虫剤を撒いていく。ホワイトスワンの周囲ではぱたりぱたりと蝶が事切れていき、一面が赤や青、紫の花が咲いたかのようになってしまった。
「……やっぱり、まだ理力エンジンは起動しない、か」
あれから一日経った。
ボルツの計画通り、ホワイトスワンに搭載された大型理力エンジン二基の改修は順調に行われているらしい。その間、特にトラブルも発生せず、また獣や魔物が襲いかかってくるといった事も無かった。
ホワイトスワンの格納庫内部、アルヴァリス・ノトーリアの操縦席。ユウはいつものように操縦桿を握りしめ機体を起動させようとするが、なかなかエンジンが回らないのである。恐らく、空中に舞っている鱗粉がある限り、周囲の理力をかき集めることで稼働する理力エンジンは動かないのだろう。
一応、理力甲冑自体は理力エンジンが動かなくても動作可能なのだが、今や多くの機体に使用されている新型人工筋肉は大量の理力を消費してしまう。なので、理力エンジンの補助がなければその性能を十全に発揮出来ないのだ。
それが例え、常人よりも理力の多いユウですら長い時間の操縦は難しい。
「こんな時、大型の魔物でも来たらシャレにならないよな……」
ユウはこの大陸に上陸した初日の事を思い出す。ホワイトスワンが最初に停まった休息地点、その周辺を哨戒していた時の事だった。
(あの大きな足跡……この大陸にも、大型の魔物がいることは間違いない……)
前日に降った雨のせいで、やや
(残された痕跡から、大きさは理力甲冑の二倍……いや三倍はあるか? ……エンシェント・オーガを思い出すな)
ユウの脳裏には、あの巨大な悪鬼、その憤怒の形相が思い起こされる。この世界には、ユウの知っている物理法則などを無視したかのような巨大な魔物が存在している。そしてそれは、この大陸にもいてもおかしくはない。
「ま、いざとなったら隊長の言ってたとおり、アレを使って無理矢理…………ん?」
ざわり、とユウは首筋が薄ら寒く感じる。この奇妙な感覚は……。
「魔物……か?」
* * *
「理力
「探知機は正常です! しかし、何故かアレには反応してないんですよ!」
ホワイトスワンのブリッジ。今は慌ただしく乗組員が右往左往し、先生の指示が飛び交う。
それもこれも、ブリッジの窓の外。湖のほとりにいる、巨大な影がこちらをジロリと見ているのだ。
まるで、恐竜。
あるいは物語の中に存在する
「……そういう事デスか!」
先生の眼鏡がキラリと光る。彼女の瞳は、遠くに見える竜種の体表に注目する。赤や青、紫のまだら模様。それはまさにあの蝶の翅の色だった。
「恐らく、あの竜種の体表にはあの蝶が沢山くっついているんデス! 探知機は理力の反射波を感知するんデスが、あの蝶の鱗粉が吸収してしまって探知機には反応しなかったんデスね! まさに天然のステルス機能ってところデスか!」
「関心してないで、早く避難しなくては!」
「ええい、狼狽えるなデス! こんな事もあろうかと……!」
その時、ガコンとホワイトスワンの船体が揺れる。先生を始め、幾人かが急いで窓から外を見ると……。
「先生、僕が時間を稼ぎます! その間にスワンを!」
白い鋼を纏った機械仕掛けの騎士。純白の盾を左腕に、そして自身の身長ほどもある大剣を背負った機体。
「ユウ、アルヴァリス・ノトーリアならあんな奴に負ける筈ないデス! ボッコボコにしてやるデス!」
「いや、やっぱり理力エンジンが不調の今はそんなに出力出てませんよ! 補助エンジンで無理矢理回してるだけなんですから!」
「あ、そういやそうだったデス! オメーら! 急いでスワンの理力エンジンを動かせるようにするデス! あ、もしもしボルツ君?! そっちの状況はどーなってるデスか?!」
ユウは目の前の巨大生物と眼が合う。明らかに異質なソレは人間の思考とは異なるものなのだろう。ユウはそこから一切の思考や感情のようなものを読み取ることは出来なかった。
「まるで……ゲームみたいな魔物だな……!」
……グルルルゥゥゥウウウ……
一体どこからそんな音を出すのか、竜種は喉を鳴らしながら突然現れた白い人型を睨みつけている。体型はユウが昔見た、恐竜図鑑で言うところの肉食恐竜……特にティラノサウルス辺りが一番近いだろうか。大きな顎と頭部、対して小さな前脚。太い後ろ脚は力強い地面を蹴る形状をしており、ブンブンと小さく振り回している尾はムチのようにしなっている。
「……このまま、大人しく帰ってくれれば一番いいんだけど……!」
突如、竜種は眼を見開き、吠えた。
ビリビリと空気が叩きつけられる。鋼の装甲を纏った筈の理力甲冑が頼りなく思えるほどの威圧。今までどこに潜んでいたのか、森の木々からは一斉に鳥たちが飛び立つ。
「くぅッ!」
一瞬、反応が遅れたユウは、しかし操縦桿を握り直して白い騎士を駆動させる。
左腕の盾を前面に構え、突進してくる竜種を受け止めたアルヴァリス・ノトーリア。しかし、全力と言えない出力ではその進路を変更させるのが精一杯で、完全に停止させるには至らなかった。
「くそっ、機体が重い!」
操縦席から聞こえるのは規則正しい鼓動。機体背面にある補助エンジンの回転音。このエンジン、実はアルコールを燃料とした内燃機関なのだ。
元々、ユウの乗っていたバイクのものだったガソリンエンジン、これを先生が魔改造に魔改造を加え、高濃度に蒸留したエタノールを燃料に動くようにしたのだ。そしてその回転が生み出す出力は、本来理力エンジンの駆動を補助する為のものであり、またはノヴァ・モード時の高回転を補助する為の機関として取り付けられた。
しかし、今回の理力エンジン不調の中、ユウはこの補助エンジンで理力エンジンを無理矢理回す事によって機体を駆動させているのである。
「でも……これくらいの不利!」
アルヴァリス・ノトーリアは背中に背負っていた大剣を一息に抜き放つ。長く、分厚い刀身。しっかりした造りの柄。繊細でありながら荒々しい鍔の装飾。かつての戦利品である、オーガ・ナイフだ。
ギラリ、と光る刃を見て竜種は一瞬だが身構える。知能が高いのか、それとも過去に
「でぇ……やあぁぁっ!」
ユウの気勢と共にアルヴァリス・ノトーリアは大剣を叩きつける。相対する竜種は見た目にそぐわぬ機敏さでその一撃を回避したが、完全には避けきれずその箇所だけ例の蝶がパッと剥がれ落ちていく。
休む暇を与えぬよう、アルヴァリス・ノトーリアは連撃を繰り出す。いつもであれば軽々と扱えるオーガ・ナイフだが、出力が落ちた今では振り抜くことすらままならない。
そこでユウは遠心力を利用した、大剣を振り回すようにして斬りつけていく。隙は大きいが、オーガ・ナイフのリーチからすれば簡単には相手を近づけさせない。
――ヴゥオォォォッ!
オーガ・ナイフが分厚い竜種の皮膚を裂く。良い一撃はまだだが、傍目にはユウが圧倒している。ように、見えた。
しかし、それは突然の事だった。まるで鮮やかな花火のように竜種の身体が
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