第二話 鱗粉

「うーん、どこも異常は無いデスね」


「でも結果はご覧の通りです。先生はどう思いますか?」


「ふーむ……」


 先生とボルツは揃って腕を組みながら首を傾げる。目の前にはホワイトスワンに搭載されている大型理力エンジンが静かに佇んでいた。


「先生ー! 駄目です、アルヴァリスの理力エンジンも動きません!」


「むむむ……理力エンジンだけが一斉に故障デスか……」


「特定同種の機械のみが同時に壊れるのは確率からいって相当低いはずです。となるとやはり……」


 ボルツの考えに同調するよう先生はコクンと頷く。今、二人はホワイトスワンの格納庫の奥にある機関室にいるので見えないが、艦外には先程見かけた蝶の大群が取り囲んでいた。


 真っ白な船体のホワイトスワンが鮮やかな前衛芸術かのように、もっと言えば赤や青、紫のペンキをぶちまけたかのようになってしまっていた。格納庫の内部にもいくらか侵入しており、いくら害の無い蝶々といっても数が数だけに鬱陶しいものの、今はそれにかまけている状況ではないためそのままにされている。


「先生、一体どうしちゃったのよ。これじゃあ探索どころかここから一歩も動けないじゃない」


「クレア、これはちょっとヤベー事態になったかもデス。主要メンバーを会議室へ、その他は第二種警戒状態に移行させるデス!」


 何かを言おうとしたクレアは、開きかけた口を閉じてすぐさま踵を返す。長年の付き合いから、先生の様子から事態の重さを感じ取ったのだ。




 * * *




「さて、皆に集まってもらったのは他でもないデス。現在スワンに起きている事態についてデス」


 食堂兼会議室。そこには先生以下調査の要たる研究者チームと、彼らの護衛を努める護衛チームが集まっていた。


「先生殿、此度の事態とはどういうものですかな?」


 周囲に先んじて発言したのはいかにも軍人気質が滲み出ている中年男性だった。彼はガルド・キネン、オーバルディア帝国軍人で理力甲冑の操縦士であり、優秀な指揮官でもある。


 キネンは今回の調査船において、理力甲冑部隊やメンバーの身の安全を守る護衛チームの隊長に抜擢されている。豊富な戦闘経験とサバイバル技術を買われての事だが、厳つい見た目の割に人当たりが良く、少し前まで敵対していたユウら連合出身の人間にも平等に接する。おそらくはその辺りも加味された人選なのだろう。


「キネン隊長、まずは私が説明します」


 ボルツはそう言いながら黒板に今回の異常事態について時系列に書き出していく。


「事の発端は今から30分ほど前から。それまで正常に稼働していたホワイトスワンの主機エンジンである壱号及び弐号理力エンジンが停止。その後、相次いで他の理力エンジンも起動しなくなりました。理力甲冑に搭載の物はもちろん、取水ポンプを動かす小型のものまで全てです」


「ふむ……理力甲冑のまでが動かんとは厄介だな……原因は分かっているのかね?」


「それはまだ調査中デス……が、ひとつだけ心当たりが」


「先生、それは……?」


「まぁ待つデス、ユウ。それを確かめる為にもちょっとコイツを調べないといけないのデスよ」


 先生が取り出したのは先程見かけ、今は大量発生しているあの蝶だった。今は虫かごの中に入れられ大人しくしている。


「蝶にしては大きいわね。で、それがどうしたのよ先生?」


「クレアの言うとおり確かにこいつはデカいデス。が、問題なのは大きさではなく、この翅デス」


 先生は白衣のポケットから取り出した筆のようなもので蝶の翅を二度三度こする。すると、筆の先にはキラキラと光る赤い粉のようなものが。


「……鱗粉ってやつですか?」


 ユウの言葉に無言で頷く先生。


「そうデス。この蝶は恐らくアムリア大陸には生息していない、この土地固有の種だと考えられるデス。そして、この鱗粉が今回の事態を引き起こしたと私は睨んでいるデス」


「……? どういう事かね? その蝶の鱗粉と、理力エンジンの不調は関係がないように思えるが」


「確かにこれが只の鱗粉であれば、デス。さっき、ちょいと調べたんデスが、この蝶の鱗粉は面白い特性を持ってるようなんデスよ」


「先生、もったいぶるのは悪い癖よ」


「うむ。結論……というにはちょっと早いデスが、私の考えではこの鱗粉……恐らく理力を無効化する性質があるデス」


「な……?!」


「そんなことが……」


「まぁ、まだはっきりと分かったわけではないのデスけど。とにかく、その理力を消してるのか散らしてるのか、まだ調べないといけないデスが……理力エンジンが稼働しないのはこの蝶の鱗粉が原因なのはほぼ確定と見て間違いないデス」


「でも……それじゃあどうするんです? この蝶を駆除しますか?」


「ユウの言う通りだが……しかし数が多いぞ?」


 キネン隊長はチラと食堂の窓を見る。そこには例の蝶が夥しく舞っていた。あまりの数に外の景色がほとんど見えない程だ。


「この蝶の生態は不明デス……が、それでも昆虫の一種デス。すぐに殺虫剤を散布するのが一番デスね」


「こんな珍しい蝶……勿体ない……」


「こんだけ数がいるんデス。ちょっとくらいは仕方ないデスよ」


 研究チームの何人かは貴重なサンプルを駆除することに抵抗を感じるのか、あまり浮かない顔をしている。


「しかし先生……それはあくまで一時的な対処では無いのかね?」


「ふむ。キネン隊長の考えている事は分かるデス。今後の探索中、常に殺虫剤を撒きながらというのは非効率デスし、備蓄の殺虫剤の量にも限界があるデス。そこで……」


「そこで、理力エンジンの吸気口を少し改良する案を練っています。具体的には空気中の不純物を取り除くフィルターを弄るのが妥当な所でしょう。一応、他にも案はあるのですが今の所これが確実ですね」


「ボルツさん、それにはどれくらい時間が掛かりそうなんです?」


「そうですね、ここにある資材だけだと……丸一日といったところでしょうか。それも、スワンの理力エンジン二基に限ってです」


「…………」


「隊長……」


 キネンは目を閉じ、しばし沈思黙考する。


「おおよその事態は把握した。だが我々の仕事は変わらん、この調査隊を守る為に最大限の事をするまでだ」


「えぇ、その通りね」


「よろしく頼むデス、キネン隊長」




 * * *




「おい、ユウ」


「あ、なんですか? 隊長」


 大まかな段取りを済ませ、一同は食堂兼会議室から解散する。そこへキネンがユウを呼び止めたのだ。


「我々の理力甲冑は理力エンジンが搭載された機体ばかりだ。現状、まともに動くとは思えない」


「アルヴァリスやレフィオーネ、ステッドレイズ……確かにそうですね」


「ああ、だがお前のアルヴァリス・ノトーリアにはが搭載されている。アレならばこの状況でもなんとかなるんじゃないか? 万が一の時は……頼むぞ」


「アレ……ああ、そういう事ですね、分かりました!」


「……ユウ、お前はあの侍大将をも撃破した程の操縦士だ。はっきり言って俺よりも数段強い。この未知の大陸ではどんな魔物や先住民族がいるかも分からん。そんな時、頼りになるのはお前だ」


「い、いやいや、僕なんかより隊長の方からよっぽど操縦経験とか、指揮が上手いじゃないですか!」


「ふ……謙遜するな。俺のは年食ってるだけだよ」


 ユウの肩をポンと叩いたキネンはそのままホワイトスワンのブリッジがある方へと向かう。


「……よし、頑張らなくちゃ!」


 キネン隊長の背中を見送りつつ、ユウはギュッと拳を握り締める。





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