四星目


「うおあぁぁぁあ!」


 加西が叫ぶ。手にした大幣おおぬさを一心不乱に振り乱しながら。


「うわぁああぁあ!」


 名塩も叫ぶ。手にした水鉄砲を何故か加西に撃ち込みながら。


 傍から見れば発狂して大幣を振り回す男を、これまた発狂した男が水鉄砲で銃撃しているという地獄絵図の完成だ。


 ──あぁ、アホってこんな状況でもやっぱりアホなんだなぁ。

 僕はそんな場違いな思いに駆られて、なぜか一人落ち着いて状況把握ができたのである。

 そりゃあ僕だって、出し抜けにが現れて驚かなかった訳ではない。しかしどちらかと言うまでもなく、僕のツレ二人の方が明らかに異常なのだ。悲しいことに。


 いつもの光景を目の前にすると、どうやら人間は落ち着けるらしい。こんな異常者に囲まれている僕の人生、やはり最悪である。控えめに言って。


「ええと……」


 件の女の子の、困ったような声色。明らかに戸惑っている様子。そりゃあそうだろう。普通の人ならば誰だって、こんな状況を見たら当惑するに決まっている。その彼女の困りようを見て、僕は彼女が「人間である」と改めて認識した。そうなれば話は早い。

 彼女にこれ以上、迷惑を掛けてはいけないということだ。どう取り繕おうかと思案していると、彼女の方から言葉を掛けてくれた。


「ごめんなさい、急に声を掛けてしまって……。驚かせてしまったみたいで」


「いや、こちらこそごめん。僕のツレ、ちょっと頭がアレなんだ」


 二人の方を指差して説明する。地獄絵図はまだ展開されていたから、説得力だけは抜群だ。えっと、と彼女はまたも言いにくそうな表情。ややあってから、彼女のセリフが聞こえた。


「頭がアレって、物凄い言いようですよね。でもそんなことを言えるってことは、裏を返せば仲が良いんですね」


「いやどうかな。なんかもう腐れ縁って感じで、仲が良いとかそんなレベルじゃないと思うけど」


「でも羨ましいです。私は友達、少ないから」


 少しだけ寂しそうな表情をした彼女。でもすぐ思い直したように、また言葉を続けた。


「あ。私、瀬田せたです。瀬田ななか」


「僕は三木。あっちの頭おかしいのが名塩で、もう一人の頭おかしいのが加西」


「……ええと、それはどっちがどっちなのか」


「大して違いはないよ。どっちも負けず劣らず頭おかしいから」


 そこで初めて、彼女──ななかはクスリと笑った。可愛らしい笑顔をする人だ。それに、なんというか彼女は美しい。

 小柄な身体に、やや短めに切り揃えられた黒髪のショートボブ。胸元に光る薄緑色のペンダントが、夏を思わせる水色のワンピースによく映えていた。

 くるりとした愛くるしい目がまた魅力的で、見つめられるとまるで吸い込まれそうになる。ななかと名乗った彼女は、場違いなまでに美しい。



「三木ィィ! そいっ、そいつは何者だ! なんでそんな可愛い女がいるんだよォ!」


 僕の思考を遮るように、出し抜けに視界に飛び込んで来たのは加西。もちろんまだ大幣をバサバサさせている。名塩に水鉄砲で撃たれまくり、顔面はずぶ濡れ。それはちょっとしたホラー画像。


「三木、その女から離れろ! 人外じんがいのモノかも知れんぞ!」


 名塩が拳銃(みたいな水鉄砲)を構える。装着されたタクティカルライトが、ななかを強く照らした。思わず眩しさに目を細める彼女。僕は咄嗟に射線を遮ると、名塩にキツく言葉を返してやる。


「名塩、何言ってんだ。どこからどう見ても人間だろ。彼女に比べれば、お前らの方がよっぽど人外だよ。あと銃を下げろ、女の子だぞ」


「しかし!」


「しかしじゃない。下げろ」


 名塩は銃を下げたものの、ホルスターには収めず警戒態勢を解かなかった。ライトをオフにし、銃口を僅かに下げるローレディ・ポジション。対する加西は武器を掲げるハイレディ・ポジション。大幣を八相はっそうに構え、小刻みにバサバサしている。バチ当たりだからマジやめろそれ。


「……ええと、すみません。みなさんを驚かせてしまって。私、瀬田ななかといいます。決して怪しい者ではありません」


「ふん、どうだか。深夜、こんな廃墟に女が一人。それだけで充分にがな」


「全くだ、解せねぇぜ。名塩の言うとおり、そんな美女がどうしてこんな場所にいんだよ? 普通おかしいと思うだろォ?」


って言っていいのはだけだ。おかしいのはどう考えてもお前らだよ。そろそろ自覚しろよマジで」


「……オイ名塩ォ! やべぇぞこれは! 三木が幽霊に骨抜きにされちまってるッ!」


「あぁ、これはまずい。正気に戻してやらねばならん!」


 言うが早いか、名塩は再び拳銃を構えた。瞬間、タクティカルライトを点灯させる。それが僕の目を瞬時に灼く。くそッ、次は銃撃が来る! 躱さなければ!

 考える前に、踊るように身を翻す。そして僕は勘だけで前転し、名塩の射線を切った。



 ──ぴゅーこぴゅーこ!


 間抜けな射撃音のあと、後ろで「きゃあ!」と可愛い悲鳴が聞こえた。

 しまった。僕が躱したから、銃撃がななかに……!


「うーっ、しょっぱいです! これ、なんなんですか?」


 眩む僕の目が捉えたのは、苦悶に歪むななかの表情だった。どうやら口の中に入ってしまったらしい。


「……ちっ、外したか。だがこれは思わぬ僥倖。本命に命中したとはな。どうだ幽霊、名塩特製の対悪霊塩水弾の味は」


「だから幽霊じゃないですって、私は人間ですよ!」


「ふん。幽霊は皆、そう言うんだ。残念だが俺たちに嘘は通じんぞ」


 銃を再びレディポジションに構え、引き続き警戒態勢を取る名塩。ライトに眩んでいた目が徐々に慣れだすと、ななかの姿がゆらりと名塩に近づいていた。


「もう、どうして信じてくれないんです? 私、ちゃんとした人間ですよ? ほら、こうしてあなたにだって触れられるんですから」


 銃を構えていた名塩に肉薄した後、ななかはするりと自然に名塩の手を握っていた。まさに、あっという間の出来事。思わず銃を取りこぼす名塩に、ななかは上目遣いで続ける。


「どうです、触れるでしょ? ほら、これで信じてくれました?」

 


 ──ぶはっ。


 瞬間、名塩から飛び散る鮮血。

 血を吹き出し、そのまま仰向けに倒れる。

 それはまさに致命の一撃。


「な、名塩ォォ! 何があったァァ!」


「……か、さい。俺は、もう、駄目だ……」


「名塩ッ! 死ぬな名塩ォォォ!」


「故郷のあいつに……、言ってくれ。俺は、ずっとお前を、あ、あ、愛して、」


 がくり。白目を剥いて沈黙。

 ……いやいや。お前にそんな存在いないだろ名塩。


「クソッ、チクショ──ッ! お前、名塩に何をしたァ!」


 名塩の最後を看取った加西が、大幣をユサユサしながら勢い良くななかに向かって行く。

 しかし次の瞬間、加西がまでもが血を吹き出し倒れてしまっていた。多量の出血。止めどなく流れ続けるその赤い血。

 二人とも地面に仰向けになり、白目を剥いて完全沈黙の様を呈していた。



 ──これが、幽霊の力?


 いや残念ながら違う。本当に残念ながら、僕にはわかる。二人が出しているのはだ。つまり女性に免疫のないヤツらにとって、至近距離に入られたが最後。手なんて握られて上目遣いで問われた暁には、こうして割と簡単に血達磨が出来上がるという訳である。


 ……いやいやお前ら。さすがに拗らせすぎだろ、どう考えても。

 もしもコイツらに「彼女」という存在ができたのなら。有り得ないことだが、もしそうなったとしたら。


 その瞬間、二人は天に召されるに違いない。



【続】


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