第1章 高花高校のブッとんだ人びと(10)
西館五階、北の一番端にある教室、それが天文部の部室だった。
「ようこそ、天文部へ」
谷川栞先輩の手招きのままに、部室におじゃますることになった。
西館にある部活の部室は、教室の真ん中に壁を増設してあって、前後で半分に仕切られている。一つの教室に、二つの部室があるのだ。
天文部の部室がある教室は、前半分を文芸部、後ろ半分を天文部でシェアしているそうだ。
部室の中央には、教室の机が六つ向かい合わせにくっ付けてあり、その周りに椅子が六つ並べてある。
「佐藤さんが屋上に行くはずだから、部室から階段が見える場所で張り込んでいたの」
谷川先輩が、ベテラン刑事のようなことを言いながら、椅子の一つをわたしにすすめてくれた。
「ここが天文部の部室なんですね」
わたしは、椅子に腰かけながら、部室の中をぐるりと見わたす。
「そう。たいてい、この部屋と屋上を行ったり来たりしているわね」
谷川先輩は、左右の人差し指を交互に上下に動かしながら説明してくれた。
先輩は、ふだんの落ち着いた様子と、時おり見せる油断ぎみのかわいらしい仕草があって、そのギャップに心癒される。
先ほどのいっしょにコイを助けた人も、あらあらという表情で、こちらを見ていた。
「あら、ユウさんと佐藤さん知り合い?」
谷川先輩が、その人とわたしを交互に見た。
「中庭の池のところで会ったんですけど」
「ちょっと、ナンダカンダありまして」
その人は、谷川先輩にさっきまでの事の次第を説明しつつも、わたしに目線を送ってふふっと微笑んだ。
「あらためまして、佐藤和歌です。昨日から天文部を見学させてもらっています」
わたしは、自己紹介をしてぺこりと頭を下げた。
「大黒屋・アーダ・ユウと申します。二年生です。みなさんは、ユウと呼んでいます」
いっしょにコイを助けた人こと、ユウ先輩もぺこりと頭を下げる。
向かい合わせに座った二人が、頭を下げ合って挨拶していると、はたから見ればお見合いでも始まるのかと思うだろう。
「ユウさんのおうちは、和菓子屋さんをしているの。入学式のときに、紅白まんじゅうをもらわなかった?」
仲人さんよろしく、谷川先輩がユウ先輩の補足情報を提供してくれる。
わたしは内山君が、大黒屋のおまんじゅうにやたら狂喜乱舞していたことを、思い出した。
たしかにクラス一のグルメご意見番が熱弁していただけあって、おまんじゅうの味は絶品だった。
その日は、家にいたわたしとお母さんで、お父さんの分を残すことなく、大きな二つの紅白まんじゅうを仲良く全部食べてしまったぐらいだ。
「とても美味しかったです。薄皮の生地にあんこがぎっしりつまっていて」
わたしがおまんじゅうの感想を熱を込めてのべると、ユウ先輩は恥ずかしそうに笑った。
「良かったら、酒蒸しまんじゅう食べますか。部室でみなさんと食べようと思って、家から持ってきたんですけど」
「わあ、すてき」
ユウ先輩の提案に、谷川先輩が目を輝かせた。
「佐藤さんも食べるわよね。お茶用意しなくちゃ」
わたしの返事を聞くことなく、谷川先輩は部室の窓ぎわにある電気ケトルの電源を入れた。
ユウ先輩は、カバンから包装紙で包んである酒蒸しまんじゅうを取り出す。
「ユウさんのカップって、どれだったかしら」
「赤色のクマさんのやつです。すみません、栞先輩にお茶を入れてもらってしまって」
「いいのよ。あ、佐藤さんのはカップはまだないから、部室に余ってるやつにしちゃった。ごめんね」
谷川先輩は、てきぱきとお茶の準備をすすめていく。
カップをならべて、粉末の緑茶をティースプーンで一杯ずつすくって入れて、あとは電気ケトルのお湯が沸くのを待つのみ。
窓辺にて、腕を組んで電気ケトルを見つめる谷川先輩の何気ない横顔を、夕方の陽射しが照らす。
「すみません。わたし、なにもしてなくて」
あれよあれよの間に、午後のお茶会会場はできあがりつつあるが、申し訳ないことに、わたしはなにもお手伝いできていない。
「だいじょうぶですよ。部室に来て楽しんでもらうのが、新入生のお仕事です」
ユウ先輩は、にっこり笑ってそう言った。
天文部の先輩たちは、なんとも頼もしい。
「あれ、そう言えば松浦先輩がいないですね」
頼もしい天文部先輩の筆頭、おだやかなメガネのお兄さんの姿が見えないが、どこにいるんだろう。
「ああ、おたけさんなら、第二体育館の二階にある……」
谷川先輩は、そこまで言いかけて、急に口を閉じた。
「まあ、佐藤さんにもいずれ案内するからね」
思わせぶりに言葉をにごす。
「それまでのお楽しみですね」
ユウ先輩も言葉を続ける。
そして天文部の二人の先輩たちは、含みのある笑顔で、うんうんとうなずいた。
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