第1章 高花高校のブッとんだ人びと(3)
その日は、高花高校の入学式だった。
本館五階の講堂で、新入生約三百人と先生たちが集まり、式はつつがなく執り行われた。
「いや、校長先生のまゆ毛、おかしくない?」
わたしの右隣りに座っていたすわちゃんが、顔を近づけて、声をひそめて話しかけてきた。
「あれ、剃って、描いてるよね」
演台に立って祝辞をおっしゃる学校長のまゆ毛が、不自然な楕円形なのだと、すわちゃんは指摘した。
だめだ。
いちど気になりだすと、そっちに気を取られて、ぜんぜん話が入ってこない。
「マロじゃん」
わたしの左隣りに座っている、ちょっとギャルっぽい姫乃ちゃんが、「平安貴族ヤバい」とけらけら笑った。
学校長のまゆ毛に全部持ってかれてしまった感があるけれど、入学式はめでたく終了。
各クラスの担任の先生に先導されて、わたしたちは講堂を出た。
「一年A組は、南館の一番はしっこよ。特別教室も案内するから、遠回りしていくわね」
担任の北村先生は、わたしたちをぞろぞろ引き連れながら廊下をすすむ。
「教室についたら、大黒屋の紅白まんじゅうを配るからね」
「うおお、さすが高花高校。大盤振る舞いじゃん」
同じ中学だった内山くんが、ほっぺたをぷるぷるさせて興奮している。
「大黒屋?」
「なんだ、佐藤知らねえのかよ。大黒屋のまんじゅうを食ったことねえやつなんて、人間じゃねえぜ」
つばを飛ばしながら、暑苦しく大黒屋の魅力を力説する内山君。
それにしても、さんざんな言われようだ。
内山君は体も(横に)デカいが、声も態度もデカい。
「もしあんこが苦手でも、学校に捨ててっちゃだめだからね。ちゃんとおうちに持って帰ること。おじいちゃんおばあちゃん喜ぶから」
若くてかわいらしい北村先生が、ビシッとみんなにくぎを刺す。
「そうだぞ。食いものを粗末にするやつはオレが許さねえ!」
内山、いちいちうるさい。
高花高校の部活は、星の数ほどある――
同じ中学の先輩だっただろうか。近所のおばちゃんたちだったろうか。
だれかが高花高校の話を出すと、ふた言目にはその話にある。
高花高校には、無数の部活動がある。
それは、廊下の窓という窓にすきまなく張りつけられた、様々な部活動の部員勧誘のビラが物語っている。
「へえ、北村先生、下の名前、ねねって言うんだ。ねねちゃん先生だ」
校内をいろいろ案内してもらっている間、すわちゃんは北村先生の個人情報を、ばしばしとあばいていた。
今年二十五歳で、大学の教育学部を卒業してすぐに、高花高校に赴任したそうだ。もともと高花高校の卒業生らしい。
「じゃあ、ねねちゃん先生はわたしたちの先輩なんですね」
「そのねねちゃんって呼びかたやめて」
北村先生あらため、ねねちゃん先生は、顔を真っ赤にしてもだえる。
わたしたち一年A組ご一行は、中庭の池のほとりにさしかかった。
「あれ? 雪」
わたしの目の前に、空からなにか白いものが一片、ひらひら舞い落ちてきた。
「春に雪が降るわけねえだろ、佐藤。綿あめかなんかだよ」
内山君の言葉は無視して、その雪のようなものを、手のひらで受けとめる。
それは、ちぎったコピー用紙のかけらだった。
「なんだ」
ただの紙きれか……と思った、次の瞬間――
「高花高校入学、おめでとう!」
わたしたちの頭の上から、大きな歓声が降ってきた。
見上げると、わたしたちの進行方向から見て右側、五階建て校舎の窓という窓から、上級生たちが顔を出している。
「あそこは西館よ。文科系の部室が集まっているの」
ねねちゃん先生がそう教えてくれた。
西館の上級生たちは、窓からいったん頭をひっこめると、段ボール箱をごそごそと取り出してきた。
なにするんだろう、とわたしたちが見上げる。
段ボール箱に両手をつっこんだ上級生たちは、元気玉を撃つモーションで、豪快に紙きれをばらまきはじめた。
一か所だけじゃない。西館のありとあらゆる窓から、大量の紙吹雪が投下され、宙を舞う。
地上にいるわたしたちは、辺り一面無限の紙吹雪に視界をおおわれる。
それは、さながら春の雪のようで、祝福の花びらのようで、白昼夢のようだった。
紙吹雪はいつまでも続く。
ときおり、はがきサイズの紙も降ってきた。
それは、さまざまな文科系部活の新入生勧誘のビラだった。
文芸部、写真部、化学部、生物部、地理学部、歴史部、情報処理部、鉄道研究部、ボランティア活動部、美術部、手芸部、映画研究会、落語研究会、時刻表研究会、料理研究会、英会話研究会、漫画アニメ同好会、俳句同好会、野球観戦愛好会……
どんどん出てくる、いろんな部活。
わたしの手に舞い込んできたビラだけでも、ざっとこんな感じだ。
情報量が多すぎて、頭の処理が追いつかない。
そもそも、鉄道研究部と時刻表研究会なんか、同じ部活でいいんじゃないのと思う。
「あの子たちは、まったく」
ねねちゃん先生は、「教頭先生に報告だな」と言いながらビラを拾い集めている。
どこの部活が犯行に加わっていたかの、証拠品になるんだろう。
高花高校の文科系部活は、なんと言うか、ブッとんでいるなあ。
そう思いながらわたしは、ふたたび西館を見上げる。
さすがに、紙吹雪とビラの量は、だいぶ少なくなってきたようだ。
さっきよりも、だいぶ視界が開けてきた。
その時、見上げた視界のさらに上で、人影がゆれたことに気づいた。
そこは、五階建ての西館の屋上。そこに一人の女の人がいる。
そんな所にも、部活勧誘のために人がいたんだ。
わたしが何気なく見上げていると、屋上の上級生もわたしに気がついたようで、こちらに視線を向けてきた。
おたがいの顔もよく見えない距離。でも、おたがいの視線を、なぜか感じとれた不思議。
屋上のその人は、少し考えるように手元を見つめると、一枚のビラを、さっと宙に放した。
そのビラは、風に何度もあおられながらも、それがまるで当然であるかのように、わたしの手元にたしかに舞い降りてきた。
放課後、西館屋上で活動中
――高花高校天文部
ビラの文面には、それだけしか書かれていなかった。
もどかしかった。
なぜだろう。
わたしは、もっと知りたかった。
なにを知りたいんだろう。
頭と心がぐるぐるまわる。
わたしが、また屋上を見上げても、そこにその人の姿はなかった。
視線を地上にもどす。
池のコイが、水面に落ちた紙片をぱくっとくわえて、水中に消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます