第1章 高花高校のブッとんだ人びと(2)

「部活か――」

 校舎に囲まれた中庭で、池のコイたちとたわむれながら、わたしはひとりため息をつく。

 放課後の学校は、下校する生徒に、部活に向かう生徒、教室でおしゃべりに夢中になる生徒に、なにやらよからぬことをたくらむ生徒、いろいろな生徒の喧騒が混ざりあう。

 そんな中で、この中庭は、学校の一番ど真ん中でありながら、台風の目のように、周りのにぎやかさとは距離を置いている。

 クラスメイトのすわちゃんは、ショートホームルームが終わって早々に、硬式テニス部に拉致されてしまった。

「あの最強の南中で、一度も公式戦に出場しないながらも副将を務めていたブッとんだヤツが、一年A組にいるらしい」

 という怪情報に、一部の過激派が踊らされてしまったものと思われる。

 親友が連れさられるさまをドナドナしたわたしは、しかし彼女を見捨てて帰るわけにもいかず、かと言って体育会系武闘派の巣窟である硬式テニス部に殴り込みをかけるわけにもいかず、こうして砂漠のオアシスたる中庭で、消極的な持久戦を展開しているのだ。

 さて、ひまを持て余すわたしの遊び相手になってくれている、ここの池のニシキゴイたちは、学校長が手塩にかけて育てている秘蔵っ子だそうだ。

 しかし、生徒みんなが無尽蔵に、いらないパンくずや余ったスナック菓子のかけらをぽいぽいあたえるせいで、ぷくぷくに肥え丸まってしまった。

 わたしは愛あるゆえに、コイたちの健康を第一に考える。だから、不用意にエサはあたえない。

 でも、パンパンと手をたたくと、「いざご飯の時間だ」と勘違いした彼らが、わちゃわちゃと大集合し、みんないっせいに口をパクパクさせる。

「ふふふ。しょせん、魚類の浅知恵よな」

 魚類から両生類。両生類から爬虫類。そして、爬虫類からわたしたち哺乳類へ――

 生物の進化とは、いかに水から離れて生きられるかの過程だ。そんなにエサが欲しければ、陸の上に上がってくるがいい。

 こうして、哺乳類の中でもとりわけ頭の中身が発達した、霊長類としての優越感にひたっていると、部活なにに入ろうか、なんて悩みが、まだそんなにあせらなくてもいっか、という気持ちにすり替わってしまう。

 だめだめ。なんの解決にもなっていない。

 わたしは、ふたたびため息をついた。

 そして、二週間ほど前にここで見た光景を、思い出していた。


 あの日のことを、わたしは忘れない。

 ここ中庭は、真っ白な紙吹雪に包まれて、わたしは視界のすべてをうばわれた。

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