第1章 高花高校のブッとんだ人びと(1)
わたしたちが通う高花高校は、県下最大の私立高校だ。
お寺と田んぼに囲まれた――つまり何もないド田舎のド真ん中。
四つの運動場、二つの体育館、一つのプールとフットサルコートと厩舎、そして一千人の生徒と星の数ほどのクラブを抱えて、七つの校舎が建ちならんでいる。
「部活どこにしようねえ」
わたしの後ろの席のすわちゃんが、わたしの背中ごしに話しかけてきた。
「すわちゃん部活入るの? 高校は帰宅部でいくって言ってなかったっけ」
今はお昼休みが始まったばかり。
一年A組の教室内は、お昼ご飯のために、仲良し同士で席を移動したり、おしゃべりしたりするクラスメイトたちで、とてもにぎやかだ。
わたしはカバンからお弁当を取り出しながら、すわちゃんの方へ体を向けた。
すわちゃんもお弁当の包みをほどいて、お昼ご飯の用意をしている。
「う~ん、高校入る前はそう思ってたんだけどね。運動系は苦手だし。だけど、ここ、文科系のクラブも多いみたいだし。そっち方向でまったりやるのも、ありかなあと思って」
「なるほどですなあ」
すわちゃんとわたしは、そろって手を合わせて「いただきます」をすると、各々のお弁当にとりかかった。
「和歌はどこに入るか決めた? 俳句同好会とかいいんじゃない? 和歌の名前にぴったり」
「なんだそりゃ」
和歌と俳句はちがうぞなもし、と心の中でつぶやきながら、玉子焼きに箸をつける。
お弁当の定番、という世間一般の評価に違わず、我が家のお弁当にも、必ず玉子焼きが入っている。ちなみに、今日はカニカマ入りだ。
中学時代より味に少し塩気が増した気がするのは、母が最近になって、和風料理ならなんにでも、白だしを入れるのにハマりだしたからだ。
「和歌のお母さん、料理うまいよねえ」
「そう? ふつうでしょ」
「いんや、ふつうじゃないね」
すわちゃんは、のんのんと首をふる。
「うちの母さんなんて昨日なんか、夕飯のハンバーグにお兄ちゃんのプロテインを入れてんだよ。つなぎになるものが欲しかったって。いちごフレーバーのハンバーグだよ。信じられんよ。実の親にプロテインを盛られるなんて。戦国大名の複雑な後継ぎ争いに巻き込まれた気分だよ」
白米を口にほうりこみながら、涙ながらに戦慄のエピソードを語るわが親友。
ふつうじゃないのは、あなたのお母さまの方だよ、と言いたいところをぐっとこらえて、あいまいな笑顔で「だいじょうぶ。あなたは愛されてるよ」となぐさめた。
それにしても、この大人な対応。わたしもこの四月から花の高校生になったのだ。中学生の時より、一歩も二歩も成長せねばならぬ。
すわちゃんはなおも、「わたしも和歌の家の子になりたかった」だの、「今お弁当の中身で信用できるのは、白米と大人のふりかけだけ」だのぼやいている。
わたしは、話題を変えることにした。
「お兄さんってプロテイン飲んでるんだ。体鍛えてるの?」
「野球部だよ。小学校からずっとやってる。ボウズ頭のくせに、いちご味のプロテインなんか飲みやがって」
すわちゃんの怒りと悲しみの矛先は、ある意味最大の被害者であるはずの、お兄さまにも向けられてしまったようだ。
わたしは、話題の選択を誤ったことに後悔しつつ、もうどうにでもなれーと思った。
「あーあ、わたしは部活どうしようかなあ」
さいわい、すわちゃんの興味が高校新生活の部活選択に移ったので、わたしも全力で「それな」とうなずいた。
すわちゃんとわたしは中学時代、なかよく軟式テニス部に入っていた。
わたしたちの地元の中学は、たぶん他の公立中学も同じようなものだと思うけれど、部活動の種類はあまり多くなかった。
運動系ならバスケ部、バレー部、陸上部、卓球部、軟式テニス部。文科系なら、科学部、パソコン部、美術部。それぐらいのものだった。
どちらかと言うとインドア派だったが、文科系クラブにもたいして興味を持てなかったわたしたちは、語感がなんとなくやわらかめ(?)という理由で軟式テニス部に入り、なんとなくの中学三年間をおくった。
ちなみに、すわちゃんは球技全般壊滅的に苦手な子だったが、軟式テニスにはそれなりにハマったようで、三年生の時にはなぜか副キャプテンの地位にちゃっかりおさまっていた。
「テニスはもうやんないの?」
わたしがきくと、
「高校の硬式テニスは球速がね。目と脳と体が追いつかないよ」
とすわちゃんはこたえて、「軟式の時も、まったく追いついてなかったけどね」とのんびり笑ってつけたした。
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