第31話 いよいよ、明日は

 いよいよ、明日は大学入試センター試験。


 私たちも身を構えながら今日の夜を過ごしてるよ。


「明日のこの時間には一日目の試験が終わり。そう考えると緊張するな」

大瀬おおせでも緊張することがあるんだね」

「当たり前だ、美伊南びいな。俺だって人間だぞ」


 そうだよね。

 王子さまだって受験の悩みもあるよね。


「……いや、どこぞやのお金持ちだから脳みそもスーパーコンピューターで出来てるかと」


 そこへカクカクロボットの動きで時おり立ち止まりながらやって来る蛭矢えびや君。


「蛭矢。何だ、その発言とぎこちない動きは。俺は人間を辞めているのか?」

「ああ、寝ている間にお前を改造したからな」

「嘘つけ。俺の体についての取り扱い説明書がついてないじゃんか」


 それ、取説とかの問題かな?


「なになに、ついに大瀬は危ないクスリに手を出したの?」

「何言ってるんだ。俺はそのようなのとはえんはないぞ」

「またまた、憎いね。この色男は?」


 美伊南ちゃんが片ひじで大瀬君をつついている。


「……だからクスリ、ダメ、ゼッタイ」

  

 大瀬君が両腕で大きくバツ状態にして、必死に訴える仕草をしてる。


「……いつも思うんだが、俺、本当に四人のリーダーなのか?」


 よくは分からないけど、なぜか悔し顔で泣いてるけどね。


「おー、坊や。今日のおやつがなかったからとそんなに泣くでない。よちよち」


 蛭矢君が猫のように優しく、大瀬君の頭を撫でる。


「えぐえぐ……って、俺は幼稚園児かよ!?」


 王子さまも落ち込んだり、逆ギレしたりと忙しいね。


「さて、今日、みんなに集まったのも他ではない」


 テイク2。

 再び、立ち直り仕切り直す大瀬君。


「そう、今日はこの英子えいこの家を借りて、みんなで明日の試験に向けての一夜をしようと思う」


 一瞬、その場の空気が凍りつく。


「えっ、美伊南たち身の皮1枚になるの? どんな物になるのかな?」

「そりゃ、化学室で定番なホルマリン漬けだろ」

「ええっ、あんな液体に浸けられたらヤバいじゃん」

「脳みそもシチュー確定だな」

「それ、嫌すぎるわ」


 何か、お二人さんが変な方向に走ってるね。


 そろそろ私の出番かな。


「二人とも大瀬君を困らせたら駄目ですよ。ごほごほっ……」


 思わず大声を出したせいで咳き込む。

 

「あっ、英子。ちゃんと寝てないと駄目だよ」


 ああ、情けない。

 明日が試験なのに風邪をひいてしまうなんて……。


「大丈夫。病院から処方された薬も飲んだから明日には治るさ」


 蛭矢君が布団をかけ直してくれた。


「さあ、俺たちは部屋から出ようか」

「いや、勉強する前に英子に何かご飯食べさした方が良くない?」

「……そうだな。朝から何も食べてないって言ってたな」


「わ、私のことは、いいから、みんな、勉強に集中して……ごほごほっ……」


 私が軽く咳き込みながらベッドから上半身を起こそうとするのを美伊南ちゃんから止められる。

 

「こらこら、駄目だよ。病人はワガママ言わない」

「そうだぜ。いいから寝てろ。キッチン借りるからな」

「えっ、蛭矢。料理なんて作れるの?」

「ふふっ、引きこもりの経験もあるゲーマーをなめるなよ」


 二人が仲良く話しながら電気を消し、寝室のドアをゆっくりと閉める。 


 再び、私の部屋が暗くなり、静かな空間になった。


 そうだね。

 明日に備えて今はゆっくり休まないと。

 

 そう考えると私の体に眠気が襲ってきた。


 私は深い眠りへと入っていった……。


****


 私は何かのはずみで目を覚ました。


 何やらガタゴトと物音がして、騒がしい声がしたからだ。


「──美伊南、それはまずいって」

「いや、口に入れば一緒だよ」

「でも、相手は病人なんだぜ?」

「大丈夫、一カケラ入れただけじゃん」

「……もうどうなっても知らないからな」


 不意に部屋の電気がつき、香ばしい匂いを放った茶色の土鍋を、ピンクの鍋つかみで持った美伊南ちゃんが入ってくる。


「英子、よく眠れた? ご飯食べれそう?」

「はい。ひょっとして美伊南ちゃんが作ったのですか?」

「うん。雑炊が美味しくできたよ。食べてみる?」

「はい、ありがとうございます」


「じゃあ、あーんして」

「何か恥ずかしいですね」

「もう病人がなに言ってるの」

「はい」


 美伊南ちゃんが差し出した熱々な雑炊の入ったスプーンを含むと、口の中に広がるほのかな酸味からピリリとした味が口一杯に広がる。


「か、カラーい!?」

「ありゃ? 程よい辛味からみで汗が出ていいと思ったんだけど?」


 私は美伊南ちゃんから麦茶を受け取り、ベッドの中でもがき苦しみながら土鍋の中身を指さし、美伊南ちゃんに尋ねてみる。


「これ、何ですか? よく見たらお米が真っ赤なのですが?」

「えっ、美伊南特製キムチ雑炊だけど?」

「それがこんなに辛くなりますか?」

「エヘヘ♪」


「……ほら、だから僕に作らせろと言っただろ」


 部屋のドアから聞き耳を立てていたのかタイミングよく蛭矢君が部屋に入ってきた。


「これ、何が入っているですか?」


 私は蛭矢君に答えを求めた。


 美伊南ちゃんはただ笑うだけで一向に話が進まないからだ。


「英子ちゃん、それはハバネロだよ」

「はあ? 普通、雑炊に入れますか?」


「美伊南、だから一本丸ごとは止めろって言っただろ」

「エヘヘ、ごめんちゃい」


「後はお前が残さず食べるんだな」

「ええー、マジで?」


 蛭矢君の容赦ない絡みにより、美伊南ちゃんの顔から血の気が引いてくる。


 あの、真面目に調理してよね。

 そんな不安な顔にさせる食材を作ったの?


「美伊南ちゃん、こうなったら腹をくくりましょう」

「まさに明智の策略による織田信長の末路やわ」

「いや、ただの例えですよ。実際には腹切りはしませんから」

「だよね、モツを出したらヤバいよね」


 そんなB級ホラーの戯言を聞きながら、私と美伊南ちゃんは、からすぎる雑炊を全部食べるはめに……。


 ちなみに後からの話によると、大瀬君はリーダー役で疲れはてたのか、リビングのソファーでうたた寝をしていたそうです。  

 

 発案者が寝てどうするのやら……。



第31話、おしまい。

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