第32話 センター試験始まりの朝

『コケゴックゥー!』


 近所のニワトリによる、音痴おんちな鳴き声が呑気のんきに響き渡り、穏やかな朝を迎える。


 朝日に目を細め、カーテンの隙間からのぞいた窓の外では、ちらちらと雪が降ってはいたが、道は積もってはいない。


 毎年、センター試験の時は大雪になるとテレビのニュースで報道していただけに今回はラッキーだと思う。


 私はゆっくりとベッドから身を起こしてみると、寝ていた布団のひざ元には美伊南びいなちゃんが、すやすやと寝息を立てていた。


「ううん、駄目だよ。もう、それ以上ハリセンボンは食べられないよ……」


 一体どんな夢を見ているのかな。

 寝ている表情は凄く苦しそうだけど……。


 そうだよね、ハリセンボンはトゲトゲしていて触れるだけでも痛いよね。


「むにゃむにゃ。だから、美伊南は味噌ダレにつけて食べるのが好きなんだってば……」


 食いしん娘だけあって、どうしても食べる前提なんだね。

 

 意味深な寝言を言う美伊南ちゃんの寝ている私の布団や床には様々なプリント用紙が散らばっていた。


 どうやら私を看病しながら、勉強をしていたみたい。

 いかにも面倒見がある美伊南ちゃんらしいよね。


 私はプリントを拾い、問題欄によく目を通す。


 どうやらこれは世界史の過去問による内容のようだ。


 世界史って簡単そうで中々難しいからなあ。


 特にカタカナの地名や人物名とか。


 それに引っかけ問題も多い。

 はたして美伊南ちゃんの実力はいかに……。


「なっ、これはどういうことですか……?」


 私は問題集のプリントと答案用紙を持ったままショックを受けていた。


 その答案用紙の答えは全部埋まっていた。

 だけど1問も正解がない。


 これはマークシート式なのに、まぐれの当たりが一つもなかったのだ。


「まさか、この方式で0点だなんて……」


 これは別の意味で天才と紙一重な奇跡だね……。


 今通っている高校はそれなりに偏差値が高いのに美伊南ちゃんは今の高校にどうやって入学したのだろうか……。


 噂では親のちからでどうにか入れたと聞いたことがあるけど、何か物騒ぶっそうな話だよね。


「さてと、みんなを起こさないとね」


 美伊南ちゃんがこんな感じなら男性陣も寝ているだろう。


 私は美伊南ちゃんを起こさないようにゆっくりと起き上がり、自身のおでこに手を当てる。

 

 どうやら看病の甲斐かいがあったせいか、熱は完全に下がっているようだ。


 安心した私はそのまま軽く伸びをして、部屋のドアを開ける。


 さて、まだ朝は早いし、私のことを看病してくれたことに感謝して、みんなの分の朝食でも作りますか。


****


 私はピンクのフリルのついたエプロンを身にまとい、冷蔵庫から玉子とベーコンを取り、熱したフライパンで焼く。


「おお、英子えいこちゃんじゃないか……」


 そこへ白いシャツがボロボロの血まみれになった格好で、充血した目つきと痩せこけた表情でフラフラと近寄ってくるケモノがいた。


「きゃっ、ゾンビ?」

「……ははっ、酷い言われようだな。僕は蛭矢えびやだよ」

「なら、何でシャツが血まみれなのですか?」

「いやあ、昨日、夜食のオムライスを作っていたらさ、美伊南の悪ふざけでケチャップが大量に服に付いちゃってさ。面目ない」


 えっ? 

 悪ふざけであんなに真っ赤になるのかな?


 まるでトマト合戦をしたような状況が目に浮かぶ。


 まあいいや、それは気にしないでおこう。


「別にいいですよ。で、少しは寝たのですか?」

「いいや、僕は一睡もしてないよ。特に美伊南があまりにもとんちんかんでさ。よく今の高校に受かったなと思ってるよ」

「それには私も同感です」


 あの美伊南ちゃんのことだから、何かしら策を練ったに違いないと自分の胸に閉まっておく。


ところで何か飲み物あるかい? いまいち目がさえなくてさ」

「なら、冷蔵庫に炭酸ジュースがありますから飲んで下さい」

「ありがとう。助かるよ」


 蛭矢君がふらつく足取りで冷蔵庫に辿り着き、炭酸のシュワッとした音が響く。


「ゴクゴク……ぷはっ!」

「……へへっ、この胸が高揚こうようする気持ち、最高だぜ」


 蛭矢君が不敵に笑いながら、そのまま顔から地面に倒れこむ。


 何かがおかしいと火を止めた私がそんな蛭矢君の様子を見ると、彼はいつもの眼鏡をしていなかった。


「そうか、目が見えなくてふらついていたんだ……」


 さらに右手には空になったビールの缶。

 まさか、誤って調理に使う予定だった

アルコールを飲んでしまったの?


「蛭矢君! 今寝たら駄目ですよ!」


 私は必死に蛭矢君の体を揺さぶって起こそうとしたけど、全然起きる気配がない。


 蛭矢君だけじゃない。

 ソファーで寝てる大瀬君に布団で眠りこける美伊南ちゃん。


 何度起こそうとしても三人とも爆睡していて起きない。


 このままでは電車の時間に間に合わない。

  

 私は最後の手段を使うことにした。


「──みんな、寝てるのなら私、ここで着替えちゃおうかな?」


 私がエプロンをするりと色っぽく外し、ピンクのパジャマのボタンを外そうとすると、蛭矢君の耳がピクリと動く。


「じゃあ、今から脱いじゃうよ……」


 お色気モードになり、パジャマのボタンを全部外して、その服を脱ごうとした瞬間……。


 ──私の目の前に、あの三人がギラギラとした瞳で鼻血をタラリと垂らしながら、きちんと正座をしていた。


「きゃあ、英子の生着替えなんて滅多に見れないよ♪」

「あの洗濯板にはちゃんと下着は付いているのか?」

「蛭矢。そりゃ、さすがに付いてるだろ。何でも無いと服がこすれて痛かったりするらしいぜ」

「……らしいぜってことは他にもあるのか?」


 やっぱり思っていた通り、このスケベたちは反応したね。


 女の子の美伊南ちゃんまで興奮しちゃってさ……。


 しかも三人とも鼻血をダラダラと流しているから床が汚れちゃうよ。


「──さあ、みんな起きましたね。出発しますよ」

「……はっ、純情な僕たちをはめやがったな?」

「いやいや、そんなことより今日はこれから試験でしょ」

「あっ、そういえばそうだね」

 

 私の冷静な問いかけに反応した美伊南ちゃんが手のひらをポフッと叩き、ざわざわしだす私たち。


「おお、神よ。僕たちの運命を導きたまえ」


 蛭矢君なんて、青白い顔で飲み干したビールの缶を神棚に捧げてお祈りしてるよ。 


 ──それから、バタバタと朝食を食べて、私たちは支度を整えて外へと飛び出した。


 さあ、ようやく大学入試センター試験1日目の舞台が始まるよ……。



第32話、おしまい。


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