第30話 日本史の受験勉強

「うーん、分かんないよ」


 美伊南びいなちゃんが日本史の教科書を見ながら頭を悩ましている。


 彼女が積極的に受験勉強にはげむなんて珍しい。 

 

 明日は大雪が降るかもね。


 まあ、冗談はさておき……。


「どこですか。私で分かる範囲なら教えますよ?」

「ありがとう、英子えいこ。助かるよ。このページなんだけどさ」


 悩ましげな顔の美伊南ちゃんが『第二次世界大戦の終わり』と記されたページ欄を開く。


「なるほどヒドラーの独裁政治の終わりですか……ちょっと私のノートを見せますから待って下さいね」

「違う、そこじゃない」


 やんわりと断る彼女に私の目が点になる。


「えっ、じゃあ隣のページにあるポ○ダム宣言の箇所ですか?」

「いや、ポツたんでもない」

「あの、ポ○ダムは街の名前でニックネームじゃないですよ?」

「いや、だからヒドラーのとこ」


 美伊南ちゃんの指先を目で追った先に一枚の写真が写っている。


 その写真は紛れもなくヒドラーだったものが載っていた。


 鼻からアゴまで黒いひげに覆われた部分を除いて……。


「あのさ、このヒドラーのヒゲの向きが今いち決まらないんだよね……」


 頭をポリポリと掻きながらとんでもない発言をする美伊南ちゃん。


「美伊南ちゃん、顔写真に落書きしたら駄目ですよ」


 私は指先を彼女に当てて、忠告する。 


「いいじゃん、減るもんじゃないし♪」

「いやいや、書いた分だけインクが減りますよね……」


 よりにもよって油性ペンで落書きしているから手に負えない。


「じゃあさ、英子はチョビヒゲを生やしていたヒドラーの方が素敵だと言うの?

中途半端より、思いっきり生やした方が男気溢れるじゃん」


 なぜか茹でた赤いカニのように怒っている美伊南ちゃんをドウドウと落ち着かせて私は言葉を選ぶ。


「美伊南ちゃん、この教科書は親が払った授業料の中から買われているんですよ……」

「大丈夫だよ、オジさんはああ見えて意外と心が広い大人だから」

「そう言う問題じゃないですよ」

「えっ、何の問題?」


 私はヒドラーのビフォーアフターを見ながらはぁーと深いため息をつく。

 

 美伊南ちゃんの美容院らくがきでお洒落? に目覚めたヒドラーさん。


 あなたは独裁政治で、どうしてこんな無精髭になったの?


 そんな仙人風な顔つきで世の中の政治は変えられないよ。


 まあ、どっちみち追いつめられて政策は変えられなかったけどね……。

 

 その変わり果てた総裁の姿から視線を下にずらすと小さなイラストが描かれていた。


「まあ、それもそうですが、この教科書の端に書かれたマッチ棒人間は何ですか?」


 私は新たな真相を探るために大きなあくびをしている美伊南ちゃんに質問する。


「あっ、それはね。ちょっと貸して」


 教科書を持った美伊南ちゃんがその本のページを最初からペラペラとめくって流す。


 すると、そのイラストがトコトコと歩いていき、最後のページで電信柱に頭をぶつけ、その電信柱が根本から折れる。


「ねっ。お前、シラフでどこ見て歩いてるんだ! になるよね」

「それ以前に、この人間どれだけ石頭なんだとなりませんか?」

「おおっと、失敬しっけい。これだと体の骨が粉々になるよね」


 いや、車でぶつかったように電信柱が壊れるなんて、それだけ激しいと全身打撲で複雑骨折間違いなしだよ。


「じゃあビタミンとカルシウムで骨を強化したという設定を入れるかな」


 美伊南ちゃんが鉛筆でマッチ棒人間の体を数ミリ太くする。


「この落書きは鉛筆なんですね……」

「これは下書きだからね。鉛筆だと修正も楽だし」

「……じゃあ、何で自画像はマジックなんですか?」

「鉛筆だと証明写真にしても写りにくいじゃん」

「えっ、何の証明写真ですか?」

「そりゃ、宇宙戦艦トマト用のだよ」


 また、美伊南ちゃんのハチャメチャな議論が始まろうとしてる。


 今回も長話になりそうだね。


 さらば、トマト。

 母なる地球よ……。


「美伊南ちゃん、この彼が生きた昭和の時代に宇宙旅行はあり得ないですよ」

「もう、英子は夢がないな」

「いや、それ夢じゃなくて妄想ですよね?」

「だから、分かってないな。美伊南は妄想で食べていきたいの!」


 だったら好きにしなさいという言葉に蓋をする私。


 もう、コメディアンに永久就職して……。


「……でも、この鉛筆の落書きは消させてもらいます」

「そんなあ、これ同人誌にしたら売れそうな傑作だったのに……」

「いいえ、教科書に落書きした時点でアウトですからね?」

「そんなに責めないでよ。アウト言ってるけど自画像たちは明るいお日様を浴びれて幸せかもよ?」


 美伊南ちゃんがカタカタとスマホを操作して何やら熱心に、その教科書の写真を撮影している。


 私は気になって美伊南のスマホをそっと後ろから覗き見してみた。


「……あの、美伊南ちゃん。メル○リに売らないで下さい」

「……じゃあ、ヤフ○クの方が良かった?」

「どっちも一緒です」


「……しかも今なら美少女英子のセクシーな寝顔が見れるDVD付きなのに~♪」

「もう何を特典に付けているのですか! それから勝手に私の寝顔を写さないで下さい!」

「もう、英子は真面目なんだから。これからは女性もガンガンアピールしていく時代だよ」

「あの、アピールする場所、間違えてますよね?」


 それから私たちは、この落書きの話について言い合いになり、今後のことを話し合い、いつの間にか夜も更けるのだった。


「ああ、見たいテレビがあるのに宿題が終わらないよ」

「誰のせいですか?」

「ヒゲもマトモに手入れできないヒドラー」

「それは美伊南ちゃんの落書きでしょ」


 

第30話、おしまい。




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