第16話 スマホを落とした昼休み

 秋も深まる読書の秋。


 ──というわけで私たちは学校の図書室から離れた化学実験室に来ています。

 

美伊南びいなちゃん、スマホ見つかりましたか?」

「いんや、こっちの床には落ちてないよ。──こっちから電話かけても反応ないよね?」

「もしかしたら充電切れかも知れませんね……」


 そう、私こと英子えいこはこの実験室で自らの恥ずかしい写真を保存したスマホを親友に見られてしまい、証拠隠滅として漂白剤の漬かったビーカーに入れて封印していたら、いつの間にか、スマホ自体が溶けて消えてなくなり、何も知らない生徒が近くにある家庭菜園に水をやろうと、そのビーカーの中の水を使用したのが運のつきで……。


「──ちょっと待って下さい。誤解を生むようなナレーションは止めてもらいますか?

──蛭矢えびや君……」

「クーン」

「だから何事もなかったかのように犬にならないで下さい」

「キャイ~ン」


 蛭矢君はこの状況を楽しんでるのか、犬の鳴きまねをしてからかっているように見えるよね……。


「おおーい。みんなこっちに来なよ」


 その声は私たち四人組のプリンス、大瀬おおせ君。


 さすがだね、早くも見つけたんだ。


「よお、これを見なよ。この学校の卒業アルバムだぜ」


 私はそれをすかさず奪い取り、彼の頭を目がけてガシガシとクリーンヒットさせる。


「永遠にさいなら、大好きな人~♪」

「いでで、失恋ソング歌いながら本の角で叩くなよ?」


 もう、このイケメンは一回地下にちないと分からないみたいだね。


「あら、おほほ。あの名作アニメを知らないのですか?」


 そこへ口元に平手を当てたおデブちゃんが茶色のウィッグを被って私たちの傍に寄る。


 しかし、何のアニメだろう。

 それに何でそのウィッグがこんな場所にあるの?


 それから蛭矢君は私からそれを奪って大瀬君の頭に本の角での追加攻撃を仕掛ける。


「……ぐはっ。蛭矢、こういう時だけ女子の味方になるなよ」

「おほほ、ヨロレイ、ラ○ホー♪」

「おい、著作権侵害だぞ。ラ○ホーはド○クエの魔法だろうが?」


 大瀬君はフラフラしながらも、何とかアルバムを必殺白刃取りのように受け止めて、それを開く。


「さて、どんな生徒たちに出会えるのやら……」

「何やろ。気になるね」


 私と美伊南ちゃんも気になって探す手を休め、三人で本の中身を覗いてみる。


 そこにはウサギの耳をつけたアダルトな女性のセクシーポーズな写真。

 さらにページをめくると未知の世界が広がっていた。


「なっ、大瀬君。レディーに何てもの見せるのですか! この本はえっちいのじゃないですか!」

「ちっ、違う。これは蛭矢がすり替えてだな?」


「そのわりには興奮しとるよ。心臓バクバク鳴ってる音が聞こえるわ」

「なっ、そんな離れた場所から聞こえるわけがないだろ?」


「そう、聞こえるわけないじゃん♪」

「なっ、美伊南、はめやがったなあ!」

 

 美伊南ちゃんがにゃははと笑いながら大瀬君を茶化してる。


 ……と言うことはあの本の持ち主は?


 私はフムとあごに手を当てて考えを巡らせる。


 あれ、私はここで何をしていたんだっけ?


「英子、採ったぞー!」


 私の思考を止めた野太い声。

 眼鏡を光らせながら立ち上がった勇ましい彼が何かを握っていた。


 そうだ。

 私は自身のスマホを前の授業で無くして、この昼休みを利用してそれを探しているんだった。


 蛭矢君、ナイスだよ!

 さあ、スマホを返して。


 私が蛭矢君からその物体を受けとると、それがピクピクと動き出す。


「──あれ、何か動いてない?」

「……んっ、だって守り神だから」

「きゃあああー!?」


 私はチョロチョロと動くそれを思いっきり蛭矢君に投げ返す。


 それはヤモリだったからだ!


「蛭矢君、真面目に探して下さい!」

「俺はいつだって真剣だぞ」

「だから私はスマホを探しているんですよ」

「すまんな、ストラップの飾りになるかなと思ってさ♪」

「……どこの女子がスマホにヤモリのストラップを付けますか?」

「いや、ヤモリのつぶらな瞳に釣られて男が寄ってくる魅力的な美人にうつるぜ」

「……しかも生きてる前提ですか? この学校の男子生徒の趣向は明らかにおかしいですよ?」

「だろ? こんな時、ヤモリじゃなくギャルゲーのみを愛する一途な俺の気持ちが分かるだろ」

「それとこれとは話が別です!

もう知りません!」


 私は蛭矢君から離れて再びスマホを探し出す。


 あんな人を信じた私が許せなかった……。


「英子ちゃん、ごめん」

「何よ、あなたなんて知らないです!」

「だからごめんって、ほら」


 私の手のひらを開いて、その物体を手渡す。


 それは私のスマホだった。


「すまん、中々言いづらくてさ」

「蛭矢君……」


 トクンと私の胸がときめく。


「はいはい、お二人さん、ちょっとタンマ」

「いつからそんなに仲良しになったんだ?」


 これはヤバい。

 私と蛭矢君は慌ただしく教室から抜ける。


「おい、二人ともアツアツなのは分かったが、この物語は恋愛小説じゃないからな!」


 私たちは無視してすたすたと廊下を早歩きする。


「美少女戦士セー○ームーンごっこしてるんじゃねえぞ!」



第16話、おしまい。

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