青葉茂るその日まで~大切な人を想う時。~(3)
歌声の主の話を聞いて、勢いで『大切な人を思う時。』を書き上げてから数日が経った。
あの後、母さんに小説を書いたことも言えなかったし、まだどの小説投稿サイトにも公開できずにいた。
学校の現代国語の授業で、純文学がどうとかやってたけど、その区別がつかないくらい文字そのものに興味がなかった俺が、なんでいきなり書いてみよう と思ったのか、書きあがってから時間が経つにつれ、なんとも言えない気持ちを抱えることになってしまった。
ひとつめは、本当に書いてよかったのかどうかが未だに判断できずにいることだ。
母さんの許可を得るかどうかもまだ決められてねぇし、許可を取るにしたって、母さんから話を聞いた時のテンションだけで書き始めてしまって、小説のことなんて何にも勉強してこなかった俺がいきなり小説を書いたって言うのが恥ずかしいと思ってる。
人気の長編マンガだったり、歴史上の人物が出てくるゲームのキャラクターのセリフを思い返して、それっぽい言葉で書いて、なんとなくまとめたけど、こんなんで公開して本当に大丈夫なのか、だんだんわからなくなってきたんだ。
二つめは、書いてみたのはいいけど、誰かにボロッカスに言われるんじゃないかっていう不安がどんどん出てきたこと。
なんでそう思ったかというと、小説投稿サイトの感想欄や他のSNSとかで、
「文学はこうあるべきだ!今時は異世界モノばっかりじゃないか!」
っていう、おそらく純粋に文学として小説を読んでいる人達と、その異世界モノをはじめとしたラノベが好きだという人達の意見がある中、俺が書いたものを小説と呼んでいいのか、人様に公開してもいいのか、迷い始めてしまったんだ。
三つめは、今までソシャゲばっかりやってきた俺が、急に小説を書いたって知ったら、みんなが笑うんじゃないかってことだ。
母さんに関しては、音楽を仕事にしてるくらいだから、小説を書いたことを笑うことは絶対にないと言い切れる。ただ、そこは腐っても芸術家、すげぇキツい評価をしてくるだろうなってのはなんとなく思ってる。
けど、学校の友達はどうだ?俺が小説を書いたって知ったら、卒業するまでずっとネタにされそうな気がして、誰にも話していない。
やっぱり、『大切な人を思う時。』は、俺ひとりの中で終わらせるべきなのかもしれない。
だけど、母さんが歌声の主をひとりの友達として大事にしていた気持ちを、今はもうこの世にはいない歌声の主のことを、ひとりでもいいから誰かに知ってもらいたいって気持ちは、今でもずっとある。
どうすんだよ、どうしたらいいんだよ・・・こういう時はやっぱり母さんが相談相手として一番いいと思うけど、読んだ感想を聞くのが怖い。このループに嵌ってしまって、『大切な人を思う時。』は俺のパソコンの中に保存されたままなんだ。
朝からまたダメなループに入ってきたな。そろそろマジでどうにかしないと。
「おう!おはよう!」
「うわぁぁ!びっくりしたぁぁぁ!」
「なんだよ、そんなに大げさに驚くことねぇだろ?」
「お、おう、そうだよな。ごめん。おはよう。」
声をかけてきたのは、俺が引っ越してきてからずっと仲良くしてくれてる、親友の
義人は俺と違ってすげぇ頭がよくて、医学部を目指して勉強して・・・してるはずなんだけど、俺といっつも一緒にソシャゲをやったり、SNSの面白い画像や動画を探したりしてる、義人の親から見たら俺は素行の悪い友達なんだと思う。
そして、息子である俺たちがちょっと戸惑うくらい、母親同士が仲が良い。どのくらいかというと、
「私たちって、前世からの親友か家族なんじゃないかと思う!」
って言い張るレベルで意気投合してるんだ。俺が生まれる前の時代のナンパのセリフって、こんなイメージあるけど、俺の偏見か?
「最近ずっとボーっとしてるけど、大丈夫か?」
「うん、大丈夫だ。」
「お前が、うん大丈夫って言う時はだいたい大丈夫じゃねぇ時な。」
「マジで大丈夫なんだって。」
「そうか?ならばお前にいいものを見せてやるよ。今日、学校が終わってからうちに遊びに来いよ。今日は塾が休みなんだ。」
「マジか!お前のとこの塾が休みって珍しいな。」
「俺の担当の先生は大学生で、ゼミとか就活とか色々あるんだって。じゃ、今日は学校からそのまま俺の部屋に直行な!」
義人に押し切られる形で、放課後の予定が決まってしまった。
小説のこと話すか?どうするか?
ずっと迷ってる時に限って、時間ってあっという間に過ぎてしまって、昼飯を食ったと思ったらもう義人の家までワープしてしまったような気がしてならない。
「お前さぁ、マジで大丈夫か?」
「だから大丈夫だって!」
「まぁ、昼飯もそうだったし、今もお菓子はいつも通りしっかり食ってるしなぁ。じゃあ何でそんなに難しい顔ばっかりしてんだ?」
「そんな顔してたか?」
「してたしてた……っと。ほら、これ見てみろよ。」
「んー?」
義人が話しながらパソコンを立ち上げて、画面を見るように指をさした。
「あれっ?」
「これ知ってる?」
その動画は、初めて観るものだったが、声に聞き覚えがあった。
「いや、この声を知ってるなと思って。一回だけしか聞いたことないんだけど、印象に残ってたからさ。」
「やっぱお母さんにそっくりなんだな。一回聞いた歌声を覚えてるってすげぇな。」
「この人の歌声がすごいんだよ。」
「それすっげぇわかるわ。俺が落ち込んだり悩んだりしたら、いつもこの動画を観てるんだ。」
「マジでか。」
「おう。言ったことなかったけど、俺、この人の歌声を聴いたのがきっかけで、ミュージカルがめっちゃ好きになったんだよ!
まさかの告白だった。
義人のミュージカル好きは知ってたけど、まさか、あの歌声の主がきっかけだったなんて。
「マジかよ!母さんが聞いたらすっげぇ喜ぶわ!」
「え?」
「この人、母さんの大学時代の同級生で、仲良かったんだって話を聞いたばっかなんだよ。」
「マジか!すっげぇな!ずっとこの人のこと探してたんだよ。この人の舞台をもう一回観たくって、ずっと探してて、やっと動画がいくつか上がってるのを見つけたんだよ。」
義人の目がキラキラしてる。絶対に、歌声の主がもうこの世にいないって知らないんだ。
俺は、そのことをコイツに言えるのか?こんなキラキラした顔した義人に、どうやって話したら、義人のショックを少なくできるのか、短い時間に目いっぱい頭を回転させて考えた。
「……あのさ、義人。」
「どした?」
「今から俺の部屋に来てほしいんだけど、いいか?」
「お前んち?俺はいいよ、けど、お前のお母さんの仕事の邪魔にならないか?」
「今日は休みだって言ってた。義人のお母さんがうちに来るって聞いてるよ。」
「なるほど、それでうちの母上様はいないのか……よし、じゃあすぐ行くか!」
食べかけのお菓子を急いで片づけて、俺の家に向かった。
義人の家は俺の家からすぐ近くで、自転車を出してる間に、自分で走った方が先に着くような距離だ。
「ただいまー。」
「お邪魔しまーす。」
玄関先には、見覚えのある義人のお母さんの靴があった。
ドアを閉めてるはずなのに、玄関先まで聞こえてくる、母親たちの笑い声。
「あら?義人君、今日は塾じゃないの?」
「今日は担当の先生がお休みなんです。」
親子って怖いなと思う。俺と母さん、まったく同じことを義人に聞いてるぞ……。
「俺の部屋に行くわ。」
「後でお菓子を取りに来なさいね。」
「んー。」
母さんに適当に返事をして、俺の部屋に入った。
今から自分がしようとしてることが本当にいいことなのかわからない。けど、これが一番いいような気がするんだ。
「あ……あのさ、義人。これ読んでもらっていいか?」
ノートパソコンを立ち上げ、『大切な人を思う時。』のファイルを開いた。
遠まわしになるかもしれないけど、義人が歌声の主をあんなに好きなんだったら、何があったのかをきちんと知るのが一番いいと思った。そのために、俺の書いた小説が一番いいと思った。
義人は俺からノートパソコンを受け取ると、黙って読み始めた。読み進めていくたびに、だんだんと表情が険しくなっていき、目が動揺を隠せない瞬間が訪れた。
「……これ、まさか。」
「ああ。母さんから聞いた話ってのは、この話なんだよ。ちゃんと言えなくてごめん。けど、何が起きたのかを順番に知る方が、お前が一番傷つかないんじゃ」
「これ、お前が書いたのか?」
義人に聞かれて、ワープ先から現実に戻ってきた気がした。
そのまま気を失いたいと思った。今ほど、朝礼中に貧血で倒れる女子と変わりたいと思ったことはない。絶対ないって断言できる。
後先考えてなかったけど、この小説がなんで俺のノートパソコンに入ってるのか、ちょっと考えたらわかるはずなのに、なんで俺はそこに頭が行かなかったんだ!フル回転で考えたんじゃねぇのかよ!俺のポンコツ!
「誰にも言うなよ……その……義人に見せたのが初めてなんだ。もちろん、母さんも知らない。」
「お前すっげぇな、何があったのかめっちゃわかったわ。」
「え?」
「お前さ、ゲームの脚本も勉強してみたらいいんじゃねぇの?」
そう言うと、義人はいきなりノートパソコンを持ったまま俺の部屋を出た。
そのドアを開けたらすぐリビングなんですけどー!
「はいはいちょっとお邪魔しますよー。」
「どうしたのよ、義人.。」
「これ見て。」
「おいマジでやめろって!」
「めっちゃ面白く書けてるから、自信持てって!」
俺が義人に文句を言ってる間に、義人のお母さんが小説を読み始めてしまった。
最悪だ、この人には読まれたくなかったんだよ……だって、義人のお母さんって顔出しNGの大人気漫画家なんだぞ!
しかも台所から、のんきにコーヒーを持った、俺の母さんまで来てしまったじゃねぇか!
「どうしたの?」
「お宅のご子息の作品を読ませていただいております。」
「はい?」
最悪だ……。
「……これ、あなたのお母さんの話?」
「はい、そうです。」
「ちょっとアンタ何書いたの?」
「何って……あの歌声の主さんの話。」
「へっ?なんでまた?」
「だって……なんとなく、残しときたかったんだよ……。」
あぁもう穴があったら入りたい。その穴に永遠に入っていたい。火葬してくれなくていい、土葬で結構なんでそのまま眠らせてください。
この四人の中で、俺だけが凡人なんだよ。それが一番嫌なんだよ。だから小説を書いたことを黙ってたんだよ。
「小説は何本か書いてるの?」
「これが初めてです。あの!もうこれ消しますから!」
「消さなくていい!これ、どこかに公開して、読んでもらったらいいのよ。そしたら、読んだ人がくれた感想が参考になるから、そこからまた次の話を書いたらいいの。」
「やったじゃん!」
「マジかよ……俺そんなつもりで書いたんじゃないから、思いつきだけで書いたから……」
「初めてなんだし、それでいいのよ。でも、どうして急にこの話を書こうと思ったの?」
「母さん、俺がずっと見たいって言ってたミュージカル俳優さんのこと、覚えてる?」
「義人が幼稚園くらいの時に見たミュージカルのこと?」
「そうそう、そのミュージカル俳優さんの話なんだって。」
「えっ?じゃあ、あの歌手の方はもうお亡くなりになってるってこと?」
「うん、もう生であの歌を聞けないんだって……残念だなぁ。」
義人と義人のお母さんの会話を、俺の母さんは黙って聞いていた。
そして、俺が義人の目が潤んだのを見てしまったのと同時に、俺の視界の端っこで、母さんの目から大粒の涙が落ち始めた。
「すいません、俺、無神経なこと言ってごめんなさい。」
「……ち……違、うの……嬉しいの……ありがとう、義人君…」
そう言った後、母さんは少しの間何も言わずに涙をたくさんたくさん落とし続けた。
流れ続けるではなく、大粒の涙を落とし続ける、これが一番いい言い方だと思う。
「……ごめんなさい、もう大丈夫だから。」
ハンカチで涙を拭きながら、母さんがようやく声を出した。
「義人が小さいころに香港に旅行に行ったって話したことがあるでしょ?その時に見たミュージカルを見たいって言うもんだから、日本で探したらたまたまやってるところがあったのよ。」
「期間限定だったんですけど、あるテーマパークでやってるのを、母さんが見つけてくれたんです。その時に聞いたこの方の生の歌声があまりに素敵で、ずっと忘れられなくって、ずっと探してたんです。」
「そうだったの。きっと彼も喜んでるわ。」
「その時のショーがDVDか何かで発売されてないか問い合わせてみたんだけど、発売予定はないってことだったの。」
「それで、動画があがってないか探したら、たまたま別の舞台の動画が公開されているのを見つけて、いつも聞いてたんです。ずっと探しても見つからないわけですよね。そっかぁ、もう亡くなってたんだ……。悔しいな、俺がもっと早く医者になってたらよかったのに。」
義人がなぜか悔しいと言う。その表情は言葉以上に悔しそうに見える。
「心不全って診断されたんだと思います。違いますか?」
「えぇ、前の日の寝る直前までいつも通りで、そのまま亡くなったそうなんだけど、特に病気もなかったから、心不全って診断になった、って聞いたのよ。」
「それね、今の医学で解剖したら、ちゃんとした死因がわかったかもしれない。心不全って、要は原因がはっきりわからないから心不全って診断することがよくあるんです。」
「そうなの?」
「亡くなられた時の医学ではわからなかったことも、今なら技術が進歩するスピードがグンとあがってるので、はっきりと病名が言えたかもしれない。解剖は、亡くなられた方の最後の声を聴く機会だってよく言うけど、本当にその通りだと思います。だったら、今の医学で最後の声を聴いたら、ご家族もご本人も納得のいく最後になったかもしれない。残されたご家族の気持ちが、少し違ったかもしれない、もしかしたらご家族は何らかの後悔をされているかもしれない。そう思ったら、俺やっぱりちゃんと医者になりたいです。」
歌声の主さん。
あなたのことを思うヤツ、ここにもいます。
よかった、あなたのおかげで、夢を実現させようとしているヤツがいます。
あなたの夢を引き継ぐ人もいるでしょう。
そして、道は違うけど、あなたの影響を受けて、夢を抱くヤツもいるのです。
母さん、母さんの思ってた、誰かのことを応援したいっていう気持ち、色々あったけどちゃんと届いたよ。
だからもう、そんなに涙を落とすなよ。
俺も、ちゃんと頑張るからさ。
「義人、あの、俺さ……そのテーマパークに、ショーの映像を見せてもらえないか、頼んでみるわ。」
「それはいいよ、ありがとう、さすがに難しいと思うから。そう言ってくれるだけで十分だよ。」
「複数の人が言ったら、検討してくれるかもしれないだろ?」
「そうかもしれないけど……。」
「もし観られたら、義人と一緒に観たいんだ。」
「……うん、わかった!」
それまで、俺、もっと色んな本を読んで、色んな音楽を聴いて、色んなことを勉強して、もっといい小説を書けるように、頑張ります。
で、母さんがパートに行かなくてもいいようにして、音楽の仕事をもっとできるように、母さんの時間を作れるようにします。
あ、でも、今の話、俺とあなたとの秘密にしてくださいね?
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