第5話 クリスマスとサヨナラ

僕は珍しく12月に浮き足立っていた。そんなことは小学生の頃、サンタクロースが肉親であることを知って以来、始めてのことであった。世間の一切の恋人たちに漏れずクリスマスを彼女と過ごしたいなんて気持ちが僕のなかにも芽生えてきたのだ。それに、クリスマスイブが彼女の誕生日であることも相まって、どんな風に彼女をお祝いしようなんてことを考えながら慌ただしく日々が過ぎていった。これに関しては、僕は素人であったので千尋たちに相談してみることにした。彼らからは、お家で二人で、お洒落なレストランでディナーとか、イルミネーションを二人で見に行くとか、ありふれているけど彼女が喜んでくれそうな意見をもらうことが出来た。僕はお洒落なレストランでディナーの後にイルミネーションを見て、その後、アパートでケーキなんか食べようという、定番のプランにすることに決めた。そうと決まれば、レストランの予約だの、プレゼントの用意だのに大忙しである。悩みに悩んだ結果、学生でも払えそうな比較的手頃といっても決して安くはないイタリアンのお店に行って、プレゼントは彼女が前から欲しがっていたピアスにした。彼女の耳には浪人生の頃から空いているらしい、いくつかピアスの穴が空いていて色々なピアスをつけるのが好きらしかった。

そんなことをしているうちに、デート前日、12月23日になった。彼女といつものように電話していると、彼女がビックリするようなことを言い出した。

「明日は、白の服着てこようかな。」

と言うのである。デートの服装を今まで前日に言うなんてこともなかったし、白なんて着てるところなど見せたことのない彼女がそんなことを言ったので、僕は驚いてしまって、

「珍しいね。そんなこと言ってくるなんて。」

と言うと、

「そういう気分なの。」

とだけ言われて、僕はそれ以上聞くこともないだろうと思い、これについて聞くこともなかった。

翌日は17時の待ち合わせである。僕たちは自分達の住んでいる街より2駅先の少しお洒落な街で待ち合わせをした。いつまでたっても慣れない、駅前の喧騒に改めて驚いていると彼女がやって来た。昨日言っていたように白いコートに白いセーターという、いつもの彼女とは別人みたいな格好をしていた、そして心なしか笑顔の中の冷たさが少し和らいでいるような気がした。

「白も似合うね。」

と僕が言うと、

「それはよかった。でも、もう着ないもね。」

と彼女が言った。

「どうして。」

と僕が聞くと、彼女は少し寂しそうに、

「私には綺麗すぎる色だから。」

と言った。いつも温和な彼女が「そんなことないよ」と、それからいくら言っても意見を変えないので、最終的には僕が折れてしまった。今日の彼女はやはり少しおかしかった。

レストランに着くと、彼女はいつも通りだった。美味しいご飯を楽しそうに食べて、僕のプレゼントも喜んで受け取ってくれた。彼女の方からは、黒いハンカチと1通の手紙をくれた。彼女曰く、感謝の気持ちを手紙で伝えたかったらしい。そんなことをしてくれるのが嬉しくて、その場で読もうとうっかりしてしまいそうになると彼女から強い口調で止められた。外で読まれるのが、恥ずかしいそうだった。それもそうだなと思い、僕はその少し厚い手紙をバッグにしまった。

食事が終わると僕たちはイルミネーションを見に行った。やはり、イルミネーションのある通りはカップルで一杯で、手を繋いでいない人の方がそそくさと去りたいような雰囲気を醸し出しているほどだった。僕たちは他のカップルたちにもれず手を繋いで歩いた。数十メートルのその道がやけに綺麗で天国に繋がる道のように見えてしまった。その事を彼女に伝えると、微妙な顔をされて、恥ずかしいことを言ってしまったと赤面してしまった。

そんな風にいかにもラブラブに彼女と歩いていると駅に着いた。帰りの電車のホームで僕たちは電車を待っていた。彼女の顔が悲しみと清々しさが一体となっているかのように見えた。涙も浮かんでいるようだった。どうしたのかと僕が尋ねようとすると、電車が来たというアナウンスがされた、

するとそのとき、彼女が僕の手を突然振り払って電車が来ている線路に飛び込もうとした。あまりに突然のことで僕も、勿論周りの誰も何もすることが出来ず彼女の肉片と血飛沫が飛び散った。正直なことを言うと、あまりの驚きに僕はその時の記憶が曖昧になっている。でも、彼女が飛び込んだことと跡形もなくバラバラになってしまったということだけははっきりと覚えている。

それからどれくらい経ったのか分からない。僕は駅員室にいた。そこで、僕はハッとした。彼女からもらった手紙は感謝状などではなく遺書だということを。本当に驚き悲しいときには涙などでないということを。血まみれになったバッグからかろうじて血に染まっていなかった手紙を取り出して僕は恐る恐るゆっくりと読み始めた。

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