第4話 奇妙だけど丁度いい
突然、何をと言われるのを承知で言えば僕と彼女は手を繋ぐ以上のことをしなかった。別に仲が悪かった訳ではない。2人で出掛けた日は勿論、バイトも講義もなくて会えない日も、夜遅くまで電話していて、翌日には「寝不足だね。」なんて笑いあったりもしていた。僕たちは、端から見ても仲睦まじい恋人どうしであった。千尋を始め友達からも、
「お前ら、仲良しでいいよな。」とか「羨ましいよ。」なんてこともありがたいことに言ってもらえていた。だからこそ、僕と彼女がキスすらしていないことを知られると、
「どうしてだよ。普通したくなるだろ。」とか、酷いときには、
「お前、なんか騙されてるんじゃないか。」
と言われたりした。
しかしそれらは、僕にとっては理解の出来ない感情であった。楽しく彼女と笑いあう、それ以外の楽しいことを彼女としたいなどとは思わなかった。僕にとっては、デートして語り合う、笑いあうそんなことたちが最上の喜びだった。彼女とキスやらセックスやらをするのは、肉欲に支配された気色の悪い行為であった。もっと言えば、僕の中に肉欲、色欲などというものは存在していなかったのであった。彼女もそれらを欲しなかった、僕はそれを嬉しく思ってしまっていた。それは、今となってみると、欲望に支配された彼女を見たくないという、僕の身勝手な願望であったのかもしれない。
どんな理由があるにせよ、僕たちはキスもセックスもしないそんな関係が心地よかったのである。誰にも理解されなくとも、2人だけがその気持ちを分かっていればいいと本気でそう思っていた。
実を言うと、一度だけ彼女とキスをしそうになったことがある。それは、サスペンス映画を見に行った10月のあの日の、2週間後、彼女が僕の住むアパートに遊びに来た時のことである。彼女が家に遊びに来ることを話すと、友人達は口々に関係を進めるチャンスだといったことを言ってきた。家に来るってことは、そういうこともあるかもしれないとまで言われた。そこまで言われてしまうと僕としてもそういうことをしなくてはいけないのだろうかという変な気持ちになってしまっていた。
彼女といつものようにテレビや借りてきた映画を見ていた時、ふとキスシーンが訪れた。何かに焦っていた僕は、彼女の顔をもって神妙な面持ちで彼女を見つめた。その時、彼女は照れるでも嫌がるでもなく、不思議そうに僕を見つめた。まるで、僕が突拍子もなくした行動の真意を理解出来ないみたいだった。それは恐らくキスしようとしたことを理解できなかったのではない、僕が何故キスをしようとしたかを理解できないといった顔をしていた。そのあまりにも純粋な疑問を持った顔を見て、僕はふと我に返り、
「顔にホコリがついちゃってた。部屋汚くてごめんね。」
とバカみたいな台詞を言って、彼女の顔を離した。すると彼女も、
「ありがと。気付かなかった。」
と気のない返答をして、また映画に集中し始めた。この時僕はなんとも言えない、恥ずかしさと彼女への申し訳なさに駈られた。それ以降より、少しでも性欲と勘違いされるような行為をするのを僕は慎むようになった。
そんな一見すると奇妙で、しかし本人達にとっては丁度いい関係が続いていた、12月24日クリスマスイブに、大事件が起こって僕らの関係は突如終わってしまう。あまりにも、鮮烈で残酷な形、あるいは宿命的とも言える形で。
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